深淵を覗く時……

麻田 雄

第1話


 あ〜、疲れた。

 今日も残業。

 最近、定時で帰れた事がない。

 繁忙期だから、仕方ないと分かっていても不満は募る。


 そんな事を考えながら、駅を出て家路についていた。


 歩いているのは両脇が田んぼの人気の少ない夜道。

 あと200~300メートルくらい進めば開けた大通りに合流出来る。


 そこで、ふと気が付く――


 背後から聞こえてくる、短い間隔の足音。

 距離が縮まるにつれて聞こえてくる、少し荒れた呼吸。


 いつも通っている道の為、畏怖や警戒心など忘れ、完全に油断していた。


 私は少し歩調を速めた。


 多分、私の勘違い。

 何も起きたりはしないだろう。

 それに、もう少し進めばそこそこ人通りのある道だ。

 あくまで私の勘違い⋯⋯。


 そうは思いながらも、大通りへ向かう私の足は速度を上げる。


 後ろを振り返るのは怖い。

 そんな時間があるならば一歩でも、一瞬でも早く大通りへ!


 ――その瞬間。

 背後の足音が急激に間隔を狭めた。



 走った。

 もうあと少しで大通り!

 何とか逃げ切らないとっ!!


 そんな私を足音は颯爽と抜き去っていった。


 私を大げさに、大きく、避けるように……。



 大通りに先に辿り着いたのは足音の方だった。

 足音は一瞬、こちらを見て嘲笑した気がした⋯⋯



 なんだろう?この敗北感と屈辱感は……?

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