第13話 記憶にない友達

 急いで知り合いを脳内で検索しても、全く誰か分からない。魔術師自体、男性の割合が多く攻撃系となるとさらにその数は減る。同年代の女の子、さらに名前と顔が一致する、もっと言えば友達となると悲しいかな、とても数少ないのだ。

 

「まだ出会っていないはずだから知らなくて当然だろう。名前はケイシー・アスカム。補助魔法が得意な魔術師だ。ラリアが怪我をしたときすぐさま治療に当たってくれた」

 私の困惑に素早く気付いたエリックが、近付く女性に聞こえないよう早口で伝えてくれた。エリックの目を見て、小さく頷く。

 

 なるほど。それだけ分かれば、挨拶程度ならなんとか話はできるはず。心配そうにしているエリックにウインクをして返すと、不安に拍車がかかったような表情になるのは何故?

 

「良かった! ラリア、元気になったようで」

 テーブルの横に立った顔を見てもは、やはり知らない人だと思う。同じ学園に通っていたならば、すれ違っていたこともあったかもしれないけれど。

 小動物を思わせる、『ケイシー』と教えられた女性は微笑んだ。ふわりと空気が和らいだ気がする。

「ありがとう。おかげさまで」

「私が治療したのは最初だけで、すぐにエリックが引き継いだから……。あまり役には立てなかったかもしれないけど」

「いや、君の初動のおかげで随分と助けられた」

 エリックがそう話せば、ケイシーは少しだけ驚いたように彼を見た。それから白い頬を少しだけ桃色に染め、眉毛と目尻を下げて嬉しそうに笑った。胸に小さいモヤができたような感覚がする。

 

 今までだって何度でも、女の子たちがエリックに頬を染める様を横で見てきた。彼は見た目があまりにも良いからとてもモテる。逆に私はそんなエリックとずっといるせいで、変に目が肥えてしまったのは否めない。彼を基準にしてしまうからだ。

 

 そんな美男子は告白されたり言い寄られても、関係のない私がヒヤヒヤするほどいつも冷ややかに突き放していた。いっそ好意の有る無しにかかわらず、あまりの素っ気なさに、これまではもっと優しくできないのかと心配すらしたほど。

 

『ラリアがいるから別にいい。能力も学力も高く、幼馴染で、気の置けない人物なんてそうそういないだろ?』

 そう言われて悪い気がしなかったから、彼の言動には口を挟まなくなった。エリックを好きな女の子の悪意に私が晒されてしまうこともあったけど、それほど気にならなかったのはエリックと同じく彼以上に仲良い人はいなかったし、いつの間にか止んでいたから。

 

 

「そんなことないよ。私、治療専門なのに、突然のことでいっぱいいっぱいで」

「いい判断だった。おかげでラリアも外傷だけで済んだ」

 元同級生の同僚にかける言葉にしてはやたらと尊大ではあるけれど、それはエリックだから仕方がないとして、それにしても珍しい対応だ。

 彼だって八年の間に思うところもあったのかもしれない。こんなにも大人になっているのだから。女性に優しくできるようになったなんて、とても素晴らしい成長じゃないか。

 

 ――私がモヤモヤするなんて間違っている。

 

 好きだと気付いてしまったからなのか、私以外に優しくしないで欲しいと思ってしまう。こんなに素敵なエリックが、周りに気遣うようになってしまったら私なんて……。

 グチャグチャの心を落ち着かせるように温くなってきたカフェオレを飲んだ。温かいときはあまり感じられなかった苦みが口の中に広がる。

 

 いつからエリックがこんなに(彼の基準ではあるものの)愛想よくできるようになったのかは分からないけれど、もしかしたら記憶をなくす前の私は何度もこんな気持ちになっていたのかもしれない。

 人を好きになるって想像以上に大変なんだな。何にも考えずに訓練と実験に明け暮れていた方がよっぽど気楽だ。

 

