気の強い女癒師に困っています

犬蓼

第1話 癒師に困っています


 癒師…という人がいる。癒術、どんな傷やケガもたちどころに癒してしまうそんな魔法を行使できる人。

 僕は何の縁があってかそんな癒師と出会い、お守のようなことをことをすることになった。

 これから僕が語っていくのはそんな癒師、糸村紡と、僕こと右浦片瀬の冒険譚である。


第一話「癒師に困っています」


 癒師の朝は遅い。

 午前中に起きれば早い方で、基本的に午後に起床。寝癖でバサバサの髪と不機嫌面で僕を一瞥してくるところから始まる。

 「…おそよう」

 「はい、おそよう」

 おはようと挨拶したことはない。現在午後2時。

 今日はいつになく不機嫌そうだ。紡は仏頂面のまま洗面台までドスドス歩いていく。寝起きが悪いのは今に始まった話でもない。僕が彼女、糸村紡の子守り(こう言うと激昂するが)兼マネージャーをやり始めてからだから、もう2年の付き合いになる。

 「紡、朝食食べるか?」

 いつも食べないが稀に食べる。癒師として活動するために必要だからでもあるが、彼女はかなりの偏食で基本甘いものしか食べない。

 癒師…糸村紡はそう呼ばれる特殊な魔法が使える人間である。

 癒術、どんな傷やケガもたちどころに癒してしまうそんな魔法を行使できる人。

 当然、実物を見るまでは僕も半信半疑だったけれど。半信半疑どころか手品みたいなものだろうと思っていた。

 「いい。いらない」

 今日はいらない日らしい。まぁ、今日は仕事も入ってないし癒術を行使する上で必要になる甘いものも摂る必要がない。何の因果か甘いものを取らないと力を使えないらしいから。ますます冗談っぽい能力だ。

 「ねぇ、今日仕事あるの?」

 最低限の身だしなみは整えたのか紡が戻ってきた。

 オーバーサイズのTシャツ一枚に癖で外にハネた髪。不機嫌面は相変わらずだけれど見た目は随分まともになった。

 …彼女?とかではない。こんな格好でと言われると返す言葉もないが、紡はオフの時の服装には無頓着である。今の寝間着だって僕が見繕ってきたもので、放っておけば仕事着のまま寝ていることだろう。…断じて趣味ではない。

 「今日は休み。明日は一組入ってるよ。何でも相当大きいケガらしくて目立つところにあるからきれいに癒して欲しいらしい」

 「ふーん」

 紡は興味なさげに背を向けると意味もなく冷蔵庫を開ける。

 「ねぇ片瀬さ、私そろそろあんこ飽きてきたんだけど…」

 「んじゃあまた洋菓子にするか?」

 べっと舌を出す。

 「クッキーパサつくからマドレーヌとかにしてよね」

 いやそれでも結構パサつくだろう。

 「はいはい、了解」

 お菓子や生活必需品の買い出し、身の回りの家事全般は僕の仕事だ。元々は高校を卒業して特に何も考えずに就職した会社で働いていた。何の縁かそこを紡にヘッドハントされた感じなのだけれど、魔法が使えることを差し置いても特別視していいくらい紡の実家は裕福で、それはもう僕を引き抜いて小間使いとして使えるレベルで…。

 今いる事務所だって親がポンと紡に買い与えたものだ。二人で住み込んでも広々している18畳。

 ちなみに紡は18、僕は20。当たり前に呼び捨てにされるしあんた呼ばわりされるけれど、もう慣れた。

 「ところであんたさっきから何見てんの?」

 それとそう、紡は距離感の取り方を致命的に理解していない。

 パソコンを覗き込んでいる僕に背後から抱きついてきた。…いや、もうウチではこれが日常茶飯事なので特に何とも思わないが、世の健全な男児からすると中々大事だと思う。胸も当たっている。

 「これか、明日の仕事の資料…と言うか依頼書だよ」

 魔法、なんて揶揄されかねない特殊な技術故、依頼書も切羽詰まった嘆願に近い。当然か、他所では癒師ほど『まるでなかったかのように』傷を消すことはできない。藁にも縋る思いで、一縷の望みをかけて、調べるに調べて探すに探して、こうして僕たちの所に行きついたのだから、その労力と切望は想像を絶する。

