第28話 衝突
やっとのことで王城に着いた私たちが、庭園のテーブルに案内されると、既にケイシーは到着していた。そこにはアイヴァン様の妹だというグレイスが既にいて謝罪を受けた。事故当時、隊が同じだったらしいがもちろん見覚えはなく、謝罪とお礼の言葉を受けている間も変なことを口走ってバレやしないか必死だった。が、向こうもそれどころではなかったのか緊張した様子で、特に怪しまれずに済んだようだ。エリックが違和感のないように援護してくれたおかげだろう。
そうしているうちに数日前に街で会ったアイヴァン様を伴ってジェフリー様が姿を見せると、グレイスは辞していった。エリックの無言の警戒がビシビシと強まる。
「やっとお会いできましたね。お元気になられたようで安心いたしました」
「ご無沙汰しております。こちらこそ、お招きいただいて光栄です」
立派になられて……なんて言葉を飲み込むのに必死だった。なんせ目が覚めてからの周囲の人たちは、元々がそれなりに大人だったため、見た目に違和感がある程度だけれど、思春期に差しかかった少年の八年というものを思い知らされた。記憶の中での愛らしい少年だったジェフリー様は、すらりと背丈も伸びて精悍な青年へと成長されていた。
季節の花が咲き誇る、美しい庭園を背景にしても見劣りするどころか、お誂え向きな背景と化している。一介の学生……じゃなくて魔術師が、こんな素敵すぎる庭園で王子様とお茶会だなんて場違いではないだろうか? あのままエリックの言う通りに引き返しても良かったのでは、と思うほど気後れしてしまっていた。
* * *
緊張と不安がないまぜになったまま、ジェフリー様からも改めて謝罪を受け、恐縮しつつも紅茶とお菓子をいただくことに。それから話は留学先での魔術や魔法薬の話へと移った。数年の間に随分と研究や開発が進んでいるらしく、いつの間にか興味を持っては我に返るを繰り返していた。
「――国としてだけでなく、僕も優秀な魔術師たちへの支援を惜しむつもりはありません」
色とりどりの花を背にして微笑むジェフリー様は、それだけで絵画のようだ。彼の艶やかな黄金色の髪が陽の光を反射して、周囲までもがキラキラと輝いて見える。現に侍っている王宮メイドはうっとりとして見つめていた。私としては少年の印象しかないから変な気分だけれど、女性の憧れを詰め込んだ姿なのだということは分かる。
「ホルスト夫人は幼い頃から魔術に興味があった僕にとって、ずっと憧れの存在なのです」
「そう仰っていただけて光栄です」
そんな王子様から、憧れていると言われればどうしても照れてしまう。でも好きなことだとはいえ、がむしゃらに頑張っていることに関して、未来でこのように評価されることが嬉しくて仕方がない。だから、どうかエリックは不機嫌なオーラを抑えてほしい……。
キラキラ王子様から褒められ、どういう表情をしていいのか分からず、誤魔化すように紅茶を飲んでいると、ジェフリー様が小さな咳払いを一つ落とした。
「今もなお魔術に関しては何歩も進んでいるササルタで、僕が新しい魔術の開発に携わる予定なのはご存知ですよね?」
「え、っと」
「あんなことがありましたし、一年ほど前になるのでお忘れかもしれませんが、その時にお話して興味を持っていただいた学会が今年も開催されるのです。夫人ほどの魔導師ならぜひ参加して欲しいと先方から返事がありまして」
え? ……一年前? その時に誘われた? わけが分からず一転して嫌な汗が出る。
ジェフリー様は焦る私に構うことなく、学会の説明をしてくれている。こっそりエリックのほうを見ると、あからさまに不機嫌で冷ややかなオーラを纏っているが、なんとか我慢しているのがよく分かった。エリックの様子に気付いていないのか、一切構うことなく殿下は話を続けている。
「以前ご一緒した留学先の都市とは違いますが、そこも面白い観点で魔術を研究しているんです。だからこそ違った着眼点がありますから」
確かに殿下の話はとても興味深いものであった。けれどあの時のことを思い出せば言葉に詰まる。
……って、あの時? とは一体どの時?
