2 夢を語る

 授与式などの諸々が終わったあと……俺は囲まれた。取材陣に。

 不躾なことを聞いてくる輩もいたが、口下手ながらにちゃんと答えた。できる限り失言をしないように……と。

 徹底できていたかはわからん。なにせ、俺は口下手だからな。

 前世でも他人と喋るだけでも呼吸がなかなかに辛かったし、今世でも男だからと他者との接触を控えさせられていた。

 幼い頃から、否。前世から他人と接する機会が少なかった故のコミュ障。

 母はさすがに過保護すぎるとは思う。この世界の常識を考えても。


 そしてそれも終わり、誰もいなくなった控室に行った。

 俺は男だから特別扱いで完全個室だったので大会スタッフ以外いるはずもないのだが。

 なぜか決勝の相手である一ノ宮さんが俺を待っていた。俺を思いっきり睨みつけていて、頰は羞恥で染まっていた。


「……今回だけだから」


「少なくとも同年代には今後一切負ける気はしないな」


 煽るような発言。自信の表れでもあり、これで発奮してほしいという思いもあった。

 同年代には伍する存在がいないというのはなかなかに孤独だろうから。


「……っっ」


 ……何かおかしいな。これは……まさか、ドキドキしている?そんな馬鹿な。プライドの塊だと聞いてきたが、そんなチョロいのか?


「いつかアンタを負かして夫にしてやるんだから。覚えておきなさい」


 その表情でそんなことを言われるとなんというかこう……流石に、滾るな。

 男は貞淑にしていろという風習があるわけではないが、女の影に隠れていろという風習は間違いなくある。


 だけど、だからこそ、その常識の中で男である俺に完敗して性癖を破壊されたのだろう。

 その心の中に渦巻く憎悪、情欲、怨念、愛情……ああ、わかるぞ。

 ――本当に君は旨そうだ。


「君のような美しい女性の夫になれるというのならば、喜んで……と言わせてもらいたいな」


 一ノ宮さんは文句なしに美少女だ。

 輝くようなプラチナブロンドの髪、気が強そうではあるが愛らしい顔立ち。

 この世界でも特に珍しいというわけではないが、割合は間違いなく少なくなった細身の肢体。


 好みと言って差し支えはない。そして、彼女は公爵家にして政治家一族の次女として生まれた良家の娘でもある。

 やはり文句などない。


「……なっ。ほ、本当に良いの?」


 前のめりになっている。この世界では男との出会いが少ないし、人格破綻者の割合も結構なものだ。

 最初から恋愛を諦めたり、同性での恋愛をしてみるような子も前世よりはずっと多い。

 前世の知識だが……戦国時代においても、戦場では女を抱けないという理由や主従の結びつきを高める等といった理由から衆道が大流行したという事実がある以上、この世界の男女比を考えるとかなり少ないといってしまえるほどの数ではある。

 もっとそこらじゅうで百合の花が咲いていてもおかしくはないと思ったのだがな。

 残念なことに、実際そうなる子はそう多くはないようだ。


 そういう子は人工授精とかも受けない子がほとんどらしい。それがこの世界特有の価値観なのか……。

 だから、人口を維持するため意図的にそうならないよう教育で仕向けているのかも知れない。

 

 まあ、将来精子バンクに種を提供することによって起こる災害……百合の間に挟まるクソ男にならずに済むのならば、そっちのほうがありがたいわけだが。それだけは断じて許してはおけない。