 僕たちの方も広告を打っているわけでもない、そもそも紡は働かなくてもいいのだから。

 …心底羨ましい。

 「らくしょーらくしょー!って、この町、美味しいたこ焼き有名だったよね!ちゃっと済ませて帰りに寄ろうよ!」

 「…まぁいいけど」

 仕事よりたこ焼きって目をしている。


 癒術とは、遺伝して伝わるものらしい。

 いつか紡から聞いた話になるけれど、紡は祖母からこの力を引き継いだ。母は力に目覚めなかったようだが…そもそもが貴族かというレベルの家庭、生活に困ることなどはなかっただろう。

 癒師の家系を紐解いたことはないけれど、今それほど裕福ならかつての癒師たちが癒しと引き換えに財を築き上げてきたのであろうことは想像に難くない。今でこそ紡がボランティアよろしく無償で癒しているが、世間一般にこの秘術が知れ渡ったらとんでもないことになる。

 そう、そういう意味で言うなら癒しにも代償があるといってもいい。

 絶対の黙秘。癒師の隠匿。これだけは約束…誓約させられた上でようやく癒術が使われる。

 他にもうどうしようもなく、悩み悩んで行く当てもなく、想像を超えた苦悩の先にある救い。

 それが癒師、癒術というもの。

 当然、僕にも秘匿の義務は課せられている。…口の堅さから選ばれたんじゃないかとさえ最近は思っているけれど。


 「今日どこ買い物行く?」

 秋も暮れ、少し肌寒くなってきたから紡にはパーカーを被せておいた。何故か下はミニスカートにすると譲らなかったから、そこそこ厚手の物で。…この辺の管理まで一任されている辺り、やはり僕の仕事はマネージャーというより子守りに近い。

 「マドレーヌが売ってるならどこでも好きなところでいいよ」

 「んー、じゃあねー、駅前の専門店街!」

 事務所から徒歩2分程度で到着するスーパーでもマドレーヌは売っているが、散歩がてらにいいだろう。

 駅までだと徒歩20分はある。仕事がない日は総じて暇なのである。

 日が沈むのが速い午後5時、薄暗くなってきた駅前通りを二人で歩く。肌寒いのか、紡は僕の腕を取ってくっついており歩きにくい…いや本当に僕で正解だったかもしれない。寒いなら何故ミニスカートにしたのか…。

 「ねぇ片瀬」

 「ん?」

 「ドキドキする?」

 ニヤニヤ笑いかけてくる。狙ってるのか…。

 「いや、全然。まったく。これっぽっちも」

 「なんでよ!女の子に腕組まれてるのに!」

 そこで、はっ、と紡は、

 「もしかしてふかんしょ…」

 「それ以上言ったら怒るからな」

 感覚的に紡は妹…それも相当我儘で気が強くてあれこれ抜けてて目が離せない、そんな妹なのだ。

 年齢的にもそんな感じだし、異性としてはこれっぽっちも見ていない。

 「おにいちゃーん?」

 「…止めろ、マジで寒気するから」

 ぶぅと膨れて見せる。

 秋の夕暮れ、街灯が点々と薄暗がりの道を照らしていて幻想的な雰囲気だが、隣にいるのが紡だとどうしてもあか抜けないというか、僕からしたら仕事の延長線上でしかないというか。

 寒風に紡がくしゃみをした。

 「風邪か?」

 「んー?多分違うやつ」

 ティッシュを手渡してやる。

 「片瀬?」

 「なんだよ」

 受け取りながら妙に神妙な面持ちで紡が言った。

 「片瀬、今幸せ?」

 普段そんなこと…と言うか人の気なんて知らないような感じなので驚いた。

 「…そうだな、幸せかどうかはわからないけど、充実はしてるかな」

 紡なりに僕の人生を買ってしまったような状況に気を病んでいたのか…?もう2年も経つけれど。

 「なにそれ意味わかんない!幸せか不幸せかの二択でしょ!」

 前言撤回、この女がそんな殊勝なこと考えるわけがなかった。

 気が強くて負けず嫌いで泣き虫で。

 

 これから話していくのはそう、そんな糸村紡と僕の冒険譚だ。

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