さよなら、ライトグリーンメタリック
カッコー
第1話
滅びの笛が聞こえる。
いつか、どこからか、音もなく
それはやって来る。
誰かの声はもうどこにも届かない。
叫びも絶叫も、沈黙さえ
失われてしまう。
僕たちは、呆然も、立ち竦むもないままに
灰ともならず無になる。
小説「さよなら、ライトグリーンメタリック」
〈一〉
三菱RVRの緑色の車体のスライドドアを開けて僕は後部座席に乗り込んだ。父は憔悴しきった母の肩を抱えるようにして助手席のドアを開けた。母を助手席に座らせるとそっとドアを閉めた。小さくドアの閉まる音がした。その音は父が運転席に座るまで、まるで風になびく帯のように父の後ろをついて来た。そして運転席のドアが閉まった。その日はまだ肌寒く、空は灰色の雲に覆われていて、空気は重く全てが沈黙の中に沈んでいるようだった。
もうこの町は終わりだと父が呟くように言った。その父親の言葉が吹き上げられたエンジン音に交じりながら後部座席に流れ込んで来た。僕は父親が言ったその終わりだという言葉を頭の中に描いてみた。でもその言葉の意味を考えようとしても、まるで堅強な高い壁の前で立ち竦むように、どうしてもそこから先に進む事が出来なかった。僕はポケットにあったアーモンドチョコレートを取り出して、一粒口の中に放り込むとそのまま噛み砕いた。車はまるで霧の中を迷うかのように、スピードを出さずにゆっくりと進んでいるのが感じられた。時々両親のどちらかが何かしら呟き、大切な物事を渡すかのように、横顔を見せながら話し掛けてきたけれど、僕は返事もしないでずっと目を閉じたままシートの柔らかさの中に沈み込んでいた。ふと僕は隣の座席を見た。妹が少し興奮気味に、窓に張り付くように、外に広がる町の風景を見ている。白いフレアーのついたワンピースを着て肩まで伸びた髪が柔らかく揺れている。少し窓が開いていて、そこから風が入って来ているのかも知れない。細いうなじが見え隠れしている。幼いうなじだ。僕は思わずその髪に触れようと手を伸ばす。僕の手の指先がその髪に触れようとする瞬間に母が小さな声で呟くように、可奈ちゃんと言う。僕は母の方を見る。母の髪が無造作にシートの後ろにかかっている。その髪は濡れたように乱れたまま、シートの背にまとわりついている。可奈は振り返りもせずに依然として窓の外を見たまま後ろ姿を見せている。父の左手が母の肩に置かれているように見える。その大きな手が母を包んでいるように感じる。暫く僕は妹の後ろ姿を見続けてその表情を感じ取ろうとする。でもやがて窓の外にやけに澄んだ4月の青空が思いがけないはやさで広がり出し、僕の目にいっぱいに入ってくる。
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