或る日、名古屋でスカウトされた!

崔 梨遙(再)

1話完結:1700字

 僕が名古屋の広告代理店(中小企業)で、毎晩が終電、もしくは会社に泊まり込みという環境だった時、1人の男、宮村君に声をかけられた。


「今日、飲みに行かないか?」


と誘われたのだが、その時の僕に、そんな時間は無い。断ったが、


「何時まででも待つから」


と言われたので、明日に回せる仕事は明日やることにして無理に時間を作った。連れて行かれたのはファミレスだった。


「話って何?」

「実は、仕事の話なんだよ」

「仕事? 何の仕事?」

「例えば俺、俺個人が代理店」

「何の代理店? 取り扱い商品は?」

「健康食品」


 それでわかった、ネットワークビジネスだ。そんな話なら、残業していれば良かった。ネットワークビジネスは、数あるビジネスの1つだと認める。特に悪いイメージは無い。要するに偏見は無い。だが、こちらは、毎日定時に帰れる宮村君とは違うのだ。毎日終電なのだ。声をかけるなら、タイミングよく声をかけてほしい。


 ちなみに、宮村君はテレフォンアポインター、テレアポさんだ。電話で人事(採用)責任者とアポを取るのが仕事だ。テレアポさんは女性が多い。だが、“若い男の子がテレアポをしたら、どうなるのか?”興味を抱いた上司が採用した。しかし、他のテレアポさんと比べて明らかに獲得したアポは少なかった。それで、この日は宮村君の退職日だった。宮村君はクビになったのだ。


 余談だが、ボロボロの古い外車で僕を迎えに来た後、宮村君の彼女を職場まで迎えに行き、彼女のマンションまで送っていた。その彼女が美人だったので、僕は宮村君と本当に付き合っているのか? と疑った。車で移動中、2人は一言も話さなかったので、きっと別れかけに違いない。


 更に余談、というか、こうなるともう雑談だが、宮村君は僕と同い年だが、二十歳の頃、1度ホストになろうと思ってホストクラブの体験実習に行ったことがあるらしい。その時は、全裸でテーブルの上に立たされ、自慰をするように言われ、ホストになるのは諦めたとのことだった。


 そんな宮村君が、熱弁を振るう。しかし、幾ら熱く語られても、こちらには時間が無いのだ。副業をやっている時間は無い。聞くだけ無駄だ。そして、宮村君の癖だが、激しく爪を噛む。爪の噛み方がおかしい。まるで指を食ってるみたいだ。見ていて気持ち悪い。こんな奴の下につきたくない。


「岩井さんも誘いたいんだけど」

「誘ったらええやんか」

「いきなり誘ったら引くんじゃないかな?」

「まあ、岩井さんならやんわり断ってくれるやろ」

「崔君、岩井さんと俺が会うためのセッティングしてくれないかな?」

「せえへんわ。自力で頑張れ」


 岩井さんというのは、新卒(短大卒)の入社2年目、茶髪がよく似合うかわいい女性だ。そこで、僕は宮村君がかわいい女性を狙っているのではないか? と思った。


「おい」

「何?」

「お前、かわいい娘(こ)ばかり狙ってるんやろ?」

「うん、かわいい娘の方が、勧誘に成功しやすいんだ。交渉に有利なんだよ」

「僕を誘ったのは岩井さんとのセッティングのためか?」

「それもあるけど、俺は崔君も下についてほしかった。男は、崔君みたいに真面目にコツコツ仕事出来て、信用されるタイプがいいから」

「何回も言うてるけど、僕、毎晩終電か泊まり込みやねん。土日も時々仕事が入るし、休日は英気を養わないとアカンねん。せやから、協力は出来へんわ、ごめんな」

「まあ、もう少し話を聞いてくれよ」

「時間が無い。会社に戻って仕事の続きをせなアカン」

「ダメか? こんなにきちんと説明してるのに」

「っていうか、指を食ってる奴の下につきたくない。美人の女性とか、仕事で尊敬できる人が上ならええけど」

「じゃあ、せめて岩井さんに“一緒に食事がしたい”って伝えてや」

「わかった、そのくらいはええよ。伝えるわ。伝えるだけやで」



 翌日。


「あの、岩井さん」

「はい、何ですか?」

「今度、食事に行きませんか?」

「はい! 私、前から崔さんとお話したかったんです」

「あ、違うんです-! 宮村君が、岩井さんと食事したいって言ってるんです-!」


「お断りします-!」







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或る日、名古屋でスカウトされた! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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