第6話 祐太の母悠子は復讐心にかられた
加害者少年Aは、祐太の背中を刺したとき、さすがに恐怖感を感じた。
祐太の背中からは、真っ赤な血が一筋流れていた。
それと同時に、また祐太の味方から攻撃を受け、今度はリンチを受けるのではないかという恐怖にかられた。
もう祐太を消してしまうしかない。
Aは祐太を、この世から抹殺することに決めた。
ちょうどそのとき、母親悠子は、午前一時、飲食店での勤務を終え、男性と帰宅していた。
帰宅すると、いつもは祐太が部屋にいて、うどんやラーメンを用意して待っていてくれるのが日常だった。
ところが、一時間たっても帰宅してこない。
探しに行こうとドアを開けた途端、警察から電話があり、祐太の死を知らされた。
悠子は、卒倒するのをこらえ、警察の事情ちょうしゅうに応じることにした。
のちに捕まったAと悠子の間には一面識もなく、何の接点もなかった。
Aは悪魔に取り付かれたのだろうか。
祐太を三十箇所も刺した挙句、そのまま川に浮かべた。
Aはそのまま自宅に帰ったが、Aの父親は異変に気付いていた。
警察がAの自宅を訪問すると、父親は
「息子はずっと私と共にいた。被害者とは顔見知り程度であるが、早く真犯人を捕まえてほしい」と咄嗟の嘘をついた。
もちろん、そんな嘘は通用しなかった。
翌日Aは捕まった。未成年にも関わらず、マスメディアは目隠しをした状態で、Aの写真を写真週刊誌に掲載した。
このことで、A及びAのプライパシ―はさらされた。
一部のマスメディアは、母子家庭である悠子のことを、親の目が行き届いていなかったのではないか。
また、恋人を家に連れ込むことにより、祐太の居場所がなくなったことが原因で、祐太は夜遊びを始めるようになったのではないかという自説を展開した。
これではまるで、原因は悠子及び悠子の家庭に問題があるようではないか。
そういうことも相まって、悠子は少年院送致になったAに恨みの炎を燃やした。
悠子は一部始終を藤堂牧師に話し、できたらAが少年院から出所してきたら、復讐を考えている、そうしなければ私の気が済まないと心の内を告白した。
藤堂牧師は即座に、
「復讐心というのは誰にでもあります。それが犯罪を生むこともあります。
かといって、相手を赦すことは難しい。
でも、私達は神様と共に生きることにより、不安や恐怖から解放されるのです。
自分が今、幸せだったら相手を赦すこともできます。
きっと息子の祐太君は、今天国からあなたを見守っていますよ」
悠子は、ハッとしたような表情をした。
「そうかもしれません。私が犯人Aを殺したところで、祐太は元に戻るわけではない。いや、それどころか地獄行きになった私を、祐太は悲しむだけです。
でも、それがわかっていても、なぜか私は復讐心から逃れられないのです。
頭と心とは別物ですね」
藤堂牧師は、しみじみと言った。
「わかります。頭ではダメだと抑制しても、身体がいうことをきかないということは誰でも体験すること、まあ、依存症もそうですね。
神から離れた人間は、善の心があっても、悪の心に引きずられてしまうのです。
しかし、一度でも罪を犯せば二度三度と再犯になってしまい、そのうちに、悪党から目をつけられ、気がつけば悪党の子分になってしまうのです。
実は、私も覚せい剤をしていたとき、ボロボロになってきた人を見てきたのですが、気がつけば自分も覚せい剤のとりこになっていました。
そして、用無しになった私は、組長代行から一気に破門されました。
破門された元反社なんて、どこも行き場がない。
しかし、そんなとき友人から頂いた聖書の言葉で救われたのです」
「しかし、たとい罪を犯した者であっても、自分の犯した罪を離れ、私のすべての律法を守り、公正と正義を行うなら、死ぬことはなく、必ず生きる。
彼が犯した過去の罪はすべて忘れられ、正しい生活によって生きるようになる。
主である神は仰せられる。私は、たとい罪を犯した者であっても、、その人が死ぬことを喜ぶだろうか。
彼が悔い改めて、生きるようになることを喜ぶ。
しかし、正しい人が正しい生活をしなくなり、罪を犯し続けるようになるなら、はたして生きることができるだろうか。
