第3話 努力の日々

 「行ってきまーす!」


 朝早くから、レグスは教会を飛び出す。

 今日も仕事である“衛兵”をするためだ。


 【天啓てんけいの儀】から約二年半・・・

 レグスは村に戻り、衛兵の職に就いていた。

 仕事と共に、体を鍛えることもできるからだ。


 すると、教会のシスターが声をかけた。 


「レグス、無理をしなくてもいいのよ?」

「ううん、俺もシスターの役に立ちたいから!」

「そっか」


 無理をして衛兵をしなくてもいい。

 シスターはそう言いたいのだろう。


 だが、レグスは断る。

 ラフィアに負けていられないという気持ちも大きいようだ。


「そろそろラフィアから手紙も来る頃ね」

「うん」


 二年半前のあの日、ラフィアは村を旅立った。

 Sランク騎士団の『皇華』に勧誘されたからだ。

 それから少し、正式に入団したとの手紙が届いた。


 それからというもの、ラフィアは快進撃を続けているらしい。

 次々に依頼をこなし、ちまたでは『超新星スーパールーキー』と呼ばれるほどに。

 レグスが隣街へ訪れれば、ラフィアの噂や評判はそこら中で聞く。


 そんなラフィアは忙しくて帰ってきていないが、たまに報奨金が届く。

 それに負けたくない気持ちがあるのだろう。


「ラフィアの額にはまだまだ及ばないけど、俺も貢献するよ」

「……ええ、ありがとうね」

「ううん! じゃあ行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 レグスは爽やかな表情で教会を飛び出す。

 すると、やり取りを見ていた村人がシスターに話しかけた。


「レグスはよく働くなあ」

「そうですね」

「毎日体も鍛えて、天器抜きでは・・・・・・相当の力を持ってるだろうに」

「……」


 ラフィアと別れた日から、レグスはさらに自分を追い込むようになった。

 才能の差は努力で埋めるしかない。

 そう自らに言い聞かせているように。


「レグスが良い天器を授かった世界も見たかったなあ……なんて。あ、すみませんシスター」

「いえ」


 そんな言葉に、シスターはふと思い返す。


(レグス……)


 ラフィアと別れ、村に帰ってきた時からのことだ。



────


 【天啓の儀】当日、夜。


「ただいま」

「あら、おかえりレグス」


 帰ってきたレグスに、シスターは優しく声をかけた。

 大体の事情は察したのだろう。


「ラフィアは行ったのね」

「……うん」


 【天啓の儀】から直接騎士団に勧誘を受けることは、よくある話。

 レグス達もシスターにそう伝えていた。

 しばらくお別れのつもりで出て行ったのだ。


 しかし、帰ってきたのはレグス一人だけだった。


「レグス、こちらへいらっしゃい」

「え? ……!」


 シスターはレグスを招くと、ぎゅっと抱きしめる。


「ちょ、ちょっとシスター!?」

「いいから」

「……」


 恥ずかしさから離れようとするが、その内レグスは素直に従った。

 シスターは本当の母ではない。

 それでも、確かな母の温もりを感じる。


「騎士は諦めるの?」

「……諦めない」

「そう」


 すると、シスターは優しくうなずいた。


「じゃあ思う存分やりなさい」

「……! ありがとう、シスター」


 それからふっと離れると、レグスは背を向ける。


「ちょっと外に出てくるから」

「ええ」






「クソ、クソっ!」


 レグスは、外で剣を振る。

 授かった【無垢むくの剣】だ。


 だが、その目には少し涙も見える。


「何がランク無しだ……!」


 やはり心のダメージは大きかった。

 それでも、諦める様子は見られない。


「だったら、もっとやってやる……!」


 何十分も、何時間も。

 腕が痛くても必死に剣を振り続けた。


「追いついてみせるから、ラフィア……!」


 その日から、レグスはさらに修行時間を増やした。


────



 直接伝えてはいないが、シスターはずっと修行を見守ってきた。

 レグスの努力と、精神の強さは誰よりも知っている。


「レグスは強い子ですから、大丈夫です」






「フッ、フッ!」


 衛兵の見張り番をしている中、レグスは剣を振っている。

 手に持つのは天器【無垢の剣】だ。

 日課の素振りを終えると、ふうと一息ついた。


「今年で三回目か……」


 ミロスから教えてもらった、入団試験の話。

 レグスはその年、翌年と受けに行ったが、全て採用は無し。

 どの騎士団からも欲しがられることはなかった。


 努力の結果、基礎的な身体能力が試される一次試験で落とされることはない。

 だがやはり、天器を用いた試験では劣ってしまうのだ。 


「本当に何も無いのかなあ」


 角度を変えながら【無垢の剣】を眺める。

 今まで特に成果はないが、せっかく授かった天器だ。

 それなりに愛着もいていた。


「どうなんだ、相棒?」


 話しかけてみるものの、当然ながら返事はない。

 これも何百回と繰り返している。


 しかし──


「ん!?」


 唐突にクンっと東に動いた気がした。

 明らかに【無垢の剣】が自ら動いたのだ。


 その時、同じ方角から大声が聞こえてきた。


「魔人だ、魔人が出たぞーーー!!」

「……ッ!?」


 レグスはすぐさまその場を駆け出した──。

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