第二話 異世界の違和感

 翔太が目を覚ましたのは、手頃なビジネスホテルの一室だった。

 昨夜、所持していた見慣れない財布から出てきたカードで、なんとかチェックインまでこぎつけた。

 スマートフォンらしき端末は、指紋認証で問題なく使えることに驚いたものの、見知らぬアプリの数々に戸惑いを隠せない。


「とりあえず、状況を整理するか」


 シャワーを浴び、着替えを済ませた翔太は、ホテルのメモ帳を手に取った。


「まず、自分は確実に死んだ。そして、この見知らぬ世界で目覚めた」


 メモ帳に箇条書きで状況を書き出していく。

 これまでの習慣が、混乱する状況でも冷静な思考を可能にしていた。


「技術レベルは現代日本とほぼ同じ。でも、決定的な違いがある。それは――」


 ペンを握る手が一瞬止まる。

 昨夜から気になっていた最大の違和感。

 それは、街中で見かける人々の男女比が、尋常ではないほど女性に偏っているということだ。


「試しに、このホテルでも確認してみるか」


 そう呟いて、翔太はロビーに向かった。

 フロントには3人の女性スタッフ。

 清掃スタッフも女性、警備員も女性。

 宿泊客の大半も女性だ。

 男性の姿は、自分を含めてわずか2、3人しか見当たらない。


「おはようございます。ご用件は何でしょうか?」


 フロントの女性スタッフが、丁寧な口調で声をかけてきた。

 その態度には、昨日から感じていた特別な配慮のようなものが滲んでいる。


「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」


 翔太は、できるだけ自然な様子を装いながら質問を始めた。


「この辺りで、新聞は買えますか?」

「はい、ロビーの売店でお求めいただけます。男性向けの新聞もご用意していますよ」


 男性向けの新聞?

 その言葉に、翔太は一瞬戸惑いを見せたものの、素直に売店へと向かった。


 すると、確かに売店の新聞コーナーには、「男性向け」と明記された新聞が別置きされている。

 手に取って見てみると、男性向けのファッション記事や、男性の社会進出に関する特集など、まるで性別が逆転したような記事構成だった。


 新聞を購入した翔太は、カフェに入って記事を丁寧に読み込んでいった。

 注文したコーヒーを運んできた女性店員も、やはり特別な配慮を持って接してくる。

 その態度は、まるで高級レストランでVIPを扱うかのようだった。


「ありがとうございます」


 そう礼を言うと、店員は嬉しそうに微笑んだ。

 どうやら、男性から感謝されることにも特別な価値があるらしい。


 新聞には、この世界の実態が如実に現れていた。

 政治家の9割以上が女性、企業の経営者も同様だ。

 一方で、男性向けの求人は限られており、しかも「男性ならではの視点を活かせる」といった表現が踊る。


(この求人欄を見る限り、全体の人口比も相当な差があるはずだ)


 そう考えながらスマートフォンを操作していると、インターネットの検索結果が疑問を裏付けた。人口統計には明確な数字が示されていた。

 男女比、1:100。


「冗談だろ……」


 思わず声が漏れる。

 その比率は、この世界の社会構造を根本から規定するものだった。

 希少な存在である男性は保護され、大切にされる。

 その反面、社会の中心は圧倒的多数である女性たちが担っている。


 カフェの窓越しに、行き交う人々を観察する。

 通勤ラッシュの人波は、スーツ姿の女性たちで溢れている。

 たまに見かける男性は、周囲から自然と一定の距離を取られ、まるで貴重な芸術品でも扱うかのような扱いを受けていた。


「システムエンジニアの求人も、やはり……」


 翔太がIT業界の求人を確認すると、その大半が女性向けだった。

 男性向けの求人は「男性ならではの感性を活かしたUI/UXデザイン」といった限定的なものばかり。


「これは厳しいな」


 前世での経験や知識は確かにある。

 しかし、この世界では性別による役割の固定観念が、逆の方向で存在しているようだった。


 ふと、財布の中の IDカードが目に入る。

 そこには確かに"佐伯翔太"の名前。

 しかし、生年月日や住所は見覚えのないものだった。

 この世界での自分の身分は保証されているようだが、具体的な過去の記憶は一切ない。


「とにかく、この世界でどう生きていくか考えないと」


 翔太はメモ帳に、当面の行動計画を書き出し始めた。


1.住居の確保

2.仕事探し

3.この世界の常識の理解


「まずは、家探しからか……」


 立ち上がろうとした瞬間、カフェの大型スクリーンに目を引く映像が流れ始めた。 

 それは、翔太の知る世界のテレビゲームの世界ような映像。

 しかし、違和感があった。


 映像の中では、装備を身につけた配信者たちが、まるで本物のダンジョンのような空間を進んでいく。

 視聴者からのコメントがリアルタイムで流れ、配信者たちはそれに応答しながら探索を続けている。


「あれは、ゲームじゃない?」


 しかし、映像の生々しさは、単なるゲーム実況とは明らかに異なっていた。

 翔太は思わず見入ってしまう。

 この瞬間、彼は第二の人生に大きな影響を与えることになる存在を、初めて目にすることになった。

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