Number 002「オークと見紛う醜さ」



 ──この世界がどんな世界かと言われると、なかなか一言では言い表せない。


 要素だけをズラズラ並べるなら、武侠、陰謀、後宮、恋愛、幻想、気功、妖術、拳法、戦争、変態、異種、と実に様々な要素が詰まっている。


 とはいえ、やはり一言で済ませるならば、それは当然『中華風ファンタジー』となるだろう。


(剣と魔法の異世界ファンタジーなのは変わらないけど、見た感じ完全にアジアチックだしな……)


 一応、エルフとかゴブリンとかも、外国にはいるらしい。

 ただ、鳳国は東方大陸のなかでも、さらに東部に位置しているためか、西洋チックなファンタジー要素はあんまり見かけられなかった。

 代わりに、よく見かけるのは前世で子どもの頃に見たカンフー映画、あと、北●の拳とか西遊記に近い古典派ファンタジー。


 アチョー!

 ヤーッ!

 ひでぶっ!


 昨夜の黒頭巾暗殺者たちが、いい例である。

 まるでアクションバトルマンガ。

 人間離れした人間。

 この世界というか国には、ああいうのがゴロゴロ転がっていて、しょっちゅう人が死んでいる。

 妖怪とか魔物とかもいるのに、人間でさえバケモノじみているのだ。

 そんなヤツらに、俺は命を狙われていた。


 鳳・玉瑛の人生は、ベリーハードモード!


 宮中で巻き起こる陰謀。

 妾の子どもへの差別と偏見。

 食事に毒が盛られている可能性は常にあり、いつ殺されてもおかしくない。

 頑張って生き足掻いてはいるが、ぶっちゃけ風前の灯火だ。


(ああ……)


 転生物って、他人事だから笑っていられたんだなぁ……








 なんて思っていた翌日の昼である。


「殿下ああァァァァッ! ご無事ですかッ、殿下ああァァァァッ!!」

「ヒィィィィィィィィィィィィッ!!」


 宮中の自室で、俺がひとり書を嗜んでいると、バタンッ! と大きな音を立てて、突然オークが侵入して来た。

 オークというのは、尋常でない醜さを誇るカイブツのことで、脂ぎった肌とブヨブヨにのたうつ脂肪を纏った、人には決して救えない悲しい生き物である。

 ハゲ散らかったススキ頭と、老いさらばえなお、テカテカに光る粘つきフェイスは、正直に言って見るもおぞましい。


 俺はあまりの恐ろしさから、「ギャッ!」と震え上がった。


 しかし、オークはそのまま、下卑た眼差しで勢いよく俺の足元に縋り付く。


「ヒ」


 触られた。

 なんてコトだ。

 貞操の危機。

 さぶいぼが止まらず、思わずオークの手を蹴りつけた。

 分厚い両手で止められる。

 しかも、目にも止まらぬ速さでそのまま裾を捲られ、足首からスネを舐められた。


「ギャアアアアアアアッ!」

「ペロペロペロペロッ! ぷッはァ……」


 オークは満足したのか、絶叫した俺を離した。

 顔をよく見ると、それはこの国の右丞相、カツ天萬テンマンだった。


「殿下ァァ……殿下ァァ……! 昨晩は不遜にも、刺客に襲われたそうですなぁ!? 大事ないでしょうかァァ!?」

「たったいま大事があったわ! オ、オマッ、何してくれてんだ気持ち悪ィィッ!」

「ええ!? なにかありましたかな?!」

「──ク、クソッ!」


 オークもとい天萬は、何事も無かった顔ですっとぼける。

 俺は泣きながら悪態をつくしかない。


「チ、チクショウ! 何の用だよオマエぇ!」

「おお、よくぞ聞いてくださいました! この天萬、殿下の身を案じ、急ぎ駆けつけた次第にございますれば!」


 天萬は今さらながらに膝を着き、臣下の礼を取る。

 だが、騙されてはいけない。

 こいつはたったいま、皇族に仕える右丞相の身でありながら、俺の右足をペロペロした変態である。

 信じられない。

 キモすぎるだろ。

 一度刻まれたトラウマは、頭を下げられたからって治らないんだぞ!


