男女比1:10の現代風ファンタジー世界に転生したので天下無双を目指そうと思う

小弓あずさ

1 第一歩

「しょ、勝負あり!」


 審判がジャッジを下す。それと同時に、この王都青少女闘技大会における優勝者が決まった。


「……前評判では第一等と言ってもこの程度、か」


 そんな言葉が思わず口から漏れていた。やはり、俺のセンスはずば抜けているらしい。この世界で男でありながら冒険者となることを許されなければならないのだ。

 周囲の強い反対、ハードルを越えるためにはこれくらいはできなくてはならない。

 せめて、同年代では国一番の戦士にならなくては……と、ただそれだけを思って鍛え続けてきた成果が実を結んだ。

 危なげない勝利だったな。


「くぅっ、男なんかに負けるなんて……!」


 俺の前に倒れ伏す少女がいた。ファンタジー要素があちらこちらにあるとはいえ、現代日本に似た技術水準や文化水準を保ったこの国、あるいは世界に似つかわしくない、姫騎士のような格好をした少女が。


 名前は……一ノ宮(いちのみや)楓(かえで)、だったかな。

 なかなかの太刀筋だった。が、俺を侮りすぎていた。

 本気で来られたとしても負ける道理は微塵もないが……男に負けたことと優勝できなかったこと、2つの要因で評価はいくぶんか落ちたかもな。


 申し訳ないとは思うが、俺の求道の礎となってくれ。

 これをバネにして跳ね上がれるならば、それはそれで罪悪感を感じずに済むから嬉しいことだ。


 ……女王陛下が面白そうなものを見る目でこちらを見ているのがわかった。

 実権を握っているのは官僚や民意で選ばれた政治家であり、今や王族は権威しか持たない。

 とはいえ後ろ盾となってくれるのならばありがたい……が流石にそうはならないか。

 

 

 前世の俺は貧弱で厭世観ばかりが募る男子高校生だった。

 心臓病を抱えていて明日をも知れぬ身だった。

 

 ある日、その持病が悪化して……そのまま死んだ。


 そして気づいたらこの世界に転生していた。

 

 この世界では男女比がおかしい。

 具体的に言えば、1:10の割合で男が少ない。

 そのせいで常識は色々おかしい。貞操観念が逆転しているということはないが、前世の男女観と違うのは間違いないだろう。


 それでも何とかなっているのは、血が濃くなりすぎることによって起こる遺伝子異常を予防する魔法と、人工授精の魔法の技術が大昔から高かったこと。

 研究によると、ヒトがサルに近い存在だった頃からその魔法が使われていたくらいらしい。

 現代では機械的な手段によって人工授精は行われるが、昔は魔法でその代わりをしていたのだ。

 今でもその魔法は補助的に活躍していたり、一部の人には今でも好まれて使われる。

 

 六歳頃までは特に元気に走り回る子だという認識をされていた。

 心臓病から解放され、元気で強い肉体を手に入れたのだから浮かれていたのかも知れない。

 そして、九歳の頃から筋力トレーニングをし始めた。


 この世界でそれがどれだけの意味を持つかはわからないが、健康な肉体でありたいと思ったから。そしてそれを活かした仕事がしたいと思っていたから。

 ……だが、母の目からみると異常に映ったらしい。


 この世界での男は貴重な存在であり、命の危険を犯すような仕事には基本的に就けない。なんなら、定期的に子種を精子バンクに提供したら国から金をもらえるので長い事ニートとして豪遊できる。

