第二章 ホクト弁当の日常
第13話 新商品
「新商品の命名ですか?」
「そう!薬草もちの試作品が好評だったからね。正式に出そうと思って」
厨房で揚げ物をしつつ、会話を交わすギースとホクト。
薬草もちというのは、ギースが王領騎士向けに考案した新商品。
市場価値の低い薬草をラングラット王国原産の米に混ぜ込み、味を加えて油で揚げたというもの。
棒のような持ちやすい形状をしており、片手間でも食べやすいようになっている。
疲労回復にも効くし、米を使っているので腹持ちもいい。
外はサクッと中はもちっと。味良し中身よしの、忙しい騎士の味方になる良さげな食べ物なのだ。
「やっぱり、名前は考案者がつけるべきだからね。
ギースもちとかでもいいよ!ははは」
だが、ここで問題が一つ。
「名前かぁ…。うーん、
ギースの命名センスはわりかしアレだったのである。
休憩時間。
白黒の二つ結びをバンダナから解放して、店内の椅子でまったりと休憩しているアラスト。
そこに、ギースがアドバイスを求めにいく。
「アラスト、
「武器の名前か?じゃったら緑の…の方がかっこいいかのう」
「いや、食べ物の名前なんだけど」
「食べ物の名前ェ!?」
驚愕する彼女に向けて、これまでの経緯をかくかくしかじかと説明した。
「なるほど…。確かに、そなたのおかげで王領騎士の客も増えてきたものな。よかったのう、薬草もちが採用されて」
「でへへ…ありがとう」
「じゃがな!
「なッ…!」
「そういえばあの魔物…
「なんでだよ!かっこいいじゃんかよ!」
ちなみに、アラスト融合形態の異名、
ことあるごとに「オレのホワイトダガーがさあ!」と叫ぶ必死の宣伝の甲斐あって、今では冒険者の間中に浸透している。
「ええか!新商品にはきゃっちーな名前が必要不可欠!食べたい、と思わせるぷりみてぃぶな名前が重要になってくるんじゃ!」
「おおー」
びしり、と小さな指を差してくるアラスト。パチパチと拍手が惜しみなく送られる。
「でもずいぶん詳しいじゃないか。言葉も的を得てるし」
「いや…それは…その…」
その態度が一転して、恥ずかしそうに口をもにょもにょとさせる。
「…ここで働けるってなった時に本を買い込んで勉強しただけじゃし。
はっ、恥ずかしいじゃろ!裏でこそこそ努力とか!この話終わり!」
「……………」
「なんで無言で頭を撫でるんじゃあ!」
ひたすらに撫で擦って、頭に煙を立たせながら考え込むギース。
「ふーむ、キャッチーな命名かぁ…。
一本で満足できるから…一本満足棒とか?」
「なんとなくじゃけど我はその名前やめといた方がいいと思う…」
「結婚…」
「いらっしゃいアンネ」
店番をするホクトの元に、ふらりと現れたアンネベリー。
いつも綺麗に纏めている白髪は乱雑に下ろされており、目のクマも深みを増している。
「結婚、結婚…」
「はいホクトスペシャル弁当ね。ちょっと待ってて」
時刻は夕方。普段通りのアンネベリーならお昼時にやって来るのに、本日の来訪はずいぶんと遅い。
「結婚…」
「あー、会議会議の詰め合わせで忙しいんだね。お疲れ様」
「うう…」
ギースを摂取したおかげか、アンネベリーの様子が人語を話せるまでに回復した。
「なっ、何かお話ししませんか…眠すぎて…寝ちゃいそう…」
「お話?あー、それじゃあアンネにも聞いてみようかな。今新商品の名前考えてるんだけどどんなのが良いと思う?」
「男の子ならブル…。女の子ならラズですかね…」
「そういうのじゃなくて!」
新商品の話!とギースが念を押して説明する。
「し、新商品ってもしかして…こないだ頂いたあの薬草もちのことですか…?
あの節はごちそうさまでした。ランタンちゃんも喜んでましたよ…」
「何よりだよ!で、それの名前なんだけどね。
『
キャッチーじゃない?と自信満々に誇るギース。
「そっ…そんな…」
対して、アンネベリーの反応は。
「そんな素敵な名前、他にありませんよ…!」
判定激甘だった。
眠たげな目を輝かせて全力の肯定を見せるせいで、命名が更にややこしくなって行く。
「せ、せっかくですしもっと豪華にしてみませんか!」
「やっぱり?オレももう少し行けるって思ってたんだ」
カウンター越しにひそひそと話し合う2人。
「ギース、ホクトスペシャル一つ上がりじゃぞ。むっ!いらっしゃいアンネベリー」
店の奥から、出来上がりの弁当を持ってアラストがやって来た。
「おっアラスト!名前決まったぞ!
『
「高級レストランか!」
ダメ?という目をアラストに向ける2人。
「ランタンのセンス笑えんぞそなたら!」
「えーじゃあアラストは何がいいの」
「我!?わ、我は…その…ふわふわ薬草さんのやさしいおもちとかが良いと思う」
「「…………」」
「なんでまた我を撫でるんじゃあ!」
煙が出るほどアラストの頭を撫で擦っていたその時。ギースに電流走る———。
「これだ…!」
「?」
数日後、ホクト弁当。
店頭のショーケースに人だかりが出来ている。
「はーい、一列に並んでくださいね!」
「ありがとうございましたなのじゃ…!」
忙しなく働くギースとアラスト。お昼時ということを加味しても、普段の3倍はお客が入っていた。
そのお目当てはもちろん新商品。
「アラストちゃんもち1つね!」
「俺2つ!」
店頭には『聖剣!アラストもち』を求める声が続出している。
そう。ギースはアラストの頭を撫で擦っている時に天啓を受け、もちの形をデフォルメされた剣状に変更。
アラストもち、と銘打って売り出したのだった。
「へへへ…今日も癒してもらうからね、アラストちゃん…」
「俺の栄養素になってね…」
客層に若干の偏りはあるものの、好調なスタートを切っている。
「いやー、アラストが働いてる姿を見てかなりのファンがついてたからね。名物にもなるしいいアイデアだと思って」
「なあギース、お客がかなりきもなのじゃけど…」
ジト目になりながら袋詰めを手伝うアラスト。その言葉を列に並ぶ王領騎士は聞き逃さなかった。
「アラストちゃんもち一つ。あと、今のセリフをもう一度お願いします」
「えっ?き、きもなのじゃけどのことかの…?」
「もっと大きな声で!」
「きもなのじゃけど!」
「もっと馬鹿にするような口調で!」
「き、きもなのじゃけど〜?」
「ありがとうございます!」
うおお!と沸き立つ客たち。
「アラストちゃんもち一つ!あとキレ気味のきもなのじゃけどをお願いします!」
「き、きもなのじゃけどッ」
「俺は思春期で素直になれないけど実は想っている兄と、脱衣所で服脱いでる時にバッタリ出くわしてしまった妹風でお願いします!」
「長いわ!!!!」
笑顔の代わりにきもをセットに、がアラストもちを頼む時の定番となった瞬間であった。
当然サービスだけでなく、手軽な食べやすさと腹持ちも評価されていったので、聖剣!アラストもちは名物として末長く親しまれていくことになる。
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