第五話 ダンジョン配信

 買い物から帰宅した翔太は、夕食の準備をしながらスマートフォンで配信を見ようとしていた。

 ところが、前の世界でよく見ていた動画配信サイトが見つからない。

 代わりに"ダンスト"という名前の動画配信サイトが、検索結果の上位に表示されていた。


「ダンストか。これがこの世界の主流サイトなのかな」


 開いてみると、インターフェースは前世の配信サイトとよく似ている。

 視聴者数、コメント欄、投げ銭システムなど、基本的な機能は同じようだ。

 しかし、表示されているコンテンツは明らかに異なっていた。


 【闇の迷宮攻略】【ダンジョン探索】【全力バトル】といったゲーム配信のような字面と、まるでダンジョン探索型RPGゲームのような画像が並んでいる。

 しかし、その画質は現実的すぎた。


【月城瑠璃のダンジョン攻略配信!】


 何気なく配信を選んでみると、画面に一人の女性配信者の姿が映し出された。

 髪の長さは肩ほどで、金色がかった明るい茶髪が動きに合わせて揺れている。

 二十歳前後だろうか、若々しい雰囲気を持ちながらも、凛とした眼差しで前を見据えていた。

 白を基調とした軽装の戦闘服に身を包み、その手には光を帯びた剣を携えている。


「みなさん、こんばんは! 今日もダンジョン攻略、頑張っていきましょう!」


 カメラに向かって笑顔を向ける仕草には、不思議な親近感があった。

 その表情は、これから危険な冒険に挑もうとする者のものとは思えないほど、明るく楽しげだ。


 画面の隅には、前世でも見慣れた配信サイトのインターフェースに、視聴者数とコメントが映っている。

 コメント欄は熱狂的な応援で埋め尽くされ、投げ銭の通知が時々表示されていた。


 そんな中で突如、瑠璃の目の前に巨大な狼のような魔物が現れる。

 彼女は身構えると、その整った横顔に真剣な表情を浮かべた。

 光を帯びた剣を抜き放ち、魔物との戦闘を繰り広げていく。

 動きは洗練され、まるでダンスのように美しかった。


「こんな配信があるんだな」


 翔太は思わず調理の手を止め、配信に見入ってしまう。

 視聴者との軽快なやり取り、戦闘の緊張感、そして何より、前世では感じたことのないリアルな雰囲気。

 ゲーム実況とは明らかに異なる魅力があった。


「おっと、ごはんが」


 炊飯器のアラームで我に返り、翔太は慌てて夕食の準備に戻る。

 しかし、スマートフォンの画面は消さなかった。

 配信者の声を聞きながら、翔太は次々と浮かぶ疑問を整理していた。


 それから食事を済ませた後、翔太は軽くダンストについて調べ始めた。

 検索結果を見ると、この世界には実在のダンジョンが存在するという。

 そして、その探索の様子を配信することが、一大人気コンテンツとなっていた。


「チャンネル登録者100万人超か……すごい人気だ」


 月城瑠璃のチャンネルページには、過去の配信アーカイブが整然と並んでいる。

 【初心者向けダンジョン解説】【ギフトの使い方講座】【パーティープレイのコツ】など、ゲームの攻略動画さながらの親切な構成だった。


「ギフト……か」


 配信を見ていると、戦闘シーンで特殊な能力が使われているのが分かる。

 氷を操る者、炎を操る者、そして防御の魔法を展開する者。

 解説によると、それらは"ギフト"と呼ばれる特殊能力で、ダンジョン攻略には必須の力だという。


 関連動画を見ていくと、そこから気になる事実が分かってきた。

 この世界では、男性が危険な仕事に就くことは極めて稀だという。

 特に戦闘や探索といった荒事は、社会通念として男性には向かないとされていた。


「なるほど。男性配信者が一人もいないわけだ」


 見つけた情報によると、男性の身体能力は女性より劣るとされ、貴重な存在である男性が危険な目に遭うことは、社会として忌避される傾向にあるらしい。


 その後もネットサーフィンを続けていると、小さなバナー広告が目に入った。


【ギフト適性診断・予約受付中!】


 広告をクリックすると、詳細な説明が表示される。

 ギフトの有無や種類を診断する公的な施設があるらしい。

 ただし、男性の予約枠は極めて限られており、しかも家族や保護者の同意が必要とされていた。


「僕の場合は……」


 IDカードの情報を入力してみる。

 すると意外にも、"単身男性"という条件でも予約が可能な枠が表示された。

 おそらく、何らかの形でこの世界での身分が保証されているためだろう。


「よし、予約してみるか」


 画面に表示された日時を眺めながら、翔太は考え込んだ。

 この世界では男性が戦うことは珍しいことだ。

 しかし、翔太はこの世界の男性とは違い、荒事にそこまでの忌避感はない。

 この特異性は、きっと何かの形で活かせるはずだ。


 予約を完了させた後も、月城瑠璃の配信はまだ続いていた。

 画面の向こうで繰り広げられる冒険に、翔太はかつてないほどの関心を抱いていることを自覚する。


「こんなのが現実にあったら、そりゃ面白いよな」


 翔太は思わずそう呟く。

 そして、チャンネル登録ボタンを押した。

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