 老人になったとしてもポイ捨てとはならない。それまでの『貢献』に応じて、あるいはそんなものがなかったとしても保護される対象だ。

 もちろん、貧乏な国ではそうもいかないが。


 九歳にもなると世の中の理がわかっているはずなのだ。そして、易きに流れる男が大半らしい。

 なのに筋力トレーニングなどをし始めた。


 その時感じたのは強い疑念ではなかったようだが、俺は『なんで筋トレなんか始めたの?』という優しい問いに対して『冒険者になりたいから』と返答した。


 冒険者とはダンジョンに潜って魔物と戦い、特別な素材や資源を調達する超危険な仕事だ。

 小さい頃からその道に進もうとして、冒険者学校に入学して鍛えたような奴は大成することもあるだろうし、初陣で死ぬヘマはまずやらかさない。

 だが、大して鍛えてもいなかったのに付け焼き刃の知識と多少鍛えた魔法程度でいきなりダンジョンに潜るような奴は初陣で死ぬことのほうが多い。


 ……世間的には命の危険が多い職業という認識だろう。俺の認識もそうだった。

 あれだけ死にたくないと願っていたのに、栄光を掴むためなら自ら死にに行くような人間性になったのだなとその後の反応で良く理解した。

 俺は前世の己とはまったく変わったのだと嫌でもわかってしまった。

 そもそも、脳自体が変わっているのだから当然のことなのかもしれんがね。


 阿鼻叫喚だった。

 母だけではなく祖母も、さらには数少ない周囲の友達もみんなして俺に現実を突きつけようとしていた。


 だけど、別にこの世界は男女の膂力差があるわけでもないのだ。

 そこらが逆転していたならば、さすがに他の道を選んだ。

 現実としては、少なくともそこよりは個人の資質の差が大きい。


 やはり男は軽々とニートできるので、鍛えもしないか鍛えても己を魅力的に見せるため……男としての価値を上げるためという奴が大半。

 スポーツの道に進むようなやつなんて滅多にいない。


 本当に稀に、極稀に……それなり以上に活躍できた例は二例ほどしか知らないけど、プロスポーツ選手になるような男もいはする。

 片方はレジェンドにもう肩までどっぷり浸かったスーパースターとして現在進行系で活躍中だ。

 彼が冒険者の道を選んでいたら、そして同年代であったなら、良きライバルになれたかもしれないと思っている。

 センスが爆発しているし身体能力がとにかく化け物だ。


 もう片方も別のスポーツではあるが、プロの一軍スタメンとしては平凡ながらも、実に長いこと不動のレギュラーを掴み、しかも衰えと無縁に近かったので積み重ね型の通算成績でレジェンドの仲間入りをしたりして大いに人気を博した伝説的な存在だ。


 そもそも、『戦う』ために鍛えた男の母数が少ないのがいけない。


 男は身体能力的に劣っているという言説がこの世に出回っているのは母数の少なさゆえだろう。

 三年前だったか、有名な大学から男が本来持ち得る身体能力には女との有意的な差はほとんどないという論文も発表されていた。


 だが、例えそうだとして男に命の危険を背負わせるというのは許しがたいことだったらしい。

 今思えば当然のことだな。


 数が少ないからこそアレコレやって甘やかして……半ば愚民化してまで保護してるのに、わざわざ死にに行かれちゃ困るもんな。


 それでも力を試したいという気持ちがあった。

 なので、鍛え続けた。幼い頃から鍛えすぎるのも良くない。成長を阻害するから……と言ってもこの世界ではどうかは分からないが、そう思ったのもあってマッチョマンというわけではない。

 それでもなかなかに見事な肉体になったと思う。


 母も多少は折れてくれたのか暴漢女に襲われた時のために、と護身術の先生をよこしてくれた。

 それを好機として、なんとかその先生をたらしこんで剣術の先生の推薦をもらった。

 護身術は実際必要だ。俺が特別な美形なのもある。実際に役立てた機会もあった。その未来はわかっていたので真面目に取り組んではいた。

 そしてわかったことは……とてつもないほどに戦いのセンスに溢れているということ。


 そのおかげで、なんとか剣術の先生を雇うことに成功した。

 母はびっくりして無理矢理にでも止めたが、なんとか口八丁で騙して……十二歳の若さで剣術の先生から免許皆伝を言い渡された。

 どうにも、俺はその時点で彼女を超えた鋭い剣を振るえていたらしい。

 大人と子供の体格差や身体能力強化の魔法の練度の差、大人げない本気などのせいで真剣勝負では負けてばかりだったが……。


 それからはただ一人鍛え続けた。稽古をする相手もいないのでは成長も鈍るだろうが、先生が15になるまではそうしろと言ったから愚直に守った。

 戦うとしてもたまに行う先生や姉弟子たちとの試合くらい。


 それらにも『確実に』勝てるようになっていた。先生の指導に間違いはなかったと確信した。

 体の成長だけでそうなったわけではない。学んだものを己の中で噛み砕いて消化する期間だったのだと良くわかった。


 そして15となって迎えたこの大会。母は断固として出場を許さない姿勢を見せていたが、先生に頼んでメディアで大きく取り上げてもらったおかげで今更出場辞退などは許されない状況に追い込んだ。


 申し訳ないことをしたが、これで実力の程はわかってもらえただろう。


 この実績だけで許してもらえるかはわからないが、まず間違いなく一歩前進しただろう。


 この国の同年代の戦士の中でぶっちぎりで一番強いと証明できたのだから。

 はっきり言って、決勝の彼女を除けば数人以外はギアを下げまくっても勝負にもならないような武術家ばかりだった。

 決勝の彼女だけは、ギアを多少上げざるを得なかった。

 舐められていたせいで、それでも圧勝だったがな。

 少し期待外れであることは否めなかった。

 俺も本気など欠片も出していないから人のことを悪く言うことはできないかな。


 健康な体に恵まれた。才能にも恵まれた。それなのに活かせないなど、俺は断じて許せない。


 だから……近代冒険者史初のS級を目指す。その先にある栄光・名誉・賛美をこの俺によこせ。

 この程度のところでは止まれないのだ……!

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