第64話 フロイエバウメ

花の悪魔フロイエバウメがひとり、ロームイシャス――」


 ドォ!――と赤い槍がその空中の蓮華の花のような花の悪魔フロイエバウメへ向かって一直線に伸びたと思うや、空を覆うかのような20尺はある火球となって広がった。炸裂ではなく、炎が魔族を飲み込むかのようだった。


「メメメさん!」


 振り返るとそこには既に、次の詠唱キャストに入ったメメメが居た。彼女は一言たりとも無駄な言葉を発さず、呪文に集中していた。


「おノレ名乗りを邪魔すルナど、戦士の風上にも置ケヌ!」


 花の悪魔フロイエバウメは花弁か或いはがくのような背中の翼の間から、槍のようなものを抜いてそれを投げつけようと――


 ドォ!――と再び花の悪魔フロイエバウメはメメメの火球に包まれる! そして更に次の詠唱キャストに入るメメメ。この容赦のなさは、ゲイゼルを思い出す。


 花の悪魔フロイエバウメは槍のようなものを、ついにメメメへ向かって投げつけた。それも左右の腕で立て続けに。


 ゴッ、ゴゴッ――と槍は、メメメの前の見えない壁に弾かれる。壁は一瞬だけ黒いもやのような姿を見せるが、槍を捌くと再び見えなくなった。詠唱を続けるメメメだったが、その口元はニヤリと歪み、目を細めた。


 花の悪魔フロイエバウメ詠唱キャストに入るが、メメメの方が明らかに速い。そしてメメメが伸ばした指の先からは、稲光が走る!


 ドォン!――と空へと響く稲妻ライトニングボルト花の悪魔フロイエバウメを貫いた。


「退かせろ」


 ――と短く私に告げたメメメはさらに次の詠唱へと。花の悪魔フロイエバウメは詠唱を阻害された上、とうとうフラフラと落ちてきはじめた。


「皆さん、下がって! 魔法が来ます! 魔族から離れて!」


 ズズン!――花の悪魔フロイエバウメは門の崩れた塔屋へと落ち、地響きと共に瓦礫が辺りに飛び散る。それを追うように、さらなる詠唱の完了を以て天空よりいかづちが落ち、塔屋ごと焼いた!


 ただ、花の悪魔フロイエバウメはそれでも瓦礫の中でうごめいていた。


「メメメさん、あいつ、動けないようにできませんか!?」

「なんだって!?」


「ミュルスキ・ヤ・ミュルスキ!」


 答えを待たず、私は魔法の兜の力を発動させ、花の悪魔フロイエバウメへと駆け寄った。後ろから舌打ちが聞こえたような気もしたが、メメメは次の詠唱に入る。


 狭い階段の上には瓦礫が積もっていた。足場の悪いなか、私は魔族の元へとよじ登っていくと、花の悪魔フロイエバウメの半身が見えてくる。


 ――大きい……。


 花の悪魔フロイエバウメは空に浮いているときはそれほど大きく感じなかったが、間近で見ると10尺を超える上背があろうか。それが半身を起こしながら私を見つけ、右腕を伸ばそうとしたその時、腕へと瓦礫の中から鎖の付いた鉤が飛びついてきた!


 ジャラジャラと、その右腕に食い込んだ鉤は鎖と共に瓦礫の中へ引っ張られる。花の悪魔フロイエバウメは鉤を掴もうと左手を伸ばすが、今度は反対側の壁から飛び出てきた鉤が左腕に食い込み、引き倒される。花の悪魔フロイエバウメは上半身を瓦礫の上へと押さえつけられたような状態で、頭をもたげ、私をギロリと睨みつけた。


 すかさず飛びついた私はその額へと掌を押し付け――


「大人しく私の質問に答えてください!」


 花の悪魔フロイエバウメの額は硬質で冷たく、磨かれた大理石のようだった。

 それが額を抑えつけた途端、張りのある滑らかななめし革のような柔らかさになった。


「ワカった……」


 ざわり――と周りからどよめきが聞こえたが、構わず問いかける。当然のように花の悪魔フロイエバウメの思考は戸惑いを見せていた。グリと同じく。


「勇者教の信徒をどうやって操っているのですか!」

「やツラは弱クテ愚か。叩キヤすい敵と適当な大義名分を示しテヤれば、徒党を組ンデ仲間を襲う」


「誰の命令でハルキナを襲いましたか! 勇者教に命じているのは誰!?」

嫉妬の神ナホバレク……人間の間デハ神官メイジストを名乗っテイる……」


「あなたのような魔族が他にも居ますか! 役目は!」

「……騒乱の魔神ブエリヤイたちは力こそ弱イガ人に紛れ、扇動にケル」


 私は階段下から見上げる戦士たちを見降ろした。


「聞こえましたか! 何か対処方法を!」

「アミラ、あなた……」


 デリータが目を丸くしていた。


「アルマハシアが作る聖域の中には魔族や敵対的な者は入れない。彼女の聖域は強力だが、それでもせいぜい半径90尺までだし、その場を動けない」


 歩み寄り、淡々とメメメが説明した。


「アルマハシアを守って前線に出し、逃げる人たちを助けましょう」

「ダメだ。アルマハシアが危険だ。せいぜいこの二ノ門までだ」

「師匠! ワたし、大丈夫です! アんミラ、連れてって!」


「……お前ら、アルマハシアが指先ほどでも怪我してみろ! 高くつくから覚えておけ!」


 メメメがハルキナの戦士たちに睨みを利かせる。

 それに応えたのはデリータだ。


「任せておいて。アルマハシア様、参りましょう。――みんなァ! 押し上げて行くぞォォ!」


 デリータは怒声を上げると、制圧した信徒の見張りだけ残して門を潜っていく。

 戦士たちがロロを引いて門を潜らせると、アルマハシアを乗せて引いていった。


「そいつはどうするんだ? 脅威は無いのか?」


 メメメが花の悪魔フロイエバウメについて問いかけてきた。


「敵対は! まだやるならこの場で処します!」

「戦ワナい。降参だ」


「嘘はありませんね!」


 本当は心の中が読めるのだが、周りの者にも聞こえるように確認した。


「ナイ」

「ならば! この場から消えなさい!」


 こうべを垂れた魔族を見て、メメメに目をやると、彼女は魔術を解いた。

 鎖と鉤が消えるとともに、さっと花の悪魔フロイエバウメは飛び去った。






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