第32話 銅の剣

 俺達はバイクに乗って、アクアマリン市の東の郊外にあるフライス整備工場までやってきた。


「おおーい! フライスはおるかー!」

「よくきたなお前ら! 早くこっちにこい!」


 アンバーの呼び掛けに応じて、整備工場の奥から大きな声で返事が返ってきた。

 どうやら今日はフライスの機嫌がいいようだ。

 俺達は彼に呼ばれて、整備工場の奥にあるフライスの工房まで向かう。


 そこにはドワーフの熟練工が要求する高い加工精度を満たすことができる、沢山の金属加工用魔道具が設置されていた。

 フライスはその一角にあるテーブルの上に乗せられた大きな黒いこん棒の前に立っていた。


「それでどうじゃ? くろがね丸の修理は」

「ものがものだからな、完璧に修復するにはまだまだ時間が掛かりそうだ」

「そうか、仕方ないのう」


 アンバーの相棒だったこん棒、くろがね丸はあの時の戦いでライトニングエレメンタルに真っ二つに折られてしまった。


 二度と手に入らない希少なブラックゴルドパイン材でできたこのこん棒は、木材でできている為に修理したところで武器としての性能を取り戻すことは不可能だ。

 だからこのこん棒は修復を終えた後に、ガゴリウス氏の運営する美術館「こん棒ミュージアム」に寄贈されることになっていた。


 くろがね丸は元々、そこに飾られていたものに一目惚れしたアンバーが無理を言ってガゴリウス氏から譲り受けたという経緯がある。


 そんなこん棒がアクアマリン市を守ったという逸話を引っ提げて堂々凱旋だ。

 きっと公開日には多くのこん棒愛好家が詰め寄せるのだろうな。

 俺もアンバーと一緒に美術館デートに行く予定を立てておかなければならない。


「それもいいが、俺達もいつまでも仕事を休むわけにはいかないんだ。だから先に新しいこん棒を作っては貰えないだろうか」

「そうくるだろうと思っていた。ほら、好きなものを選びな」


 フライスは一冊の分厚いファイルを取り出すとアンバーに投げ渡した。

 アンバーが受け取ったファイルをテーブルに広げると、中には沢山の金属のデータと重量当たりの金額が記されていた。


「うーむ、今回は何にするかのう……」

「手慣れているみたいだけど、ここでこん棒を作って貰うのって何回目なの?」

「10から先は数えてないわい」

「そんなに沢山作ったこん棒、一体どこに消えたんだ」

「わしのマジックバッグに全部入っておるぞ」


 アンバーは左腰の後ろに付けたポーチに手を突っ込むと、取り出したこん棒をぽいぽい地面に転がした。

 あっという間に目の前にこん棒の山が出来上がった。


「この量……まさかAランクのマジックバッグか!?」

「ふへへ、こっちのポーチはこん棒専用なんじゃ」


 彼女はいつも腰の後ろに二つのポーチを付けていた。

 左腰に付けているのがこん棒専用で、右腰に付けているのが普段使い用らしい。


「……これだけあるならもう作る必要とか無くないか?」

「ほとんどただのコレクションじゃからのう、深層での戦闘に耐えられるものは少ないのじゃ」

「そっか、それなら仕方ないね」

「うむ、仕方ないのじゃ。仕方ないから新しいこん棒を作るのじゃ」


 アンバーは山ほど積んだこん棒を一つ一つポーチに仕舞うと、またファイルをめくって悩み始めた。


 俺は待っている間、暇なのでその辺をうろうろすることにした。

 危ないから工作機械には迂闊うかつに触れないようにする。

 リジェネレーションがあるとはいえ、指が飛ぶのは困るからな。


 俺はでかいクレーンで壁際に吊るされた巨大な赤褐色の腕の前に立った。

 フライスが仕事の報酬として手に入れた、ギガンティックタイタンの左腕だ。


 一体何トンの重量があるのだろうか。

 アンバーは良くもまあこんなものをねじり切ったものだ。

 しばらく眺めていると、横に立ったフライスが俺に話し掛けてきた。


