第17話 相沢流居合術

 炎王龍バルハードと似た気配の男は、見た目は普通の人間と違いは無い。

 しかし、その威圧感はとても人間のものとは思えないほどだった。


『よう、炎王竜』

『貴様は、闇王竜の使いか…』

『闇王竜様の言った通りだ。お前、弱ってるな?』


 弱っている……炎王龍がか?


『ガキを産むのに力を使ったみたいだなぁ。今のお前なら俺でも殺れる』


 そうか…炎王龍が何かを守るようにしていたのは、自分の子供を守っていたのか。


『ということで、死ね!』


 砂埃と共に金属音が辺りに響き渡った。

 砂埃が晴れると、闇王竜の使いと名乗る男の攻撃を間一髪でイツキは止める姿が現れた。


 手甲を作ってもらってよかった……こいつの今の突き生身なら殺られていた。


「なんだ、人間……邪魔するならお前から殺すぞ」

「お前も人間に見えるんだが……?」


 今のでハッキリと分かった。

 森に入る前から感じていた強い気配はこいつだ。

 恐らく、炎王龍を探しこの森に既に入っていたんだ。


「俺様を下等な人間共と同じにするな。俺様は闇王竜オプスキュリテ様の右腕夜竜ノクス」


 竜種は強い個体であれば人間の姿になれ、無駄な体力消費や人目を欺くために人間の姿で生活する者が多い。

 人間の姿でのデメリットは特に無く、戦闘にもほとんど影響はしない。

 むしろ、戦闘ににおいては細かな動きが可能になりドラゴンの姿より厄介な事が多い。


「その右腕様がなんでこのドラゴン狙ってんだ?」

「そんなもの炎王龍が邪魔だからだ」



 イツキと夜竜は1度距離を取り合い、互いの様子を伺っていた。


「お前、そこどけよ。炎王龍さえ殺せばお前ら人間は見逃してやる。どうだ?悪くない低音だろう?」

「確かに魅力的な提案だが、そんな事を聞いて(はい、そうですか)とは言えないだろ」

「そうか、なら死ね【ダークブロー】」


【リフレクションシールド】

「大丈夫か?イツキ」


 アランは咄嗟に防御スキルを発動し、イツキを守った。


「アラン、ありがとう助かったよ」

「ありゃ、バケモンだ。俺のリフレクションシールドで弾き返せなかった……逃げるのが得策だ」

「いや、逃げたらこのドラゴンが殺されちまう……そんな目覚めの悪いこと出来ねぇよ」


 そう言うと、イツキはスっと拳を構えた。


「……わかったよ、なら俺は仲間に被害が行かないように全力で守ってやる!気にせず思いっきりやれ!」


 アランの言葉に手を挙げ応えたイツキは、より一層集中力を高めていた。


「話は終わったか?」

「ああ、おかげさまでな。今の間に殺さなくてよかったのか?」

「なーに、俺様は優しいからな、仲間に遺言も残せねぇんじゃ可哀想だろ?」

「お優しいことで……」


【ダーククロー】


 イツキの手甲で受け止めた金属音が辺りに響いた。

 クレマンが作った手甲は、最初に放った夜竜の一撃とは比べ物にならないほどの威力の攻撃をも容易く受け切ることが出来た。


「はっ!なかなかいい装備じゃねぇか」

「そら、どうも」


 仲間たちは、縦横無尽に止めどなく繰り出される攻撃にイツキは防戦一方といった様子に映っていた……


「い、イツキ様!!」

「イツキを助けないと!」

「アランさん、どいてください!!」

「ダメだ!」

「で、でも、イツキ防戦一方じゃんか!」

「この攻防に割って入る隙なんてねぇよ……」


 自分の力の無さを痛感していたアランは、今の自分では割って入ることの出来ない歯がゆさを抱えながらもイツキが戦いやすいよう、仲間を守っていた。


『人間よ、我を守る必要などない。貴様の力では無残にも殺される』

『心配どうも……仮にこいつに殺されたとしても、アンタを見捨てて生きるよりずっといい。それに別にまだ負けた訳じゃない』


 炎王竜ですら……誰の目にも防戦一方に映っていたのは確かだった。イツキ本人を除いては……


 ドゴーン!!


 突然聞こえた轟音と共に夜竜は後ろの大木へと吹っ飛ばされていた。


「なぜだ、なぜ俺様が膝を着いている……」


 夜竜は、自身でも気づかぬ攻撃を受け思わず膝をついた。


猛虎硬爬山もうこはざん

 イツキが放った技である。

 猛虎硬爬山とは、掌底へと繋げる連続技であり、防戦一方に見えた攻防の中で、イツキは攻撃により夜竜の防御を誘導し、その生まれた一瞬の隙を見逃さず本命の一撃を叩き込んでいた。