 他人が巻き込まれる分には仕方ない。

 そもそも当人同士で割り切ってるからそういう決断をしたのだろうが、俺の場合は違うのだ。

 そういうのすらも許しがたいのだ!!!許さない、認めてなるものか……!! と、謎の憤怒すらも抱く程度にはこだわりがある。


 という俺のどうでもいい性癖の話はともかく、恋愛なんて言うのは諦めている人がほとんど。

 恋愛のあまり絡まない結婚ですらほとんどが諦めている。


 男には重婚の権利が認められているわけだが、別に必ず結婚しなくてはならないわけでもないから。

 したら結婚生活のための多額の補助金も出るのだが、しなかったとしても遊んで生きられるわけだし。

 この世界の男は草食系が多いというか……無理からぬことではあるのだが、積極的に女を求める層は少ない。

 男の生涯未婚率も四割を超えている。


 だけど俺は結婚したくないわけではない。ハーレムを作りたいとすら思っている。

 この世界にも好色家、漁色家の男は間違いなく存在する。それでも、ハーレムを作ろうなんて言う男は間違いなく珍しいだろう。


 責任を取らずに……取られずに好き勝手遊びたいというやつがほとんどだ。


 でもな、違うんだよ。一晩だけの関係とかじゃなくてさ……愛のあるえっちがしたいだろう?他にもデートもしたいし、いろいろイチャつきたい。

 前世では自慰行為すら心臓の病気のせいでまともに行えなかったから、童貞をこじらせたのだろうか。


 だから、返す言葉は一つだけ。


「別に構わない。俺は美しく心映えのする嫁をたくさん娶りたい。心を通わせて愛を育みたい。……さほど大層な望みじゃないだろう。そう思うが、違うのか?」


 びっくりしたような表情を浮かべていたので、思わずそう問うてしまった。


「な、なるほど……つまりは、この大会にもモテるために参加したと。鍛えたのもそのため……ふふ、ふふふ……」


 一ノ宮さんの周囲に怒りのオーラが湧いていた。これは不味いかな。

 だが、鎮めるのは口八丁。というよりは演技力。


 小さい頃から護身術の先生にボイストレーニングや演技指導もしてもらっていたおかげで、人を騙すのは得意なんだ。

 口下手も同居しているから必ずうまくいくとは限らんが……。

 今回は誤解を解くためでもある。嘘をつくというのとは少し外れるかもしれん。


「いや、この大会に参加したのは冒険者としてやっていけると母に示すためだよ」


 憂いを帯びたその演技にすっかり騙されてくれたみたいだ。怒りが一気に霧散し、他の感情が湧いてでてきたようだ。

 そりゃそうだろう。自慢になってしまうが、俺は凄まじいまでのイケメンだ。前世でもそうだった。今世では健康な分更にカッコよくなっただろう。

 伝説級の美男子だという自覚がある。


 そんなやつならわざわざこんな危険なことをしなくても、ここまで鍛え上げなくてもハーレムなんて余裕で作れる。簡単に分かることだな。

 そもそも、そんな野望を抱き続けられるのならばフツメンやブサイクでも難しくはないだろう。なんせ圧倒的女余りの時代なんだし。


「母には反対されていてね。男であるあなたがそんなことをする必要はない、とばかり言われて飽き飽きしている。心配する気持ちも分かるのだが、男女の膂力差などはないのだからどうしても夢は見てしまうよ」


「……」


「そしてなにより、俺には余りある剣の才能があるのだ。せっかく体に恵まれたのだから、活かさずにはおれんよ。……だから、それを活かして名誉を得たいと思ったのだ。称えられたい。あまねく万民に俺を賛美させたい。それだけの名声を得たい。剣の道も当然極めたいな。故にこうしたのだ。そこには嫁がたくさん欲しいだのという欲は絡んでいない」


「……わかった。信じてあげるわ。たしかに、あなたの剣は名誉や栄光に囚われていたかもしれないけど愛欲に囚われている気配はなかった」


 わかってくれたのならばそれで良い。

 というわけで……IDを交換したいのだが。


「な、なによ。スマホをいきなり取り出して……」


「なあ、GIDEのIDを交換しないか?嫁云々は置いておいて、お前の腕は同年代の中では素晴らしく優れていた。もうお前の中にその気はなくなっていたとしても、友としてやっていく分にも楽しそうだと思ったからな」


「う、うん……良いわよ。ただし、才に溢れる男とは言え、平民風情がこの私と連絡先を交換するなんて名誉、本来はありえないんだからね」


 公爵家に連なる者で特級の才児。有力な政治家一族でもある。とはいえ、この時代でその名門意識は少し時代錯誤な気がするが……苦笑しながらIDを交換する。

 たしかにプライドは高いのだろうが、それでも悪い子ではないと思うから。


「ああ、望外の幸運だと思っているよ。感謝している」


「……ふ、ふん!わかればいいのよわかれば」


 とても可愛らしいと、素直にそう思った。この子はどうしても嫁にしたいな……と思えた。

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