第26話 身体の声を聴く

 上半身への愛撫は優しいのに反して、下半身は容赦なく奥を穿つ。衝撃で身体が弾かれていると、しがみつくようエリックの首に誘導される私の腕。どこにも逃がさないと言わんばかりに抱き込まれて、何度も上から腰を打ち付けられる。


 「~~ひぅっ!」

 何度目か分からない絶頂とともに上げた嬌声は、随分と掠れてしまっていた。もっと考えなければいけないことは沢山あるというのに、揺さぶられて翻弄されて、気持ちいい、あったかい。好き、大好き。それしか考えられなくなる。

「ラリア……っ、ラリア」

 懇願するような声に薄目を開けると、切なそうに顔を歪めたエリックがいた。

 

(心配しなくても、どこにも行かないってば)

 また不意にそんな言葉が頭を過るも、胸の先端が舌で転がされて仰け反った。再び思考が霧散する。分からない。一体私たちに何があったというの?


「……ああっ!」


 あれからどれくらい経っただろう。それほどでもないのか、意外と経ったのかもしれない。体感では長い間、揺さぶられている気がするが。


 いつの間にか二人とも一糸まとわぬ姿になっていて、普段なら不快なはずの汗ばんだ肌が触れ合うことにすら安心感を覚えていた。離れていた心と身体が引き合うような、そんな不思議な感覚だ。


 私はもういつのまにかそうなっていたけれど、エリックも息が上がっていた。そりゃそうだ、この愛し合う行為は意外と体力がいる。それを知ったのはほんの少し前だというのに、翌朝に訪れる疲労感は馴染みがあり、気付いたら癒えているのだ。でもさすがに今回は執拗に迫られたので、明日はまともに動ないだろうと予想できる。そして言葉少なに、やりすぎたことをエリックは反省するはずだ。

 後から反省する結果になるのに、時折、どうしようもなく余裕をなくしてしまうエリックも、やはり知っている。ここ最近はさすがに私の体調への心配が大きかったのか、ここまでされることはなかったけれど。そうそう、初めてのときに箍が外れたエリックは、ちょっぴり怖かった。

 

「って、んんん?」

「……ラリア? どうかしたのか?」

 思わず声が出てしまって、あんなに激しかったエリックの動きが止まった。鈍っていた脳が動き始めると、先ほどの不思議な回想は波にさらわれた砂のように消えてしまいそうになる。必死に手繰り寄せるが、もう既に朧気にしか思い出せない。

「どう言っていいのか分からないんだけど……さっき、フッと思い出せていないはずの記憶が蘇ってきたの」

「な……!? どんなことだった?」

「ええっと、なんだか明日はまともに動けるかな、って思ったのは初めてじゃない気がして……」

「あー……、それはなんか……すまん」

 一拍置いて、気まずそうにするエリックに吹き出してしまう。心なしかナカの質量が減ったような……?

「ふふっ、でもね、こうやって肌を合わせてくっついているの、すごく好き。激しくされても、そのほうが安心できるの」

「は? そうなのか……!? 本当に?」

 エリックの腰を両足で抱きしめるように絡めれば再び質量が増す。ゆるゆると動き出されて、思わず喉から小さな声が漏れてしまった。恥ずかしい。そんな私の様子に気付いたのか、エリックは頬や耳に口づけを落としてくる。これもたぶん照れているのだろう。

「っふ……ん」

 肩を少しだけ押しつつ、頬に手を滑らせればゆっくりと顔を持ち上げるエリック。目元が少し赤いのは、行為のせいだけではないはずだ。もしかしなくても私も同じくらいか、それ以上になっているだろうけど。


 硬さを取り戻したエリック自身が、ちくちくと甘い刺激が走る場所を掠めて言葉が詰まる。ゆっくりと快感に浸食されていくようで、また何も考えられなくなりそう。怖いけれど浸かりたい。ずっと離さないでいてほしい。

 

 結婚してから何年も手を出されなくて不安だった。ああ、そうか、その時に当時の私は自覚したんだ。だから拒否をされた時のために、逃げ道を用意してしまった私は臆病者だ。そのせいで後になって王城に呼ばれることになってしまったんだもの。

 ふわふわした頭で自分の身体に耳を傾けた。今ならなにか思い出せそうな気がする。なるべく考えすぎないようにして、そのまま想いを言葉に乗せる。


「もっと、して。エリック、お願い」

 そうすればもっと引き出せるかもしれない。それを忘れなければ、いつしか私は私に戻れるはず。エリックの妻としてのこれまでを知る、二十四歳の私に。

 

「……わっ!」


 瞬間、腕が引かれて起こされた。座って向かい合う形になると、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくる。

「……まずいな。今夜大人しく寝ることは諦めてくれ」

「ええ?」

 切羽詰まった声にエリックを見上げれば、無表情なのに瞳だけは炎を宿したように熱く、体表からはゆらりと魔力が煙のように立ち昇っていた。見慣れたそれに私の中で警鐘が鳴る。パタパタとエリックの肩や背中を撫で摩って諫めると、漏れ出す魔力は治まってホッとしたのも束の間、唇にぱっくりと食らいつかれた。少し開いていた唇の隙間に舌が入り込んで、口内を激しく掻きまわす。

 突き上げるように動きも再び激しくなって、境界から溶けて混じり合ってしまいそう。そして、また私の中の私の声がする。

 

――ジェフリー様の申し出は有難いし興味深くもあるけれど、こんなに愛してくれているエリックと離れることなんてできない。それにここでだってできることは沢山あるもの。

 

(……ジェフリー様? 一体なんで?)

 突然浮かんだ第二王子殿下の名に疑問を覚えるも、声に出さなかった自分を褒めてあげたい。こんなに愛し合っている最中に他の異性の名を出していいわけがないのは、いくら恋愛経験が未熟な私でも分かる。だって今、ここでエリックがケイシーの名前を出したら、心中穏やかじゃいられない。


 いやいや、エリックと彼はそんなんじゃないでしょう。


(彼……?)

 

 エリックからもたらされる刺激で翻弄される身体と、散らかる思考。けれどこのほうが記憶の糸を辿りやすいことに気付いたから、なんとか気を飛ばさないように意識を保とうと踏ん張るも、あまりにもしつこく、的確に責められてそれどころではない。案の定、思い出すどころか、いつの間にか意識を失ってしまっていた。

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