「実はこいつを調べた結果凄いことが分かったんだ。知りたいか?」

「マジで?」

「マジだ。マジで凄いぞこいつは」


 ポゴスタック帝国の兵器はリバースエンジニアリングを防ぐ為の対策が何重にも施されているから、解析したところで何も情報は得られないはずだ。


 溶かして再利用するしか使い道がない、ギガンティックタイタンの残骸が遊具にされたのもそれが原因だった。

 それなのに、一体どんな発見があったというのだろうか。


「こいつを見てみろ」


 フライスは棚から一本の剣を取り出してこちらに見せてきた。

 赤褐色に輝くその剣は中ほどからぽっきりと折れている。


「何だこれ? 折れてるじゃないか」

「そうだ、このスタック銅の剣は折れているんだ」


 フライスが俺に持ち手を向けて受け取るようにうながした。

 俺は受け取った銅の剣を眺めるが、特に何かが優れているようには見えない。


「これの何が凄いって言うんだよ」

「魔力を込めてみろ、すぐに分かる」


 言われるがままに魔力を込めてみる。

 すると折れた部分から伸びるようにして赤褐色の刃が再生していく。

 あっという間に新品の銅の剣が出来上がった。


「なんじゃこりゃあ!?」

「お主ら、一体どうしたんじゃ」


 俺の驚く声に気付いたアンバーが、脇にファイルを抱えてこちらにやってきた。


「ハルト、剣をテーブルに置け。アンバーにも見せてやるぞ」


 そうしてテーブルに置かれた銅の剣をフライスは槌で叩き折った。

 俺が持ち手に触れて魔力を込めると、見る見るうちに再生する。

 何度でも、何度でもだ。


「おお、これは面白いのう。どうやっておるんじゃ」

「こいつがスタック銅の隠された特性だ。統一帝国はこうやって大量のスタック銅をしていたんだろうな」


 スタック銅は統一帝国時代に普及したポゴスタック帝国を代表する金属だ。

 この銅は農具、機械、建材に貨幣……ありとあらゆるものに利用された。


 一つのダンジョンから産出されたとは思えないほどに流通したその銅は、全世界の需要の百倍以上の量が都市鉱山として存在していると言われているほどだ。

 要するに、スタック銅はこの世界でもっとも安価で流通している金属なのである。


「何でこんな特性が今まで知られていなかったんだ?」

「この剣にはエレメンタルコアのエンチャントが施されている。ギガンティックタイタンの再生と核になっていたエレメンタルに何か関係があると思って試してみたんだが、これが大当たりだ」


 ダンジョンの外に出て魔獣化したゴーレムは再生能力が失われる。

 なのにどうして人造ゴーレムのギガンティックタイタンの左腕が再生していたのか不思議だったが、これがタネだったようだ。

 エレメンタル動力から供給されるエネルギーをスタック銅合金の再生に振り分けていたってわけだな。


「なるほどのう、10メルで売られている銅の剣に10万メルのエンチャントを施すなど、まともな人間なら考え付くまい。まさしくエンジェルの卵じゃの」


 恐らく、彼女はコロンブスの卵のことを言っているのだろう。

 誰でもできそうなことでも、最初に実行するのは難しいということわざだ。


「確かにこれは凄い発見みたいだが、魔力をつぎ込んでまで手に入るのがスタック銅じゃあんまり価値はなさそうだな」

「現実は厳しいのう」

「まあな。とはいえこの発見を論文にして魔導学院に送れば金にはなるだろう。儂にはそれで十分だ」

「そうかい。それでアンバー、新しいこん棒に使う素材は決まったか?」

「おお、そのことなんじゃがな……」


 アンバーは脇に抱えていたファイルをテーブルに広げて一つの金属を指し示した。


「今回のこん棒はこのドフス鋼にしようと思っておる。フライス、どうじゃ?」

「よりにもよってそれか……残念だがそいつはしばらく入ってきていないな。金属メーカーにも問い合わせたがだいぶ品薄のようだ。今作るなら材料費だけで相場の倍以上の値段になるだろう」