「クソクソクソ……頭を上げろ、右丞相。心配には及ばない。俺はこの通り、ほら、何の怪我も負ってないぞ」

「おおッ! おおッ! それは誠に、誠に! この天萬、安心しましたァァァァ……! 殿下はこの鳳国の大事なお世継ぎ! 何かあっては、まさに国家存亡の一大事ですからなァァ……!」


 ニチャァァ……!

 と、オークもとい天萬丞相はいやらしく微笑む。

 なんて醜い男だ。

 相変わらず、凄まじいアクの強さ。

 どれくらい醜いかと言うと、薄い本のキモデブハゲオヤジくらい醜い。

 本物のオークの方が、まだ嫌悪感が少ないだろう。


(この高血圧な喋り方も、どうにかなんないかなぁ!)


 クセというかアク。

 アクが強すぎて、もはや繊細な人間なら秒で卒倒しかねない。

 どうやら、俺が昨夜、刺客に襲われたのを知って、忠臣らしく真っ先に駆けつけたような風体だが……どうせ心配だったのはショタである俺の性的な価値だけだろう。

 足を舐められたコトからも分かる通り、鳳国右丞相はペドフィリアである。

 そのため、相対するといつもSAN値がゴリゴリ削られていた。


「ウッフフフ……殿下は今日もまこと! まこと雪のようにお美しいですなァァァァ……!? 肌もスベスベツルツルで、ああっ、本当に食べちゃいたいぐらい可愛らしいですぞォォ……じゅるりじゅるり! ハッ! そうだッ! ──おみ足、もう一回舐めてもよろしいですかな?」

「死ね」

「ハゥアッ! その眼差しがまた至福ッ! この世のどんな宝にも勝る至上の法悦ッッ!! さすがですな殿下! この天萬、ますます忠誠を捧げたくなりましたぞ……!」


 そう言って、天萬はムフムフ笑いながら姿勢を正した。

 最悪のショタコンである。

 絶対に権力を握らせちゃいけない。

 なのに、歴史上の偉人が、ときに倒錯した性的嗜好を持ったと後世に記録を残したように。

 この天萬というクリーチャーもまた、同様の性的倒錯趣味を持っていた。

 先ほど、この世界がどんな世界かをまとめた際に、サラッと変態というのも挙げたが、これで分かっただろう。


 目の前の男の正体、それこそが変態だ。


(本当に死んでくれ)


 ──しかし、


「ときに殿下……私の差し上げた護衛は、役に立ちましたかな?」

「……護衛? ああ、たしかに。おかげで昨夜も、間一髪で助けられたよ」

善哉善哉ぜんざいぜんざい! それは大変よろしゅうございましたッッ!」


 蠍・天萬は大帝国『鳳国』の右丞相。

 すなわちそれは、この国の内政をほとんど牛耳っているカイブツであることを意味する。


 そして、俺は生き残るため、仕方なしにコイツと手を結んでいた。


 地位薄弱にして、頼れるべき臣下をひとりも持たない異形の皇太子。

 暗殺が日常茶飯事となっている宮中で、一番の有力者に守ってもらえれば、少しは安心できるだろう?

 昨夜の世紀末モブもどきたちも、宮中を逃げ回っている内に何とか天萬の護衛に倒してもらった。

 そのため、先ほどの足ペロペロも、言うなれば交換条件の一種……本当は性犯罪で極刑に処したいが、庇護を対価にぶら下げられているため、ほんの少しだけカラダを差し出すしかなかった。


(──もちろん、一線は絶対に死守する……!)


 こんなキモデブハゲオークに犯されるとか、死んでもゴメンだ。

 なので、蠍・天萬との取引。

 俺はちゃんと、政治的なエサも与えるコトで交渉を成立させていた。


(本当はそっちだけで、対等な関係を築きたかったけど……)


 無理だった。

 ガクリと項垂うなだれる俺に、天萬は嗤う。


「にしても……いやはや、本当に大事なくて安心しましたぞ、殿下ァァッ!

 もしッ、もしッ、殿下の身にかすり傷のひとつでもついていれば!

 我が最愛の愛娘、麗薇レイラに! 後から何と責められるやら、知れたものではありませんからなァァァァ……!」

「……婚約者殿は、息災か?」

「ええッ! 我が娘ながら、実に美しく健やかに成長しておりますともォォ……!」


 上機嫌な満面の笑み。

 世はまこと理不尽である。

 こんなに醜い男が、どうして既婚者なのか。

 小児性愛のクズの分際で、どうして一端に子まで設けてやがるのか。

 俺には分からない。

 けれど、前に一度だけ、奥方を目にしたことがある。


(相当な美人だった!)


