Crimson:Oath E/V

福宮さとみ

遺品整理

 雪が降り注ぐ月下げっか。一人の淑女が薄く積もった雪の上をゆっくりと歩いていた。薄暗い夜道に地面を踏み込む音だけが木霊こだまする。

 濡れた薄紫色のワンピースが夜風に揺らされ、彼女の手をもこごえさせる。

 彼女は手に白い息を吹き掛け、周囲を見渡す。雪で覆われた森の地面に視線を落とす。月光に照らされた石段が視線の中に入ってきた。彼女は凍りつく寒さに耐えながらも、道を見つけたことに安堵した。

「道が見えてきた……雪に埋もれる前に気づけて助かったわ」

 地面より一段高い人為的に作られた石畳の道が古びた洋館に続いている。彼女は歩いてきた足跡を見返し、洋館へ向かう決意を固めた。

「今更、引き返すことは無理だわ」

 再び歩みを進め、古びた洋館に近づくと、徐々に外観が露わになる。時代を感じさせる木目調の建物に、綺麗な石畳の道が玄関まで続いていた。彼女は大きな門扉もんびの前で多少の違和感を抱く。

 しかし、そのことを忘れてしまうくらいの寒さが彼女を襲う。ブロンドの頭髪と服に積もった雪を、大きく手で払い、本音を呟やく。

「寒い。どこか、火に当たれる場所が欲しい。遺品整理を夜にするべきではなかった」

 彼女は玄関先に吊るされた大きめの蝋燭ろうそくに備え付けられたマッチ棒で火をつけ、受け皿を持つ。

 そして、誰も使っていないと分かっている洋館の大きな扉を、手前へ引き、暗闇の中へと入っていく。

 扉がガタンと、音を立てる。

 無音の空間が広がり、蝋燭の揺らめきも弱くなった。暖かな炎による人の影が床に浮かび上がる。数歩前に進み、コツコツと足音を響かせながら、蝋燭の明かりを天井に向けて伸ばす。

 入口から広がる大きな空間。吹き抜けの天井と照明。二階へと繋がる階段。全てに趣向が凝らされていた。今は誰も使っていないとは思えないほどの美しさを感じさせる。

 照明のスイッチを探そうとしたが、どこにも見当たらず、火も持っている蝋燭しかない。

 異様な雰囲気を感じながらも、彼女はここ来た目的を思い出し、照明は諦め、二階へと足を進めることにした。

「遺書……」

 彼女は亡き父の遺書を思い出す。父の遺書には、今いる洋館の書斎の場所と人目に付かぬよう一人で遺品整理を願う文面が添えられていた。

 小さいときに訪れたことのある洋館が残っているとは思ってもいなかったが、彼女は父の遺言通りやって来たのだった。

 着替えたり、屋敷を変に彷徨うろついたりすると執事に怪しまれてしまう。そのため、着替えをすることなく、人目を盗み、寝室の窓辺から抜け出して来たのだった。

 二階へ向かう階段は入口の正面にあり、二階へ上がり切ると左右へ分かれる構造となっている。

 階段を登っている途中、段差に足が引っかかり転びそうになった。

「危なかったわ」

 蝋燭の火を床に付けることなく、直ぐに体勢を建て直したことで、難を逃れることができた。ほんの少しの段差でつまずいた自分を思うと、少しの恥ずかしさが込み上げてきた。

 二階へと登り、書斎のある右手側の奥へ足取りを進める。

「書斎……」

 遂にたどり着いた書斎を前にして、感慨深い感情が募る。父との思い出、父の笑顔、父の優しさ、他にも沢山のことが脳裏に浮かび上がる。そして、父との急な別れ。いつまでも一緒に過ごせるとそう思っていた。

 少しばかり感傷に浸ったていたが、謎めいた遺言のことを思い出し、我に返る。書斎には父の秘密が隠されているに違いないと思い扉に手をかけるも動くことはなかった。

 鍵がかかっているようだ。しかし、鍵穴らしきものは見当たらない。扉を観察すると、何かをめる仕掛けがほどこされていた。

 書斎にたどり着いたのに入れないと困ると思った彼女は、感傷に浸ったとき、握っていた手に何か感触があったことを思い出す。すかさず胸元から身につけていたロケットペンダントを服の外へだす。ロケットペンダントは正八面体の形をしていた。

 恐る恐るロケットペンダントを、震える指先、高鳴る鼓動の両方を抑えながら、窪みへとめ、後ずさり扉から距離を取る。

 カコン、と音がなり、歯車が回る音が聞こえ始める。カタカタと動き出した歯車の音が心地よく身体に響いた。

 しばらくすると心地よい音が止まり、心に緊張が立ち込めてきた。書斎への入口が開かれるであった。

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