第63話 ハルキナ襲撃

「勇者教!? 勇者教が攻めてきたのですか? 抗議などではなく!?」


 警鐘に何事かと外へ出ようとしたところ、屋敷の表でデリータの家の執事が声を上げているのが聞こえた。外へ出てみると、執事と屋敷の門番が衛士相手に話をしているのが見えた。


「じいや、何事?」

「お嬢様……それが、勇者教が攻めてきたと言うのです」

「勇者教が、ハルキナを邪悪な魔族の根城だと言って!」


 傍に居た衛士が慌てて答えた。


淫魔アルダトの件は解決したと周辺領地に伝わっているでしょう?」

「それが、勇者教を迫害するのは魔族の仕業だと言うのです。今でも勇者教には検問が敷かれていますが、それを理由に主張しております」


「ただの民衆なのですから、追い払えば良いではありませんか」

「信徒が行商を装って入り込み、正門周辺は既に勇者教に制圧され、信徒で溢れかえっています。正門からの情報では数は3,000と」


「何ですって!?」

「また3か。せめて300にしとけよ……」――呟くメメメ。


「じいや、戦える者を集めて。あたくしも参ります」

「デリータが!? 危険です!」


 私は思わず声を上げた。


「大丈夫。このために魔剣だって手に入れたんだから。守備隊は普段200も居ないから、こういう時は総出で迎え撃つのよ、ハルキナは。大丈夫。二ノ門より下は外の人が多いし、ハルキナは二ノ門からが本番よ」


 そう言いながらデリータは屋敷の中へと戻って行った。


「私たちも参りましょう!」

「いや、なんでだよ……」――と気だるげにメメメは言う。


「なんで……って、ハルキナを何とかしてあげないと。私たちだって危ないんですよ!?」

「それはここの連中の問題だろ。あたしらだけなら何とか逃げられる」


「それに、私を追ってきたのかも……」

「それはない。敵はアミラを探しようがないし、何よりこの規模だ。アミラひとりを何とかするために動かせる人数じゃない。前から計画されてたんだよ、この襲撃は」


 確かに、あまりにもメメメの言葉は正論だった。だけど――


「だけど、それでは納得がいきません! ハルキナと、勇者教の人たちを救いたいです!」

「お前、どんだけお人好しなんだよ……。アルマハシア、行くぞ。……アルマハシア?」


 アルマハシアは頭巾ヴェールを巻き、ロロを納屋から引っ張りだしてきていた。


「師匠! 助ケに参りましょう!」

「マジでか…………」



 ◇◇◇◇◇



 ハルキナの街に詳しくない我々は、デリータたちが準備を終えるのを待った。

 デリータはスカートのまま兜と胸当てに腕鎧、脛当てだけ付け、長剣を佩き、盾を下げて斧槍ハルベルトを手にしていた。デリータにそんな装備で大丈夫かと聞くと、ペチコートなどで厚みをつけたスカートは、意外とのだとか。他に集まったのは屋敷の老若男女の戦士が7名。いずれの装備もよく手入れのされた板金鎧プレイトアーマーだった。


「二ノ門へ向かいます。じいやは伝令のために三ノ門へ残って」

「承知!」


「アミラたちはいいのよ? これはハルキナの戦いだから」

「勇者教とは色々と因縁がありますので!」


 そう――とデリータは微笑み、一団は二ノ門へと向かった。



 ◇◇◇◇◇



「二ノ門に取りつかれてるぞ! どういうことだ!」


 先行してた戦士が叫ぶ。門からは、バラバラと槍や盾を手にした民。おそらくは勇者教の者が入り込んできていた。門は人が屈んで潜れる程度上がっていたが、それが徐々に上がりつつあった。衛士や守備隊の者が倒れており、集まってきたハルキナの住民が門のこちら側で何とか抑えている状態だった。


