第33話 エピローグ

「はっ、はっ、はっ……」


 僕は所々に起伏のある草むらを一人、走っていた。

 左腕でかばうように抑えている右腕からは、赤い鮮血が滴っている。


「くそっ……何が雑魚だよ、あいつらの嘘つき……」


 振り返ると、何匹ものずんぐりとした体をしたネズミが僕を追い掛けていた。

 プレーリーラット。

 このダンジョンで一番弱い魔物。

 僕みたいな子供でも簡単に倒せる、弱い魔物のはずなのに……。


 どうして僕はこんなにも弱いんだろう。

 僕はあの偉大なジャイアント、ガゴリウスの血を継いでいるというのに。


 夢中で走っていると、遠くになだらかな平原が見えてきた。

 助かった、後少しで狭間はざま平原まで逃げられる。

 そう思った時のことだ。


「うわっ!」


 足を何かに取られた僕は、いきなり前に倒れ込んだ。

 そして痛みに耐えて起き上がった僕が見たのは、草に隠れるように開いていた小さな穴ぼこ。

 プレーリーラットの巣だった。


 慌てて立ち上がろうとすると、引っ掛けた足がズキンと痛んだ。

 足をくじいてしまったのかもしれない。


 立ち上がれないままの僕を囲むようにゆっくり近付いてくるプレーリーラット達。

 それだけじゃない、あちらこちらの巣穴からもどんどん飛び出してくる。

 もう、僕はおしまいだ……。



 ガリガリと何かをかじる音がする。

 身体が、動かない。

 周りにいる沢山のプレーリーラット達が、僕の身体を削り取っていた。


 こんな状態になってもまだ生きているのは、僕がジャイアントだからだろう。

 生まれ持った高い生命力が僕を生かし続けていた。

 それでも、段々と痛みを感じなくなってきた。

 早く死なせてくれ……。


「どけい! ネズミども!」


 突然そんな声が響くと、僕の周りにたかっていたネズミ達が吹き飛んでいった。

 ズガンズガンという地響きが鳴り、僕の身体は振動で痛みを取り戻していった。

 地響きが鳴り止むと、金色の髪をした小さな少女が僕を見下ろした。


「おうおう、よく生きておったのう。すぐに治してやるから安心するがよい」

「お願い、死なせて……」


 ネズミにかじられ続けた僕の手足の肉は、ほとんど失われて骨格だけになっていた。

 魔杖まじょうで治療を受けても元に戻ることはない。


 生きて帰っても、僕はもう二度と歩けないんだ。

 悲しみに、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「どうして……どうしてもっと早くきてくれなかったの……」

「泣き言を言うでないわ。男の子じゃろう」


 その時、遠くからブゥゥンという音が聞こえてきた。

 見ると、草原の向こうから小さな影が段々と近付いてきてその正体を現した。

 やってきたのはバイクに乗った一人の男だった。


「アンバー、要救助者はこいつか」

「結構ヤバめじゃ。頼めるか?」

「任せろ」


 彼はバイクを降りてしゃがみ込むと、僕のお腹に両手を添えた。

 両手から発せられる青い光が僕の身体に吸い込まれていく。


 光が消えると、ずっと続いていた身体の痛みがすっかり綺麗に無くなっていた。

 そして身体を起こした僕が見たのは、驚くべき光景だった。


「あ、あれ……手がある! 足も!」

「じゃから言ったじゃろう? 安心するがよいとのう」

「あの状態になってまで良く生き延びたな。流石はジャイアントの子供だ」


 無くなった手足を生やすスキルなんて聞いたことがない。

 もしかして、この人達はとても凄い探索者なのだろうか。

 浮かび上がった疑問は抑えきれず、僕の口からあふれ出した。


「あの……あなた達は一体……?」


 男の横に立つ小さな少女が、虚空から黄金色に輝く大きなこん棒を取り出して肩に担いだ。


「わしらはBランク探索者パーティー『こん棒愛好会』じゃ。短い間じゃが、よろしくのう」

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