「何かは分からんが、油断したか……だが、もうお遊びは終わりだ!」


 背中の人化を解いた夜竜は、空に浮かび力を貯め始めた。

 上空の夜竜は徐々に腹が膨らんでいき、大技の準備を終えようとしていた。


「ここら一体焼き尽くしてやる!【ダークブレス】」


 黒い炎を吐き、森ごとイツキを消そうとする大技にイツキは対処する術を持っていなかった。


「お前ら伏せろーー!!【リフレクションシールド】」


 アランは怒号と共に、空に防御スキルを展開した。


「だ、ダメだ……威力が強いすぎる…も、もたない……」


 アランの展開した防御スキルは少しずつヒビ割れていた。


『そのまま伏せておけ、人間』

「……え?」


【インフェルノブレス】


 炎王竜は立ち上がり、上空に向け獄炎の炎を放ち夜竜の一撃をかき消した。


 す、すごい……これが炎王竜の力……


「炎王竜……邪魔しやがって……だが、貴様は今ので力を使い果たしたな?もう動けねぇはずだ」


 夜竜の言葉通り、炎王竜はその場に崩れるように倒れた。


『お、おい!大丈夫なのか!?』

『我は力を使い過ぎた。我の子を頼む……』


 炎王竜は弱々しく目を閉じた。


 大丈夫だ、まだ息はある。

 すぐに夜竜を倒さなければ……


「邪魔者は居なくなった……あとはお前を思う存分甚振るだけだ」


 夜竜は地上に降り今一度イツキと対峙した。


 空から攻撃すれば俺には攻撃する方法がなかったのに、わざわざ降りてきた……?

 まさか……


「おい、空から攻撃すれば一方的に殺れたんじゃないのか?」

「はっ!そんな事しても面白くねぇからな。お前の土俵でやってやるんだよ」


 やっぱり……こいつもさっきの一撃でだいぶ体力を消費したんだ。

 だから体力を使わないように地上に降りてきた。

 それなら、こっちのもんだ!


「行くぞ!【浸透勁しんとうけい】」


【浸透勁】

 打撃の衝撃を体の内部に浸透させる技。

 打撃を打ち、素早く手を引くことにより内部に衝撃が伝わり威力が何倍にもなる。


「ゴフッ……俺にここまでダメージを与えるとはな……なかなかやるな人間!!」


 イツキの打撃により血を吐いた夜竜だったが、怯むことなく攻撃を仕掛けてきた。


「避けてばかりじゃ倒せねぇぞ!!!」

「そうだな……【バラ手】」


【バラ手】

 指をやや開いた形で、手甲側からスナップを効かせた突きで目を狙う技。

 脱力し突くため骨折をしにくくなっている。

 まさに人体を破壊するための技である。



「躊躇なく目を狙うか…なかなか良いぞ人間!!もっと楽しませろ!!」


 寸前で躱した夜竜だったが、大技による体力消費は顕著で目の下から血が流れていた。

 しかし、それでも人間に殺られるはずがないという傲慢にも似た自信を持つ夜竜は余裕のある態度だった。


「今度はこちらから行くぞ!【ドラゴストライク】」


 夜竜は右手に黒い炎を纏い、一直線に突っ込んできた。

 そのスピードは常人には反応出来るものでは無く、この戦いを見ていたソフィー達4人は目で追うことが出来ずにいたが、イツキだけは攻撃に備えていた。



 結構いい突き入ってたんだけどな……竜種ってのはタフだな……使うか。


 イツキは無月へ手を伸ばし、構えた。


【相沢流居合 血雨けつうざん


 一撃の下に敵を斬り伏せ血の雨を降らす、相沢流の居合術。


 両者の攻撃は交差し、一瞬の静寂の後、イツキは片膝をつき脇腹からは血が出ていた。

 その瞬間、ソフィー達仲間、そして夜竜もイツキの負けを確信していた。

 しかし、次の瞬間。

 夜竜の体は一文字に斬られており、血が吹き出し倒れた。

 あの瞬間、夜竜の攻撃より早くイツキの一撃が届き、夜竜の体を確かに斬っていた。


「クソがァーーー!!!俺様が貴様ら人間如きにーー!!」


 イツキに切られた事が屈辱的だったのか、夜竜は怒りをあらわにし、重傷とは思えない程の魔力を放っていた。


「……はぁはぁ……ふぅ……まぁいい、き、今日のところは手を引いてやる。目的は果たしたからな……だが人間……貴様は必ず俺の手で殺す!!」


 捨て台詞を吐くと、夜竜の体は黒い煙に包まれその場から消えた。


「イツキ!」

「イツキーー!!」

「イツキさん!」


 夜竜を迎撃したイツキの元に仲間が駆け寄った。


「いやぁー……疲れたよ。アランみんなを守ってくれてありがとな」

「あ、ああ、そんな事よりお前大丈夫か?」

「多分、大丈夫……」

「ええっと、こんな時どうしたら……」

「わたくしが治します!」


 アリシア王女はイツキの体に手をかざして【ハイヒール】を唱えた。

 イツキの体の怪我や傷は見る見るうちに消えていき、一瞬で完治に至った。


「す、すげぇ……ありがとうございます、アリシア王女」

「いえ、わたくし達もイツキ様に守って頂きましたので……」

「このドラゴン……炎王竜も治してやれないですか?」

「こいつ俺らを守ってくれたよな……」

「確かに、このドラゴン居なかったら僕たち死んでたかも……」

「そうですね……アリシア王女治すことはできませんか?」

「す、すみません……わたくしの力では…怪我や呪いを癒すことができても……」


 アリシア王女は俯き拳を握りしめていた。

 その体は小さく震えており、自らの力の無さを悔いているようだった。



「やれやれ、あれほど無茶をするなと言っていたんだがな……」


 見知らぬ声が聞こえ、イツキ達は新手かと身構えた。

 茂みから出てきた声の主は、妖艶な美しさを持ち黒い髪が腰まであろうかという女性だった。

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