第23話 ヘル

「システィル・ハリヤ! 貴女が何故ここに!」


 間違いなくシスティル・ハリヤだった。あの端麗な容姿は、普段こそ頭巾と外套で隠されているのかもしれないが、間近で見た私にはよくわかる。


修道女システィルなんて、ここには貴女ひとりしか居ないわねへぇ」

「馬鹿なことを言っていないで降りてきてください。修道院に報告しますよ!」


 スッ――と音もなく、8尺はある壁から中庭へと飛び降りてきた彼女は、淫魔アルダトとは別の妖艶さを見せていた。肩の細い紐だけで上着は吊られ、その上着も降りてきたときにふわりと胸の辺りまで広がるくらいに薄い生地だった。


「アミラ!」


 ゲイゼルが叫ぶ!


 気が付くと、目の前まで黒い剣の切っ先が迫っていた!

 ただ、その剣筋自体は蹴り上げられたゲイゼルの脛当てグリーヴに逸らされていた。すかさず剣を引いて構え治すシスティル・ハリヤ。そもそも、その黒い剣がどこから現れたのか。降りてきたときにはそんなものは持っていなかった。


「何をするのですか、システィル・ハリヤ!」

「アミラ、二人を頼む」


 ゲイゼルは肩の二人を降ろす。乱暴に降ろされた勢いで二人はその場に座り込んだ。

 私は距離を取るために二人の手を引いて立ち上がらせようとする。


「ですが!」

「あの女が何者かは知らないが、アミラを殺す気なのは間違いない」


「まあ! 殺すだなんて! そんな酷い事! できることならしたくないわ!」

「では何故その剣をアミラに向けた」


「腕をもぎ、脚をもぎ、貴女を息のできる肉の塊に変えてあげるのよ!」

「それって……もしかしてレイモンド卿をやった――」


 ぐわっ――とその言葉に、それまで艶めかしささえあった顔が怒りに満ちた!


 咄嗟に伸びたゲイゼルの篭手が黒剣を逸らす!

 再び、いや先ほどよりも鋭い剣筋でシスティル・ハリヤは踏み込んできたのだ。


「斬れない!?」

「斬られた!?」


 二人が同時に別の言葉を叫ぶ。

 見やるとゲイゼルの篭手は大きく裂かれていた。


黒剣スワルトルでも斬れないたぁねへぇ!」

「その力、ただ魔剣に頼っているだけでは無いな!」


 右へ左へと、激しい打ち込みをゲイゼルは篭手で逸らしながら隙を見、左の背の盾を構える。


「アミラ、を!」

「だってゲイゼル、その人は!――あなた、なのでしょう!?」


 そう、確かレイモンド卿は――ヘル――と言っていた。


 ゴッ!――ゲイゼルの左の盾が黒剣の強撃を完全に阻む。


「盾はさらに硬いのか! どうなっている!」

「これは魔剣掌握ハナウタ!――掌握せよハナウタ! 右の脚だ!」


 ゲイゼルの左の黒い盾に輝く魔術文字が浮かぶとともに、ヘルが突然尻もちをついた。


「脚が!」


 そう叫ぶや否や、ヘルは手にした黒剣で迷いなく自分の右脚を刎ねたのだ!

 ヘル自身はそのまま後ろへと転がり、転がった勢いで立ち上がる。

 刎ねた右脚には、真っ黒な脚が生えていた。


「お前こそ、どうなっている!」

復讐者アヴェンジャーは脚の二本や三本、千切れたところで挫けゃしないのよ!」


「アミラ、を使え! こいつは手強てごわすぎる」

「ですが!――ヘル! 話し合いましょう! 貴女の目的は――」


 そのヘルは黒剣を手にし、胸へと当てた。


死気オーラオヴデス!」 


 そう唱えた途端、彼女からどす黒いもやのようなものが溢れ出し、広がっていくように見えた。何か分からない、恐ろしいものだと言う直感が働く。傍の二人の女の手を取り逃げる。


「クリストフ氏、彼女たちを連れて屋敷へ逃げて! ヘルです! ヘルが現れたのです!――ゲイゼル! ゲイゼル無事なの!? ゲイゼル!」


 ゲイゼルは靄の中で立っていた。


「立ったまま死んだかねぇ! 次は貴女! レイモンドの手先は全員狩ってやる!」

「待って! 我々は敵ではありません! 話を――」


 ヘルが自分の脚を拾い、こちらへ向かってこようとしたその時!


 ビョオッ!――ゲイゼルから二筋の鞭のような軌跡が振るわれたのだ!


 しかしヘルも寸での所で飛び退いていた!


「……いったい、どうなっているのかしらねぇ、この鎧は……」


 そう言いながらもヘルは、拾った脚を元の場所へとやると、斬れたことが嘘のように繋がった。おまけに何の苦も無く脚は普通に動いていた。


「……お前こそ、いったいどうなっているんだその脚は……」


 ゲイゼルはというと、腕を胸の前で組んだまま、背中の長い腕を振るっていたのだ。


 ――やっぱりその腕、自分で使えるんじゃないですか!


 そう思うも、ヘルと対峙する様子がおかしい。自分の腕は組んだままで盾を構えないし、動いているのは背中の腕だけ。もしかすると彼の言っていた――人間にはもともと腕は二本しかないのだから――というのは、両手であの背中の腕を私の人形使いアルルーナの力のように操っていると言う事だろうか?


 二度三度、ゲイゼルの爪とヘルの黒剣が交わるが、お互いに容易に鋼を裂く力を秘めているにも拘らず、どちらかを圧倒して切り捨てることは無かった。魔剣としての力が拮抗しているのだろう。


「いったい、どれだけ魔剣をため込んでいるのかしら! この男は!」

「貴様こそ、並の祝福では無いな。復讐者アヴェンジャー? それが祝福か!」


 ヘルはゲイゼルのしなる腕を舞うように躱していた。まるであの演劇で踊る女たちのように。ただその代わり、ヘルは自分の間合いに入り込めないでいた。


 ――いや、違う……ゲイゼルだ。ゲイゼルが間合いに入り込めないように背中の長い腕を巧みに振るっていたのだ。逆に言えば腕が長すぎて近づかれると隙が多いのだろう。理由は単純だ。私がアルルーナの力でゲイゼルを補助していないからだ。盾が使えないのだ。


「ゲイゼル…………お願いです。私は彼女と話し合いたい。そのために力を貸してほしいのです。お願い、聞いて頂けますか?」






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