 そう言うとフライスは頭をガリガリといた。


「それでもいいなら作ってやるが、どうする?」

「それはちょっと困るのう、ハルトの杖が作れなくなってしまうわい」

「アンバーの為なら俺は後回しになっても構わないよ。どうせしばらくはレベル上げをするわけだし、その間に貯めたらいいだろうさ」

「でものう……」

「そこでだ、儂から一つ提案があるんだが……」

「提案?」

「このスタック銅で新しいこん棒を作ってみないか?」

「スタック銅のこん棒ならもう持っとるわい。それに実用性も無いしのう」

「実用性があったなら、どうだ?」


 フライスはにやりと笑うと、棚から一つのインゴットを取り出した。


「これはつい最近発見されたものなんだが、スタック銅にAランク迷宮イーラで採取された特殊なレアメタルを少量混ぜ込むと驚くほどの強度と導魔性を発揮する合金ができるみたいでな」


 彼が手に持つそのインゴットは黄金色の輝きを放っていた。


「メツニウム銅合金、こいつで新しいこん棒を作るってのはどうだ? エレメンタルコアでエンチャントを施せば魔力を注ぐだけで無限に再生する、世界に二つとない珍しいこん棒になるだろう」

「世界に、二つとない……」


 アンバーはその言葉を聞いてきらきらと目を輝かせている。

 その様子を見ただけで俺はこの先の展開が全部読めてしまった。

 どうしよっかなぁ本当に。


「のう、ハルト。一つお願いがあるんじゃが……」


 ポーチから化粧箱を取り出したアンバーが上目遣いをしておねだりしてくる。


「わしはどーしてもこの特別なこん棒が欲しいんじゃ。駄目かのう……?」


 プラズマ弾が撃てるAランクの魔杖まじょうと修復機能付きの雷属性こん棒か……。


 どちらを取るかなど、最初から決まっている。

 それは恋人の好感度が減らない方だ。


「もちろん構わないさ。アンバーの好きなようにしてくれ」

「ありがとうハルト! 大好きじゃ!」


 胸に飛び付いたアンバーを抱き締めながら、俺はまだ見ぬ魔杖まじょうに別れを告げた。

 さようなら、俺のメインウェポン……。


「決まりだな。3日くれ、完璧に仕上げてやる」


 3日くれって言った!


「いつもみたいに1日でパパっと作れたりはせんのか?」

「Aランクエレメンタルコアのエンチャントともなると、この街ではアルメリアくらいしかできないからな……。流石に1日は厳しいだろう」


 アルメリアが何とかしてこの計画を止めてくれないかな。

 ……いや、あの人ならノリノリでエンチャントしそうだ。

 あのスク水ダークエルフはそういう人だ。


「じゃあそう言うことで、頼んだよフライス」

「ああ、任せておけ」


 早速とばかりにこん棒制作の準備を始めたフライスに別れを告げた俺達は、バイクに乗って帰路についた。

 しばらく走っていると、アンバーがミラー越しに申し訳なさそうな顔をしながら話し掛けてきた。


「のう、いい加減機嫌を直してはくれんか? わしもわがままを言った自覚はあるのじゃ」

「別に、機嫌が悪いわけじゃないんだけどな」

「お主は不満があるとやたらと笑顔になるからすぐに分かるんじゃ。悪い癖じゃぞ」


 多分、モモちゃんの手料理を食べていた時と同じ表情をしていたのだろうな。

 自分の癖のこととなると分からなくなるもんだ。

 俺は運転をしながら左手で顔を揉んで表情を変えた。


「こんな感じでどう?」

「そうそう、そんな感じなら分からんじゃろ」


 アンバーはバイクのミラー越しに俺の顔を見て批評してくれた。

 よしよし、これで俺のポーカーフェイスも少しは進歩をしたようだ。


「そうじゃ、予算が余ったからそれでお主の新しい探索者服を作るというのはどうじゃ? わしの服を仕立て直すついでにのう」


 確かに、クラスチェンジ記念に賢者装備に変えるってのも悪くないな。

 今着ているのは名もなき探索者のお下がりなわけだし。

 新章に向けて、新衣装に着替えてイメージチェンジだ。


「ナイスアイデアだアンバー。そうと決まればマーヤさんのところに直行だ!」


 終わったことにいつまでも執着していても仕方がない。

 俺達の冒険はまだまだ始まったばかりだ。

 これからいくらでも挽回する機会はあるだろう。


 俺は気を取り直すと、強くアクセル回してバイクを加速させるのだった。

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