第7話 正真正銘

 ゆっくりと熱杭は埋め込まれていく。その度に先ほどのぞわぞわとした何かが下腹部から脳に駆け抜けた。

 

(なにこれ! なにこれ!)

 

 トンッと肌と肌がぶつかった。エリックが堪えきれないとばかりに熱い溜め息を零す。

 

 あんな状態のアレが全部入ったのだと気付いて、恥ずかしさと混乱で汗が噴き出す。あり得ないはずなのに恐れていた痛みは一切ない。なんで、どうしてと混乱した。初めては出血するくらい痛いはずでは? やっぱり夢だから?

 

 ――でもこれが夢だとはもう思えない。この感覚は完全に現実のものだ。経験したことがないことをこれほど詳細に感じられるはずがない。

 ならば大人になってしまっているエリックと、成長した身体の私がどうしてこんなことになっているのか?

 もしかしてここは……?

 

「あ……っ!」

 

 何かが掴めそうな気がしたが、ビリビリとした強すぎる刺激に仰け反った。それ以上は進めないはずなのに、もっと奥に入りたがってエリックの先端が押し込まれる。刺激こそ快感であるということはもうよく分かっていた。状況はちっとも分からないままだけれど。

 

「……ああ、ラリアッ」

 

 感嘆の声を上げたエリックがきつく抱きしめてくる。耳を啄みながら囁く、「愛している」とかの愛の言葉だけでなく、「生きた心地がしなかった」や「ラリアの目が覚めなかったらと思うと怖ろしかった」など、何かに対しての後悔を譫言のように呟いている。

 

「んむ……!」

 ことあるごとに唇を塞がれてしまい、話すどころではない。それよりもエリックが抜き差しをするたび頭が働かなくなる。温かな舌も心地いいし、信じられないことに繋がっている部分が滅茶苦茶に気持ちがいい。

 

(私の身体は一体どうなってるの? もしかして……)

 

 ――私って淫乱だったの?

 

 今まで色恋には疎かったし、自身の身体についても特にこだわったりしなかった。魔力、魔法など学ぶことで精一杯だったのだ。男女のアレコレだって女友達との話や、医術の授業で触れた程度。こんなの、どうかしている! けれど気持ちよくてどうでもよくなってしまいそうで、怖い。

 

「ラリア、ラリア……」

 

 唇が離されたので薄っすらと瞼を上げると、見たこともない表情のエリックがいた。苦しそうな、それでいて熱に浮かされたような。いつも冷静なエリックとは思えない。

 いつの間にかトレードマークの眼鏡は外されていて、別人のようだ。まぁ、既に別人のような見た目なんだけど。

 エリックは少しも見落とすまいと、私をジッと見ている。これは彼の昔からの癖で、今までは気にもしなかったけれど、こんな状況の中、色気たっぷりの熱い視線を向けられたら落ち着かない。ただでさえ溺れるようなキスや、身体中を舐めたり触られたりして極限状態なのに。

 

(あー、もう分からない! でも……!)

 

「エリック……。私、気持ちいいの。おかしくなっちゃう」

 

 思わず吐露した言葉にエリックが身動いだ。心なしか私の中を暴いているエリックの質量が増えた気がする。

 

「おかしくなってもいい。ずっと俺が傍にいる」

「ひぅ……。や、だめ、こわいの」

「我慢しなくていいって、いつも言ってるだろ」

「いつも……?」

 

 引っ掛かった疑問は、しかしエリックの動きが激しくなり霧散してしまう。

 

「俺も、もう……。一緒に……」

「え、何を……」

 一緒って何? 今まさに一つになっているけれど、まだ一緒にすることがあるのだろうか?

 

「ラリア、愛してる」

 

 頭を優しく撫でられる。私はエリックに頭を撫でられることが好きだ。その多幸感と下腹部は直結しているらしい。先ほど散々弄られて得た時よりも強い、急激に膨れ上がった快感に、身体が硬直する。大きな何かが弾けそうで、怖い。けれどそれ以上に気持ちいい。

 

「エ、エリック……、んっ!」

 

 ギュッとしがみ付けば包み込むように抱きしめてくれる。エリックと溶けて一つになってしまうみたい。色んな疑問とか、どうでもいい!

 

「あああっ……!」

 頭が真っ白になって固く閉じた瞼の裏が明滅する。全身がガクガクと痙攣するように震えた。

 

「…………くっ」

 

 これ以上ないほど奥に差し込まれ、エリックが身体を強張らせる。胎内が温かいもので満たされた感覚に我に返った。まさか……。

 

「な、中で出しちゃったの……?」

 

 それが何を意味するのか。エリックだって知らないわけがない。火照っていた全身が急激に冷めていく。百歩譲っていつの間にか恋人になっていたとしても、それは無責任だ。

 

「ふぅ……、当たり前だろ?」

 

 軽くキスを落として、上体を起こしたエリック。未だ熱の籠ったその表情は直視できないくらいに色気に溢れている。しかしそれに尻込みしている場合ではない。大事なことだ。混乱しながらも知識を総動員させて、一つの答えにたどり着いた。

 

「あ、ああ、でも浄化の魔法の応用でなかったことにできるんだっけ?」

 

 基本は互いに事前に丸薬を飲んだり準備をするが、不測の事態の対処法として授業で習ったことがある。魔力の微調整が必要なため、万人受けではないがエリックなら可能だろう。

 

「……なかったことに?」

 

 しかし急に彼の纏う空気が冷えた。

 

「え……っ?」

 と、再びエリックに視線を戻した私は震えた。なんか怒ってる? それに今もまだ中にあるアレが主張し始めている気がした。……って気のせいなんかじゃない。

 

「何か考えることでもあった? もしかして俺が嫌になったのか?」

「まさか、そんなっ!」

 

 ゆっくりと動き出されれば、完全に鎮火できていない快感の火種は、再び容易く燃え出した。

 

「絶対離さないと言っただろう。どうして? 誰かに言い寄られでもしたか?」

 

「ちがっ、違う……! ひゃっ……」

 

 肌がぶつかる音がするほどに激しく揺さぶられる。腰を掴むエリックの力が強くて少し痛い。瞬きで生理的な涙が零れ落ちたことに、目尻を舐められて気付いた。

 

「何が違う? 誰を想って泣いた? それでも無駄なことだ。ラリアの全ては俺のものだ。もういっそ目が覚めたことを伝えずに、ずっとこの部屋で過ごしてもらったほうがいいのかもしれないな……」

 

 不穏な台詞にエリックを見れば、表情が抜け落ちたようになり目にも光がなかった。これはあれだ、私が訓練で無茶をして怪我をしてしまった時や、エリックに好意を持っていた女子に一方的に嫉妬をされて嫌がらせを受けた時に似ている。いや、それよりももっと危ない。

 

 あの時はどうやって宥めたっけ……? しかし再び快感が襲い掛かり、全く思い出せない。

 

「ずっと、ずっとラリアだけを愛してるんだ。ラリアが側にいないならこの世は……」

 

 さっきまで癒しの温かな光を掌から出していた人物を同じには思えなかった。全身から禍々しい闇の魔力のオーラが出ているのは絶対気のせいじゃない。

 

「違うってば! エリックのこと、す、好きじゃなかったらこんなこと許さないよ! でも中に出しちゃったら赤ちゃんできちゃうじゃん!」

 

 声を張り上げれば腹筋に力が入り、ついでに下腹部の感覚が鋭くなって更に気持ちいいけれど、流されてしまわないようになんとか堪える。そうしなければ、もしかしたらこの世に恐ろしいものが誕生してしまう気がしたのだ。

 

 それが功を奏したのか、エリックの瞳に光が戻った。キョトンとして首を傾げる姿は可愛いけれどかっこいい。あんな不安定なところを見せられてそう思ってしまう私も大概かもしれないが。

 

「それのどこが問題なんだ? 夫婦なんだから。浄化するほうが問題だろう?」

 

 しかしエリックの言葉に今度は私が首を傾げた。彼は今なんて言った?

 

 フーフ、ふうふ? 夫婦!?

 

「は? 夫婦? な、なんで! エ、エリックは慣れてるのかもしれないけど、だって私、こんなことするの初めてだったんだよ! それなのに、いきなり中に出すなんて!」

 

「初めて? 何を言ってるんだ?」

 

 エリックは背中を屈めて、私の顔を間近で覗き込む。さっきとは一転、瞳が心配そうに揺れていた。

 

「だって私もエリックもまだ十六歳でしょ? 学園も卒業していないのに! まだ育てられないよ!」

 

「十六歳? …………は?」

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

 馬鹿みたいに二人して同じ言葉を繰り返す。それから暫しの沈黙。

 

 しかし先に立ち直ったのはエリックだった。

 

「……ラリアも俺も、正真正銘、二十四歳だが?」

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