 小さくため息が漏れてしまってから、しまったと我に返る。会話をしている二人に失礼過ぎだ。誤魔化すようにカフェオレを飲み干した。

 

「ラリア……?」

 エリックが私の名を呼んだことで、ケイシーと目が合った。その瞳が優く細められると、私も思わず釣られて無理矢理口角が上がる。視界の片隅でエリックが口を押さえて、肩を震わせているのが見えた。机の下でエリックの足を小突いておく。作り笑顔が下手なことくらい自覚しているのだ。

 

「その節はお世話になりました。ありがとう」

 不格好な笑みをなるべく自然な笑顔に戻しつつ、お礼を告げる。徐々に冷静になり、小さな嫉妬をしてしまった自分が恥ずかしくなった。こんなにも優しそうな人なのに。

「ん……。でもまだ本調子じゃないのかな? いつものラリアじゃないみたい」

 当たり障りなく返したつもりが、ケイシーは気付いてしまったらしい。そりゃそうか。通っていた学園は、二年生から成績によってクラス分けがなされる。猛勉強と猛特訓のおかげで、エリックと首位を競っていた私と同じクラスだった魔術師、ということは彼女もかなり優秀なはずだ。

 

『能力も学力も高く、幼馴染で、気の置けない人物』

 幼馴染は当てはまらないかもしれないけれど、それ以外のエリックの条件をケイシーは満たしているのではないだろうか? もしかしたら、今の私の場所は彼女のものになっていた可能性もあった……?

 

「一番の治療はやっぱりゆっくり休んで好きな物を食べて好きなことをするに限る。治療魔術師の言葉じゃないかもしれないけど……」

 ついエリックと張り合ってしまう私と違って、穏やかなケイシーは魅力的に見えた。顎の辺りの長さの蜂蜜色の髪は柔らかそうに風でふわりと揺れ、垂れ目がちの大きな瞳は春の花から生まれた妖精のように可愛らしい。氷を連想させる銀髪で、ハッキリとした顔立ちの私はいつも冷たく見られがちだし、実際「お高くとまりやがって」と言われることがあった。彼女が絶対に言われないだろう言葉だ。

 

「ありがとう。十分休ませてもらってるわ。……ちょっと私お手洗いに行ってくる」

 居心地の悪さを切り替えるように席を立つことにした。二人は会話が弾んでいるのだろうか? なんとなく見たくなくて、早足で店内を進む。記憶と変わりのない店内では、迷わずに化粧室に入ることができた。

 

 * * *

 

「あ……」

 化粧室を出ると、通路でケイシーの姿を見つけ小さく声が漏れた。この世に沢山いる女性をいちいち気にしていてはキリがないし、エリックを信じようと決めた矢先だ。お先に、と言いながらケイシーとすれ違おうした。

 

「ラリア、顔色が悪いけど。大丈夫?」

 心配そうなケイシーに覗き込まれて歩を止めた。息苦しいような罪悪感を覚える。記憶はないとはいえ友人に嫉妬するなんて、私はなんて心が狭いのだろう。

「うん、大丈夫。筋力が落ちているのか、やはりまだ疲れやすくて……。ゆっくり訓練を再開しないと」

 十六歳が精一杯背伸びをした笑顔をなんとかして作る。しかし完璧に装うには対人関係のスキルがなさすぎた。ぎこちなさに気づいたのか、ケイシーは肩眉を上げると、

「だったらいいけど……。どうか無理はしないで」

 と、にっこり笑った。その慈愛に満ちた表情に、色んな負の感情を覚えたことが申し訳なくなる。私はまだまだ子供だ。

「……うん、色々とありがとう」

「お見舞いに行った時は眠っていたから。直接話せて良かった」

「その節はどうも。お礼が遅くなってごめんなさい」

「ううん。少し顔を見せてもらっただけだから」

 

 じゃあ、といってそそくさと去っていく私の背を、ケイシーがどんな表情で見ていたのかなんて知りようもなかった。

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