「ぜひ、貴女と一緒に研究や議論を交えたいんです」
「あ……」
自分の思考に違和感を覚えたものの、ジェフリー様の言葉に我に返った。この話の方向はとてもまずい気がする……。
「……殿下、そのような大事なお話は先に私を通して頂かなくては」
ずっと押し黙っていたエリックから、地を這うような声が聞こえてきた。ピリピリとした空気が辺りを包む。
「おや、僕は魔術師団長に話も通したし、伯爵にも手紙だって差し上げたけれど?」
ジェフリー様も負けていなかった。あの儚そうな少年はエリックを前にしてもひるまず対応できるようになっていた……のを感慨深く思っている場合ではない。
「申し訳ありませんが、どうやらラリアが怪我をしてしまってから屋敷は混乱しておりましたので」
「そうですか。では改めて書簡を送りましょう。今度は間違えて捨てられてしまわないよう夫人宛てに、直接ね」
「優秀な妻を狙って、何かよくないモノが仕掛けられることも考えられますので、全て私が目を通してからになります」
バチッと長閑な庭園に火花が散る。比喩などではなく実際にエリックとジェフリー様から漏れ出した魔力が小さく衝突しているのだ。
「数年前に一緒に留学した時も邪魔をされて、殆ど関わりが持てなかったのに打診すら敵わないなんて。夫人はさぞかし窮屈な思いをされているようだ。自由を求めるのも頷ける」
「ラリアの意志は尊重しますよ。その隣に私の存在があるならば。ああ、もし出会いをお求めなら、ジェフリー様ほどにもなれば引く手数多でしょう」
「……奪っていった本人に言われたくないね」
「二度もそそのかされては堪りませんので」
殿下の笑顔はそのままだが纏う雰囲気が変わったと同時に、どこからともなく風が吹いてくる。ふわりと包まれた温かい気配にケイシーを見れば、ウインクをされた。お茶会で防御魔法をかけてもらうことになるなんて。
「ラリアは魔術師団長の娘ではありますが、今はホルスト家であり、私の
『妻』という部分を強調され、頬に熱が集まる。人前で言われることには、なかなか慣れそうもない。
「……別に僕は幸せを壊そうだなんて思ってはいません。上に立つ者として、優秀な人材に最適な環境を与えてあげたいだけですよ。誰にも邪魔されずに、ね」
「でしたら尚のこと。何年もラリアに固執せずとも、もっと幅広く沢山の魔導師たちにもその環境をお与え下されば、殿下のお眼鏡に適う人材も見つかるでしょう」
「優秀な夫人を差し置いて他人を連れていくだなんて。しかもご本人が興味をお持ちだというのに」
「一年も前のことを今もそうであるかのように言われても困ります。環境の変化もありますし、なんせ今回に関しては怪我を負って昏睡状態だった期間を経ているんです」
グッとジェフリー様が押し黙る。訪れた沈黙にハラハラしつつも、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 一年前にジェフリー様の誘いに興味を示したらしい私のせいで、ここまで揉めてしまっているのだ。エリックがこんなにも私に執着しているのを知っていながら。
話題の中心になっている私の記憶さえはっきりしていれば、ここで意見を言って白黒はっきりさせられるのに。
「おい! 先ほどから黙って聞いていれば……不敬だぞ!」
ジェフリー様の背後に控えていたアイヴァン様が声を上げる。私が会話の中心であることが更にいたたまれなさ過ぎて、これならばいっそ魔獣に取り囲まれていた方がマシだ。中途半端な記憶しかない私が口を挟むわけにもいかず、ただ見守るしかできない。
「不敬だなんて。私はただこの国のために思ったまでのこと。深い意図はありませんよ」
誰かさんたちと違って……って言った? 小さく言ったよね? 捕らえられたりしたらどうするの! と目配せするもどこ吹く風で。怖いもの知らずのエリックにハラハラするしかない。
「……それはもちろん。陛下も兄上も十分気に掛けていらっしゃるから心配は無用。以前夫人から打診を前向きに検討すると答えていただいてから、陛下も乗り気になられています。現在騎士頼りであるこの国の未来には、優秀な魔導師の力も必要だと感じていますから」
(ど、どうしよう……)
エリックに言い出せなかったことを言われてしまった。どうして過去の私はそんな返事をしてしまったのだろう。
「優秀な魔導師……なるほど殿下のご意向は理解しました。隊の編成もありますので団長と相談させていただきます」
「次こそしっかりと返事を頂きたい。できれば数日中にね」
ジェフリー様とエリックが私なんかを取り合っているのが、そもそもおかしいとすら思える。常に優秀なエリックと一緒にいて、目立たなかった私を見出してくれたことは単純に嬉しいけれど。だからといって、我ながらこんなにも不安定なエリックを残していくほどの考えなしだとは思いたくない。
――ちょっと待って。そもそもこんなにもエリックに愛されていて、私も愛していて。それなのに彼を裏切るようなことをするだろうか? 愛されていることを知らないならまだしも……。
「あっ……!」
エリックの節々に後ろめたさを感じているような発言や不安げな態度。私が好きだと伝えたときの喜びようは、今思えば結婚して数年経った夫婦にしては反応が新鮮すぎる。さらにケイシーは恋敵ではなく、ただ友人と近くにいてくれていたのが本当ならば、結婚生活を心配するような発言も納得がいく。だから気遣って私を外国へ逃してくれようとした、とか? そんなケイシーと殿下の思惑が合致して、今回のお誘いに繋がった……?
「ラリア……?」
エリックの声が遠くに聞こえる。頭の中が高速で色んな場面の展開をし始めていて、言葉を返すことができない。視界までもがクルクルと回り出してしまい、もう座っているのか立っているのかさえ分からなかった。
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