第24話 捕らえよ!

 ヘルはレイモンド卿に何らかの恨みを持っていた。それも尋常ならざる恨みを。レイモンド卿をあのような姿に変え、それでもなお、15年の月日が流れた後でも、ヘルは激しい怒りに囚われていた。


 そのレイモンド卿はというと、仲間を暗殺し人質をとり、あのような姿になってまで権力と欲にしがみついている。姿ではない、心こそが醜い獣だ。ならば我々は、殺し合うのではなく、話し合わねばならない!


「無茶を言う……だが、やってみよう」

「ええ、頼みましたよ!――彼女を傷付けずに捕らえよタクトゥハナ・アンフェサメイダ!」


 するとゲイゼルの背中の腕の爪の並びが変わる。今まで翼のように横並びだったものが三角の頂点を描くように並ぶ。そして動きも変わった。それまでは細かく横向きに。ヘルの立ち位置を失くすように凪いでいたのが突きへと変わっていた。


 ヘルもその突きを黒剣で巧みに逸らす。先ほどよりも鋭く、そして一突きで三点の先端が迫りくるためか、身体の躱し方もより大きくなっていた。中庭から階段へ、階段から通路へ、足場の悪い場所をそれでも躱し、捌き続けていた。


 ただ――


「あぁっ!」


 ――と声を上げたヘルは、黒剣ごと宙を舞った。


 ゲイゼルの爪が黒剣を挟み込んでくるりと回転したのだ。その勢いでヘルは黒剣ごと投げられた。

 空中へと放り上げられたヘルは身体を捻って態勢を立て直し、着地する。


「――絡めとろうってわけかしらはぁ? でも無駄。黒剣スワルトルは私から生えているようなものだからね。腕を折ったって奪えやしないの」

「やってみなければ分からん!」


 再びゲイゼルは背中の腕を交互に突きこむ。

 ヘルも黒剣が絡めとられることを警戒して、迂闊に黒剣で捌かなかった。それもあって、後ろへ後ろへと下がり気味に避けていた。


「絡めとる以前に当たらないわね!」

「逃げてばかりでいずれ後がなくなるぞ!」


 ゲイゼルが追い込もうと前のめりになる。そこへ左の爪を紙一重で躱したヘルが、右の爪を黒剣で捌きつつ、左腕の戻りに合わせて突っ込んできたのだ!

 ただ、ゲイゼルは盾を構えていなかった。胸当ての前に盾を重ねるようにして抱え込み、先程までと同じく腕を組んだままだった。


 ――アルルーナの力をあれほど使えと言っておきながら!


「ゲイゼル!!」


 ガンッ!――ヘルの黒剣はゲイゼルの胸のど真ん中を貫いていた。ヘルの渾身の踏み込みが盾をも貫き、胸当てに深く突き刺さっていたのだ!


「生かして捕らえようなんて、舐められたものよねへぇ?」


 ニヤリと笑うヘル。


「こちらこそ舐められたものだ。手の内を明かしたというのに」


 ゲイゼルの言葉に、ヘルの余裕の表情が見る見る焦りへと変わっていく。


「動かない!?」


 腕を組んでいたのは両腕がふさがっているからでは無かった。そしてその組まれた両腕を広げると、その下ではゲイゼルの左の盾の魔術文字が光を放っていた。


「掌握させてもらった、お前の魔剣をな。もっとも、まさかこの魔剣掌握ハナウタを貫けるとは思ってもみなかったが」


「嘘でしょ!?」

「ゲイゼル! 身体は! 身体は無事なの!?」


「ああ、中身には届いてない。ドラゴンに殴られても――」

死の手タッチオヴデス!」


 ゲイゼルが喋ろうとしたところにヘルが黒い靄を纏った右手で触れてきたのだ!

 ゲイゼルも完全に油断していた。その右手がゲイゼルの腋の下を捉える!

 微動だにしなくなるゲイゼル――


「ゲイゼル!!」

「…………あきれた。これも効かないの?」


ドラゴンに殴られても平気なように余裕があるからな。――オレはこの魔剣をこのままバラすこともできる。できることなら避けたいが」


 平然と続きを話すゲイゼルに私も呆れた。


「魔剣をバラす? そんなことができるわけ…………でも貴方ならやりかねないわね……」



 ふう――と溜息を吐き、その場に屈みこんで胡坐をかくヘル。


「――参ったわ。煮るなり焼くなり好きになさい。ただし、聖堂での埋葬だけは勘弁して」

「では話し合いを。殺すつもりはありません」


「どうだか。レイモンドの手先でしょう」

「それも違います。レイモンドには雇われていませんし、あんな男に味方をするつもりもありません」


「じゃあその使い魔は何?」


 グリを顎で指すヘル。


「あれは情報を得るために生かしただけの悪鬼フィーンドです。金貨を差し上げたら契約したみたいになってしまいましたが……」

「十分使い魔じゃないの」


「そうなのですか?」

「当然でしょ」


「なるほど……そういうものとは存じませんでした。失礼いたしました」

「プッ……バカ正直なのね。貴女」


「か、揶揄ったのですか!?」

「使い魔は本当よ。どうして今の今まで命を取ろうとしてきていた相手の話を信じられるのかってこと」


「そのことと、私が知らないことを教えてくださったことは無関係では?」


 そういうとこよ――そう言って笑うヘル。



 ◇◇◇◇◇



 私は一緒に地面へ座り込み、ヘルからレイモンド卿を狙う理由を教えて貰った。彼女は若い頃にレイモンド卿に騙され、聖騎士とおだてられて調子に乗ってしまったがゆえ、レイモンド卿に絡めとられ、純潔を奪われてしまった上に婚約者まで殺されてしまったのだそうだ。


「でもね、ユハンは帰ってきてくれたの」


 そう言ったヘルは愛おし気に自分のお腹をさする。彼女に何があったのかはよくわからない。ただ、冗談で言ってるようには見えないし、黒剣を手放し、諦めた彼女は昼間のように幾らか落ち着いて見えたのだ。


 今回、彼女が戻ってきたのは、レイモンド卿があのような姿になっても生き永らえ、権力も失わず、15年前以上に仲間と共に非道の限りを尽くしていると知ったのが理由だそうだ。


 私は立ち上がる。


「ゲイゼル、黒剣を返してあげて」

「だが……」


「いいの。一緒にレイモンド卿のところまで行きましょう」

「どうするつもりだ? あれを殺すつもりか?」


「まさか。そんな酷いことはしませんよね、ヘル? 我々は腕をもぐだけです」






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