捕らわれ悪魔の世話係にされました

月宮紅葉

第1話

 この世には魔法、そして魔法使いが存在しているという事実を知る者は少ない。


 魔法使い達は昔から、魔法の存在を、魔力を持たない一般人に隠してきたからだ。


 そのため魔法使い同士での婚姻が多く、また、魔力は親から子に遺伝することも多いため、魔法使い達の血族も存在している。


 この大きな純和風の屋敷を所有している、蝶間ちょうま家もその一つ。それも、優秀な魔法使いが多いと有名な家系だ。



 ことの始まりは、ある日の昼過ぎ。くりやでのことだった。



 使用人の女性が、慌ただしい様子で入ってきた。

 彼女は華菜かなの側まで来ると、どこか躊躇いがちに告げた。

華菜かなさん、当主様からのお呼び出しよ。地下室に一人で来いって」

 華菜かなと呼ばれたのは、同じく使用人の若い女性。


「……はい、わかりました」


  肩まで伸びた、あまり艶の無い茶髪。感情の読めない表情。何度も繕ったあとのある粗末な着物。

 幼さの残る顔立ちのせいで学生のように見えるが、彼女は二十一歳。成人している。


「あの、洗い物は皆さんに任せていいですか?」

「全然いいわよ」

 他の使用人たちも同意し、華菜かなはありがとうございます、と頭を下げてから地下室へと向かった。





 普段誰も立ち入ることのない地下室。

 華菜かながたどり着いた頃には壮年の男性——華菜かなを呼び出した当主の姿があった。


 二人の目の前には、大きな檻。


 その中には、一人の若い男性。


華菜かな、お前には今日からが回復するまで世話をしてもらう。他はもう何もしなくていい」

 

 紫がかった黒の短髪、虚ろだが美しい藍色の瞳。

 それだけを見れば、ただの青年のようだ。


 だが、頭の二本の角と背中の黒い羽は、まるで


 そう、彼は悪魔だ。それは、華菜かなも、当主も知っていた。


 だが、彼はひどく弱っているようでぐったりと端の方に寝転がっていた。


 檻の中を見つめる当主の表情は、汚物でも見るようなものだった。

 それもそうだろう。魔法使いにとって悪魔は天敵。

 本来であれば、こんな状況はありえない。


「本当なら、こんなのは放っておくべきだが、舞希まきが可哀想だと言うからな」

 舞希まきは当主の娘であり、次期当主になるほどの実力を持つ魔女だ。


——嘘、なんだろうな。


 言ったのは本当なのだろうが、本心は違うのだろうと、華菜かなは察していた。

 しかし、決して口には出さない。



——私はやっぱり、この家に必要ないのね。



 そう思っても、華菜かなは表情一つ変えない。


「具体的には何をすれば良いのでしょうか?」

「そうだな……食事を持って来てやればいい」

「わかりました」


 用は済んだとばかりに、当主は背を向け、足早に立ち去っていく。


 一人残された華菜かなは、厨へと向かった。




 厨に行くと、洗い物が終わっているにも関わらず、使用人の女性が一人残っていた。

 華菜かなに当主からの呼び出しを伝えた彼女だ。


「ごめんなさい、華菜かなさん。私たちずっと、何もできなくて」

 頭を下げて言う彼女に、華菜かなは頭を振る。

「いいんです。その内こんなことになるとは思っていましたし」

 華菜かな自身も下手だと思うような、苦笑に近い微笑みを浮かべた。


「それより、ごめんなさい。当主様から、他は何もしなくていいと言われてしまって……」

 そんなことはどうでもいいと言う彼女に安心したからか、華菜かなの表情が和らいだ。


 といっても、ほとんど変わりはなかったのだが、長年華菜かなを見てきた彼女はすぐに気が付いた。


「……本当に、申し訳ありません、様」


 彼女は周りをよく見てから言い、深々と頭を下げた。




 

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捕らわれ悪魔の世話係にされました 月宮紅葉 @Tukimiya-Momiji96

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