「盾を並べろォォ!」


 デリータの叫び声と共に、彼女の左右に引き連れてきた戦士たちと、さらにその場で加わった戦士たちが盾を並べる。


「前を開けろォ! 突貫ッ!」


 さっと前方で戦っていた戦士が脇へ退くと、そこへデリータたちの盾の壁が突き進んでくる。


 どう!――と勢いよく門まで突き進んだ盾の壁は、そのまま門の落とし格子に取りつく。薙ぎ倒され、踏み倒された勇者教の信徒は、デリータたちの後からなだれ込んできた戦士たちに止めをさされていた。完全にではないが、落とし格子のこちら側での勇者教の勢いは削がれていた。


「メメメさん、遅い!」

「無茶を言うな……」


 アルマハシアを乗せたロロを引いてきたメメメ。

 ただ、落とし格子はまだ上がり続けている。門の中に勇者教が入り込んでいるのだ。


「後ろの者! 中を制圧しろ!」


 斧槍ハルベルトの石突で、格子を潜り込んでくる勇者教の信徒を突きながら、デリータが叫ぶ。


 門の中へと続く狭い階段の上の塔屋へ戦士たちが乗り込むが、それらがまとめて押し落とされてくる。

 塔屋の入り口からは、赤紫の髪の毛を逆立てた、勇者教特有の胸を赤く染めた外套クロークの男が現れる。ただ、その男は素手であるにも拘らず、武装した戦士たちを何人も押し退けていた。


 男は大口をガバッと開けると、そこから赤く重い煙を吐き出した。それは階段下の戦士たちに向かって広がる。途端にバタバタと倒れていく戦士たち。デリータの方の幾人かにまでその煙の効果は及んでいた。


 グハハハハ!――男は階段を二三段降りると高笑いした。


「困るんだよ、ああいうのは……」

「あれは魔族デオフォル!?」


「肉体派の魔族はしばらく見てないと思ったが、花の悪魔フロイエバウメなんてまだ残ってたのか」

「あれが花の悪魔フロイエバウメ……。対処法は?」


「力押しだ」


 そう言ったメメメは呪文詠唱を始める。すると短い詠唱と共に彼女の右手には雷光を纏った槍が現れ、長い詠唱の完了と共に槍を投げ放った。


 投擲された槍は稲妻のように魔族へと放たれ、避けようとするもその軌道が変わる。ただ、同時に天空から4つの流星が門の塔屋へ飛来する。そのひとつは魔族に直撃して大爆発を起こし、同時に雷光の槍も突き刺さる!


「すご……って、門が壊れてしまいます!」

「大丈夫だろ」


 そうは言うも、壊れた塔屋からバラバラと下の戦士たちへ瓦礫が降り注いでいた。

 ただ、落とし格子が上がるのも止められたようだ。胸くらいの高さで止まっていた。


「――こいつら集めて縛っておけ」


 メメメは周りの戦士たちに指示すると、その辺の倒れた勇者教の信徒の武器を蹴飛ばし始める。ただ、縛らせる信徒の中には、瀕死の者やどう見ても絶命している者も居る。


「何をするのですか? 死者を冒涜することは――」

「アルマハシア、やってくれ」


 メメメが言うと、ロロから降りたアルマハシアが頭巾ヴェールを解く。

 彼女は胸いっぱいにひと呼吸すると、その小さな口からは想像もつかないような、辺りに響く美しい声が溢れてきた。喉から肺から、全てを使うかのような力強い歌声は、剣劇の音を遠くへ押しやるかのように、周囲の戦士たちへと響き渡った。


「これは……負傷が……」

「何だ、何が起こった!?」

「傷が塞がっていく!」


 それだけではない、瀕死の者や、死者までも蘇っていたのだ。

 これはいったい?――私が説明を求めてメメメに問うと――


さらってきたって言ったろ。こんな聖女、どこの国も手放したくないだろうな。だが、協力するのは今回限りだ。奪おうとするならこんな町、逆にあたしが滅ぼしてやる」


 そう言って、周囲の戦士たちを牽制するメメメ。


「ヨモや聖女が現レルとは!」


 不快な声が上空から聞こえた。そこには蓮華の花のような赤紫の魔族デオフォルが浮遊していた。






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