第12話 マジックバッグ

 翌日、俺は朝食を終えると一人で買い物に出掛けることにした。

 さっき見掛けたアンバーは格式の高いフォーマルな格好をしていたので、こん棒愛好俱楽部の定期集会とやらは結構大事なイベントのようだった。

 機会があったら俺も参加してみたいものだ。


 やっぱりこん棒使いじゃないと会員にはなれないのかな。

 てくてくと道を歩きながら、俺はなんとなしにフレイムカノンの杖を取り出して眺める。


 これも木製だし、こん棒に……見えなくもないか?

 見えないか。

 俺はこん棒愛好倶楽部に入ることを諦めることにした。


 今日は完全な休日にする予定だったから、やることなくて暇なんだよな。

 俺がポッケに手を突っ込みながら念じると、目の前に小さな石が出現した。

 石は俺の意思に従い空中でグネグネと形を変え続ける。


 ここ1ヵ月の間に、俺は時間を見つけてはスキルの鍛錬を積んでいた。

 魔力量によるごり押しによってスキルの熟練度はめきめきと上がって、俺の土属性スキルはある程度実践で活用できるまでに成長していた。


 それは良いのだが、今までみたいにその辺で練習するわけにもいかなくなってしまった。

 スキルで生成した物質はその場に残っちゃうからな。

 街中でストーンウォールなんて使おうものなら損害賠償ものだ。

 必然的に、後始末が楽なダンジョン内広場の近くで練習することになる。


 休みだってのに何を好きこのんでダンジョンまで行かなければならないのか。

 俺はハムマンの形になった石を掴んで鞄に放り込んだ。

 これは後でモモちゃんにでもあげるとしよう。


 そんな感じで歩きスキルをしながら、俺はマジックバッグ屋にやってきた。

 MASICBAG AQUAはまるで宝石店のような高級な外観をしていた。

 店の前には屈強な肉体をしたガードマンが二人も立っている。

 俺が店の前に立つと、ガードマンの一人がこちらに誰何すいかしてきた。


「ギルドカードを提示してください」


 俺が懐からギルドカードを取り出してステータスを守衛に見せると、いぶかしんでいた彼らの態度が軟化した。

 ステータスだけ見るなら、俺はダン族のボンボンに見えるからな。

 一見さんお断りとはいえ、流石にこれを突き返すのはまずいだろう。


「本日の目的は?」

「マジックバッグの購入以外にこの店にくる理由があると思うか?」

「失礼しました。どうぞ、お入りください」


 第一段階はクリアだ。

 俺が悠々と店内に入ると、スーツを着た緑髪のエルフが揉み手をしながらこちらに挨拶してきた。


「いらっしゃいませ。おや、初めてのお客様ですね。どなたのご紹介でしょうか?」

「誰の紹介でもない。ここで買い物をするには必ず紹介状が必要になるのか?」

「……いえ、あなた様なら問題はないでしょう。私はこの店の支配人のローガンでございます。以後お見知りおきを」


 今、この男はさりげなく俺の手元を見たな。

 恐らく、指に付けている装具を見て俺がアルメリアの顧客であることを理解したのだろう。

 ちゃらんぽらんなスク水ダークエルフでもその筋では大物扱いされているらしい。

 あの魔道具工房に連れて行ってくれたアンバーに感謝だ。


「俺はハルト・ミズノ、Eランク探索者だ」

魔導士ウィザードの方ですね。バッグのランクはどちらに致しますか?」

「懐にも余裕はないんでね、Cランクにしてくれるか」


 これは普及している中でも二番目に小さいサイズだ。

 それでも畳二畳分くらいは入るらしいから、個人で利用するなら十分だろう。


「まずはバッグのデザインを決めましょうか」


 ローガンは店内に並べられた沢山の鞄の前に案内してくれた。

 うーん、どれにしようかな。

 冒険に利用するつもりだから、邪魔にならないウエストポーチ型がいいだろう。

 俺は防水と耐久性に秀でたシヴァケルピーレザー製のポーチを選んだ。


「それではバッグに術式を施しましょう。こちらへどうぞ」


 彼はそう言って俺を店の奥にある作業台の前に案内した。

 作業台には術式の付与に使うのだろう、複雑な文様が刻まれていた。


 ローガンは耳のイヤリングに指を添えて何やら念じる。

 これはアルメリアもやっていたやつだな。

 念話の有効距離は短いからスマホみたいにはいかないようだが、店内での連絡くらいは十分にできるようだ。

 この辺りは魔導技術の進歩に期待するしかないな。


 しばらくして奥の扉からエルフの従業員がやってきた。

 彼女が持つトレーの上には大きな真珠のようなものが載っていた。

 これがダンジョンコアから生み出されるという宝珠か。

 ローガンが書類の準備を進めている間に、俺は代金の支払いを行う。


「シヴァケルピーレザー製のポーチにCランク宝珠、付与手数料、登録料合わせて11万1500メルになります」


 うごご、お高い……。

 この1ヵ月で稼いだ貯金の8割が吹っ飛んだ。

 俺がアクアペイで支払いを終えると、ローガンはポーチに術式の付与を始めた。


 ローガンの周囲の空間に広がったいくつもの複雑な魔方陣が、シュルシュルと宝珠に入っていく。

 しばらくすると宝珠がとろりと溶けて、作業台に引かれた線を通ってポーチに吸い込まれていった。

 最後にポーチが青く光ると、ローガンはハンカチで額に噴き出した汗をぬぐった。


「完成しました。どうぞ、ハルト様」

「ありがとうございます」


 受け取ったポーチに腕を突っ込むとおお、ぐいぐい入る。

 これこれ、これが欲しかったんだよ。

 装具も悪くないけど、やっぱり異世界にきたらマジックバッグだよなぁ。


「こちらは登録書の控えです。大切に保管してください」


 俺はエルフの従業員から書類を受け取った。

 マジックバッグの所有者は探索者ギルドに登録を行う義務がある。

 日本で例えるなら車のナンバープレートを取得するようなものだろうか。


 自衛は必要だが、これである程度は窃盗と転売を抑止できるようだ。

 俺は早速とばかりにポーチに受け取った書類を突っ込んだ。

 これは後でファイリングでもしておこう。


 中古のマジックバッグはそれなりに流通しているが、俺がわざわざこの店を選んだのにはきちんとした理由がある。

 マジックバッグは魔導技術の粋を集めた魔道具だ。

 探索者ギルドの認可を受けた信頼できる店から手に入れるに越したことはない。

 それにダンジョン産のハズレを掴まされた時、洒落しゃれにならない被害が出ることもある。


 出現品ドロップアイテムは過去にダンジョンに飲み込まれた遺物をダンジョンが再現したものだ。

 だから手に入る出現品ドロップアイテムは人間が作れるものしか存在しないし、落ちていた魔道具が数千年も前のものであるようなことも珍しくはない。

 ダンジョンで拾ったマジックバッグに手を突っ込んで腕を無くした探索者の話は、大きな教訓として語り継がれている……。


 未鑑定の出現品ドロップアイテムは絶対に使用しないようにしよう。

 探索者ギルドとの約束だ。


 俺はローガンに礼を言って店を後にした。

 腰の前には新品のマジックポーチが付いている。

 背負っていた鞄も仕舞って身軽になった俺は、これからの予定を考える。


「さーて、今日は何をしようかなぁ。……そうだ、二層での探索に備えて新しい魔道具でも買いに行くか」


 先ほどのやり取りで不意にスク水ダークエルフの乳が見たくなった俺は、魔道具工房バタフライに向かうことにしたのだった。

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