第14話. 停滞か後退か前進か

「レクロマ、起きて」


 シアが不安そうに木の幹に寄りかかった俺をゆすって起こす。もう辺りは明るくなっていた。


「おはよう、シア」


「大丈夫? かなりうなされてるみたいだったけど。それに不安や苦しみの緑色の感情が見えたよ」


 シアはレクロマの頭を柔らかく撫でる。


「シア、頭を撫でるのやめて」


 シアは急いで手を引いた。行き場を失った右手は、腰の後ろに逃げていった。


「あっ、ごめんね。嫌だったか……」


「俺は幸せになっちゃいけないんだ。早く、みんなの仇を取らないと」


「どうしたの、何かおかしいよ。夢で何か見たの?」


「みんなが……復讐を怠けてる俺を叱責してくれたんだよ」


「それでも、幸せになっちゃいけないなんてあるわけないでしょ。復讐だってする必要なんて無い。私はビレン村で永遠にあのまま幸せに過ごすのだって良いと思ってる」


「それじゃだめだよ。俺だけが生き延びたんだから……俺がやらなきゃいけないんだ」


「落ち着いて、今は混乱してるだけ。焦る必要は無いよ。ゆっくり進めば良いじゃない。その苦しみは私も一緒に背負うから」


「シア! もう俺に関わらないでよ……シアには関係ないことだから」


「もうあなたについて行くって決めたの。あなたが全てを成し遂げるまで、私はあなたについて行く」


 なんでシアはそんなに俺に優しくしてくれるんだ……


 レクロマは息を大きく吸い込み、息と感情を整えようとする。


「……言いたくなかったけど、俺はシアが大嫌いなんだよ。だから、これ以上関わらないでよ。嫌い……嫌い……大……嫌い……だから……」


 泣くな。泣くな、俺……


「嘘つけ、そんな苦しそうな顔で言われても説得力無いよ」


「感情を見たわけじゃないの?」


「見なくたってわかるよ。レクロマは分かりやす過ぎるね、泣き虫坊や」


 シアは俺を正面から抱きしめた。


「俺の責任だから……シアを巻き込みたくないよ……」


「もう巻き込まれてるよ。第一、1人じゃ移動すらまともにできないでしょ。あなたが幸せを受け入れなくても、私が幸せにあげるから」


「何で、そこまでしてくれるの。シアには関係ないことなのに」


「私は、自分自身の幸せのために常に行動してるだけ。決してあなたのためじゃない。思い上がるなよ」


 シアはふんっと鼻を鳴らしてから顔を綻ばせて笑いかける。


「ありがとう、シア。こんなんじゃ俺、やっぱりシアには釣り合わないや。贅沢が似合う男にはなれない」


「頑張ってみてから言いな」


 シアは立ち上がって伸びをした。


「それじゃあ、帰ろうか。みんなも心配してるだろうし」


「……そうだね。それに、そろそろビレン村は離れて宮殿に向かいたい。シアが手伝ってくれるなら、十分に戦えるはずだから」


「そんなに焦らなくたって……」


「だめだよ。俺は今すぐにでもみんなの仇を取らないといけないから」


「……」


 シアは少し悲しそうな顔をして、俺を背負った。


====================


 ビレン村に着くと、レディンさんが駆け寄って来た。レディンさんは涙で顔をぐちゃぐちゃにして、俺たちに抱きついて来た。


「良かった。殺されちゃったんじゃないかって、君たちに行かせたことをずっと後悔してた」


「大丈夫ですよ。それにちゃんと倒して来ました」


 シアは腰に括り付けたアルド・ベリオールの鱗が入った袋を見せた。


「あのアルド・ベリオールをか。さすがだな、ありがとう」


 パン屋の扉を開けて、セリオが走って来るのが見えた。


「シアちゃーん、レッくーん」


 セリオが俺の後ろ側に回り込んでくると同時に背中を強い衝撃が襲った。


 セリオは俺の背中に張り付いて、よじ登って来た。


「村のみんなはね、シアちゃんとレッくんはアルド・ベリオールに殺されちゃったんだって言ってたけど僕は信じてたよ。だってレッくんもシアちゃんも強いから」


 さすがにシアの脚もよろついている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る