初雪に想いを託せば
遊月奈喩多
初雪の残夢
『ゆうちゃん、好きだよ』
そうだ。
彼女は──
あの日々は、もう終わったんだ。
あの日々を、僕が手放したんだ。
思い出すのは、遠い日の思い出。
燐華は、いつだって僕の傍にいた。
僕の背中越しに世界を見つめるその瞳は、いつだって不安そうで。だから僕も、いつしかそんな彼女を放っておけなくなっていて。
僕と彼女は、同い年の兄妹のように育ってきた。小学校で知り合ってから、引っ込み思案でクラスの女子はおろか、近所で見かける小さな子にも怯えてしまうような燐華を背中に庇いながら過ごしてきた。
『
『じゃあ優斗くん燐華ちゃん係ね』
『ほら優斗、妹が呼んでるぞ』
そんな風に茶化されることもあったけど、それでも僕は平気だった。それよりも燐華がホッとした顔で笑うのが好きだった。
今にして思えば、両親が仕事で家を空けがちだった僕にとって、燐華が本当に妹のように思えて、家族に求めていた温もりを得られていたのかも知れない。傍目には僕が燐華を助けていても、きっと僕の方がそんな関係を築けていることに救われていたのかも知れない。
だからこそ、中学卒業を控えた冬に燐華から告白されたとき、僕は答えることができなかった。彼女への好意がないわけではなかったけど、それが恋愛としての好意かわからなかったし、何よりもそれまで築き上げてきた心地いい関係が変わってしまうのが怖くて仕方なかった。
だから僕はあの日、燐華の告白を拒んだ。
『ゆうちゃん、好きだよ』
『あぁ、僕もだよ。なんか燐華のこと、ほんとの妹みたいに思えててさ……ずっと、こんな風にいたいよ』
最低だ。
燐華の『好き』の意味が、僕の言ったような意味ではないなんて、あの緊張した顔を見ればわかったことなのに。
僕は、それを真正面から受け止めることすらしなかった。自分の気持ちを主張することの苦手な燐華が、あんなに身体を震わせながら振り絞った勇気だったのに。
答えを聞いた燐華の顔が、みるみる曇っていくのもわかっていた。赤く染まっていた顔から色味が失われて、何か取り繕おうとした口から何の声も出なかったのも、今でも覚えている。
『そっか……、うん。ありがと、ゆうちゃん』
燐華の涙を見たのは、それが最後だった。
それ以降、僕たちはすっかり疎遠になった。進路が分かれることがわかっていた中学の卒業式でも、喉元まで出かかっていた言葉はひとつもかけられなかった。
早めに咲いた桜の花が風に散らされる卒業式の帰り道、ひとりで静かに去っていく燐華の背中に、何か言えたのではないだろうか。後からいくら思っても、それは空しい思考遊びにしかならなくて。
そう、わかっているのに。
もう何年も、僕はそんな思考遊びばかり繰り返している。
「ゆうちゃん?」
だから、大学のキャンパス内で聞こえたこれも記憶のリフレインに違いないと思った。ありもしない幻聴、尽きぬ後悔が呼び起こされただけだ、と。
だから、振り返った先にいた彼女を見たときは本当に驚いたし、それ以上にその変貌ぶりに驚くことになった。
「燐華……だよな?」
思わず、そう尋ねてしまうほどに。
「久しぶりだね、ゆうちゃん」
記憶にあるよりもずいぶん垢抜けた雰囲気の燐華は、あの頃よりも幾分か陰の増した笑顔を僕に向けて。
胸が、どうしようもなく騒いだ。
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