以前、彼がしていた正しい生活は忘れられ、彼の不信仰と犯した罪のために死ななければならない」(エゼキエル18:21-24現代訳聖書)
悠子はしみじみと言った。
「聖書の言葉は、骨をも刺すという聖書の御言葉がありますが、本当に身に染みますね。でも、それでも私は復讐心から解放できなのです。
これには神を信じるしか他にないと思ったからです。
なぜなら
「復讐はあなた(人間)のすることではなく、私(神)のすることである。
あなたは自らの手を汚してはならない」(聖書)」
とあるからです。
復讐心から解放されるのは、神を信じるしかないと思い、この教会を訪れました」
藤堂牧師は、急にパッと顔を輝かせた。
「そうですね。この教会は神を信じることで、更生し、社会にでていくことを目的としてつくられたのです。
憎しみは、犯罪の原因になりますからね。
しかし、一度でも罪を犯した人は、それが暴露されると周りから冷たい目で見られることになりますからね。
すると疎外され、いじめの要因となり、ますます憎しみが増大していく。
それが新たな犯罪を生みかねないんです。
今の日本は、再犯率が六割ですからね」
悠子は答えた。
「再犯したら、もう行き場がなくなってしまうような気がして、悪の仲間に入ってしまうんですね」
藤堂牧師は答えた。
「しかし今は、どこにでも普通にいる学生が、SNSでオレオレ詐欺の受け子になる時代ですからね。高額収入、ホワイト案件とうたっているのには、要注意ですよ」
悠子はふと現実に帰った気がした。
いつまでも祐太のことを考えていても前に進まない。
人間はいつかは死に至る。
藤堂牧師に話して、心がスーッと楽になった気がした。
「天にまします我らの父よ。
どうか悠子さんを復讐の炎から解放して下さい。
復讐が成功するということは、悠子さん自身も加害者と同じ罪人になるということなんですよ。
こうして、悪のスパイラルが始まっていくのです。
どうか、神の恵みがありますように」
悠子は
「祈って頂いてありがとうございます。
なんだか、この教会ってきれいな空気が流れてますね。
復讐でめくらましになっていた心が、洗われたようです」
悠子は、教会を後にした。
次週、なんと礼拝に悠子が出席していた。
悠子は、元大スターせいかを見たときは驚いた。
マスメディアでしか見たことのないあこがれの大スターが、こうやって今、自分の前に存在していること自体、夢を見ているようだった。
もちろん、せいかの一人娘さあやの自殺の件においては、藤堂牧師から口留めされているので、その件に触れることはなかった。
藤堂牧師は諭すように、悠子に言った。
「子供の頃、亡くなった子は、誰でも皆天国に行くといいます。
今頃、天国にいる祐太君は、いつまでも母親である悠子さんを見守ってくれていますよ。
天国には、病気も争いもない。
祐太君はこの世で苦しむことなく、真直ぐに天国に行ったのです。
だから祐太君に恥じないように、私達も真直ぐに生きるべきですね。
さあ、これから二人で祈りましょう。
天にまします我らの父よ。
私達はいずれは祐太君の元に行くはずですが、その前に神と共に生きていきたいです。イエスキリストの名において祈ります。アーメン」
悠子は藤堂牧師の言葉に、頷きながら言った。
「そうですね。犯人を殺しても祐太が戻ってくるわけでもなく、かえって悲しませるだけ。
私が天国の祐太を目指して生きていきます」
藤堂牧師は、ほっと安堵したかのように頬を緩ませた。
一方、元ビックスター梅田せいかは、母子愛をテーマにした作詞をし、ユーチューブに発信した。
一方では、かつてのアイドルが歌う子守歌などと批判されながらも、注目を浴び始めた。
今のせいかは、さあやの自殺以前に歌っていたファンタジックな恋の歌は、もう歌えなくなってしまった。
しかしその分、悲しみとそこから立ち上がった深みを帯びた歌を披露することになり、アイドル時代とは違った感動を与えた。
刑務所や少年院にもせいかの歌が流れ始め、人々の涙を誘った。
そんなとき、罪人寄り添い教会で初めてせいかをせいと呼んだ、未成年の少女かおるが、礼拝の後、藤堂牧師の許可を得てあかしを始めた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます