第5話 (仮)ではなく(夢)?
「……いくらなんでもそんな恰好で外に出るなんて。ベランダとはいえ誰に見られるか分からないだろう?」
「ひゃっ!」
頭に浮かんでいた人物から、声を掛けられて肩が跳ねる。振り向くと違和感しかないエリック(仮)がストールを広げて近付いてきた。
「もう起き上がっていたのか? 身体の調子は? 立ってみて足に違和感はないか?」
「きゃっ……!」
矢継ぎ早の質問に順番に答えなければと口を開いたが、急な浮遊感に驚き、代わりに出たのは小さな声だった。ストールを肩に掛けられると同時に抱き上げられたのだ。私のこめかみ辺りにキスを落とすと、大切そうに抱えた彼は部屋へと歩き出した。腕には安定感があり、危うげない。男性からこんなに宝物のように扱われたことなどなく、頬に熱が集まって、ドキドキと胸も騒ぎ始めた。
そんな内心大騒ぎの私を抱えて、ゆっくりとソファーへ座ったエリック(仮)。彼は私を膝の上に乗せたまま、もう片方の手でとろみのあるスープを掬い、スプーンを口に近付けてきた。いい匂いが鼻腔をくすぐる。
「はい、口を開けて?」
自分で食べるから、と言おうと口を開いた隙にスプーンが入り込んできた。野菜とミルクの優しい甘さが口内に広がる。
「美味しい……」
「様子を見て、明日はもう少し食べ応えのあるものを用意させよう。お腹がびっくりしてしまうといけないからね」
頬にキスをされて、私が驚きの声を上げる間もなく口に再びスプーンが運ばれる。
絶妙なタイミングで給餌されているが、その間に何度も頬やこめかみ、頭へとキスは落とされていて、その慣れた仕草に戸惑いを隠せない。一体何者なんだ? 女性の扱いに手馴れすぎていて、やはりエリックではない可能性も捨てきれない。
口を動かしながらチラチラと見上げるも、目が合うたびに(というかすぐに目が合うので見つめられているのでは……?)蕩けるように微笑まれて、気恥ずかしくて目を逸らしてしまう。こんな状況ではうまく考えも纏まるはずもない。
疑問を解決したいが、まずは空腹をなんとかしなければ、と食べることに集中した。スープ美味しい。……これは現実逃避、とも言う。
――それが少し前のこと。水差しとコップをテーブルに残し、ワゴンを部屋の外に出したエリック(仮)はそのまま部屋を出るのかと思いきや、戻ってくると再び私を抱きかかえてベッドに乗り上げ、真ん中辺りに下ろした。
彼はそのまま掌を私に向けると、白い温かな光が私を包んだ。
うんうん、と一人納得しているエリック(仮)に驚きを禁じ得ない。
「今のは……?」
「うん? いつもしているだろ? 健康状態のチェックだよ。……よし、健康そのもので安心だ。何も問題ない」
「いつも……」
してたっけ? そんなこと。
そもそも魔術師一家でも病気でも罹らない限りはそこまですることはない。しいて言うなら王族か、それも生まれたばかりのお世継ぎくらいではないだろうか?
エリックは大事な幼馴染だ。彼にとっても私はそんな存在だと思う。だけれどこんなにねっとりと甘やかされるような関係ではないはず。
(あっ! ……もしかして、夢なのかも)
少し前に抓った頬の痛みは現実としか思えなかったが、そうでなければ色々と説明がつかないことばかりだ。都合のいい未来の夢だとしたら? それならエリックがこんなに大人っぽくなってしまっていても納得できる。
そもそもこんな夢を見てしまうということは……。
(私って、エリックが好きなのかもしれない……)
エリックは真面目だし、口煩いし、お転婆な私に説教したり呆れたりしているけれど、
幼馴染として家族以外で一番近くて大切な存在だ。
父のような魔術師になることに精一杯で、学校でも打倒エリックを掲げて魔法に明け暮れていたから、恋愛など考えたこともなかった。
クラスメイトが恰好いいと騒ぐ見目の良い先生や先輩たちを、実際に恰好いいとは思ったけれど、身近にいるエリックの整った顔に耐性が付いているのか、彼女たちのように夢中になれず。それに男の子たちとは恋愛対象より友達として接するほうが好きだ。それでも一緒にいることが多いエリックは人見知りをするから、彼以上に仲良くなれた男の子はいないけれども。
(それにしたって……。私ってば、こんな願望を持っているの?)
大人のエリックに甲斐甲斐しく世話をされるという、都合のいい夢を見るほど好きだったなんて。目が覚めたら、エリックと普通に接することができるだろうか? 避ければ追及を免れそうにないから、何とかして普通に接しなくては。……無理そうだけど。
でも気持ちがばれて、今までのような関係でいられないのは辛い。どうしたら……。
「…………えっ!?」
思考の海に沈んでいた私は、ベッドが沈む気配がして我に返った。ガウンに着替え、私の横に潜り込んできたエリック(夢?)に気付いて飛び上がった。が、寸でのところで抱えられてしまい、腕の中へ。
「ああ、ラリア……。スライム越しで抱きしめるのは寂しかった」
「エリック……」
「もっと名前を呼んでくれ」
熱の籠った声で、スリスリと額に頬擦りされて戸惑うばかりだが、やはり目の前の男性はエリックらしい。(仮)は外しておこう。
私はエリックにこんな風に素敵な男性になって欲しくて、そしてこんなに愛されたいと思っているのか……。深層心理って怖い。これが欲求不満ってやつなのかな。
けれど目覚めたら研究してみたい。これは魅了の魔法などに応用できるかもしれない。
術式は……と考えていると、首筋に熱い吐息がかかったと思った瞬間、ぬめった何かが這わされた。
「なっ……」
「少しだけ生身のラリアを実感させて欲しい。気にしてはいるけど、違和感があったら言ってくれればいいから」
「そんな……ひゃっ……!」
わけが分からない、そう言おうとしたが胸の先端を指でとらえられて言葉にならなかった。そうだ、まだあのキャミソールのままだったのだ。胸元だけでなく全体的に防御力が低すぎる。
いっそ魔法を放ってみる? それならエリックか、もしかしたら私の目が覚めるかもしれない。集中をして指先に魔力を集めた。
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