 美女と野獣どころの話じゃない。

 いったいどんなクソッタレな手段で、ムリヤリ婚姻関係を結んだのか。

 蠍・天萬、とんでもねぇド畜生にしてド外道である。

 そして娘の名前は、麗薇。

 今年でちょうど十歳。

 つまり俺と同い年。


 いわゆる、許嫁の関係である。


 ただ、性格には難あり。

 言うまでもないが、こんな男の娘である。

 極悪一族に生まれた若き悪の華。

 天萬をもしも悪の首魁とするならば、娘の麗薇はすでに悪女。

 子どものクセに、もう女官をイジメるのが趣味だと聞く。

 確実にヤベェ女だ。


(外見は母親に似て美人らしいけど、中身が腐ってるんじゃなぁ……)


 終わってる。

 幸か不幸か、直接会ったことだけはまだ無いが、できれば一生、会いたくない。


(でも、会わなきゃいけないんだよな)


 それもこれも、現状の俺に蠍家を頼らなくても生きていける力が無いから。

 早く成長して国から逃げたい。


「……ところで!」


 俺が暗い思考に染まっていると、天萬がバチンッ! と手を合わせて言った。

 身振り手振りがいちいち怖いのも、この男の最悪なところだ。


「ど、どうした、右丞相?」

「天萬とお呼びください」

「どうした、右丞相?」

「天萬、ですぞ!」

「どうした、右丞相」

「……むぅッ! なんと強情な! しかし、そこがまたイイッ! ──いえ、そう大したことではないのですがねェェッ?

 殿下は昨夜! 私の差し上げた護衛で辛くも命を助けたワケですがッ、殿下ご自身は、鍛錬などされたりしないのですかなッ?」

「え? なに? 鍛錬とかしていいの? 俺、強くなっちゃうよ?」


 強くならないと死ぬから。

 軽口風味にぼやくと、


「ぷッ──失礼! たしかに、殿下に強くなられると後々困ったコトになりそうですが、しかしィ?」

「しかし?」

「やはり! 最低限の自衛能力は! 持ってもらいたいと思いましてェッ!」


 というのも、近頃は刺客の腕も日増しに上がっていく一方で、殿下に万が一でも起これば、いったい何のためのお守りなのか……


「天萬、分からなくなりそうなのでッ!」

「素直にぶっちゃけすぎだろ」


 隔絶した力の差。

 俺と天萬とのあいだに、ありえないくらいの権力差があるからこそ、舐め腐られた内容だった。

 天萬からすれば、俺と娘の婚約なども、所詮は策の一つに過ぎないんだろう。

 将来的に俺を傀儡とし、自らは帝の養父というポジションに着いて、鳳国のすべてを意のままにしようという目論見も、十重二十重に張り巡らされた陰謀の一欠片。

 現皇帝である鳳皇ゴリラも存命のため、俺に固執する必要性も薄い。

 皇族など、幾らでも産ませればいいのだ。

 新しくテキトーに妃でも見繕って、一発孕まさせれば、わざわざ銀髪銀瞳のガキに娘をくれてやる理由も無い──それなのに。


(……俺に護衛を貸し与えて、仮にも協力関係を結んだのは……)


 たぶんだが、完全な気まぐれだろう。

 さすがにショタコンが理由で取引に応じたとは、思いたくない。


 最悪すぎる。


 出会った時も、見抜きを求められたくらいだ。

 このままでは俺は、きっとマジに貞操を差し出す場面がやって来るだろう。断固として拒否! 拒否拒否拒否!

 カラダを鍛えて強くなるのは、絶対に不可欠。

 俺、強くなりてぇ……!


(でも、この世界の鍛錬ってアレなんだよな……)


 『気』とかいう意味不明なエネルギーが無いと、超人にはなれないらしい。

 皇族は代々、気量に優れるらしいが、俺はそのヘンどんなものなのか分からなかった。

 バカゴリラには〝栓が詰まってる〟とか言われたコトあるが。

 何はともあれ、成長のチャンスは見逃せない。


「じゃあ……なんかいい感じの腕の指南役でもいたら、よろしく頼むよ」

「御意!」


 右丞相はニチャァと笑い頷いた。



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