Hallelujah
海鳴ねこ
こんにちは
むかし、昔のお話です。
私がまだ、シアレンシシスと呼ばれていた頃のお話。
その頃の私は、優しいお父様と、六人のお姉様と一緒に常闇で暮らしていました。
この世界には何もありません。
太陽も月も海も風も、いるのはたった8人だけ。
でも寂しいと思った事はありません。
この世にはお父様やお姉様がいましたし、お父様が揃えた《世界》の本が沢山ありましたから。
私たち姉妹は毎日の様にお父様から、お父様が創った世界の話を聞いたり、その《世界》が作ったとされる本を読むのが日課でした。
私が好きだったのはお父様が初めて成功した宇宙で――。その中でも《地球》と呼ばれる
神が人と共に駆け抜けた神話のお話。
人間が独自の文化で、日々成長していった、そんな偉人たちが書き留めた歴史。
娯楽を求め、沢山のヒトが書き留めた、空想を形にした夢物語。
惑星が独自で生み出した、モフモフとした沢山の生き物がつづられた図鑑。
難しい事は良く分からなかったけど。
魔法とか、人知を超えた力?その仕組みから理解できなかったけど。
ただ、楽しい。嬉しい。《幸せ》が沢山つまっていて大好きでした。
そんな日々を過ごしていた時。お父様が何時ものように私たちを集めました。
沢山の世界のお話をした後。お父様は優しい口調で言います。
『君達に宇宙を一つ与えよう。そうしたら君達はどんな世界を創る?』
一番上の一番優しいお姉様が言いました。
『人や獣、沢山の種族が平和に幸せに暮らせる愛に満ち溢れた世界を作ります』
二番目の一番頭が良いお姉様が言います。
『世界なんて必要ありません。お父様がいてくれればそれだけで十二分です』
三番目の一番さみしがり屋のお姉様が言います。
『沢山の人が幸福である様な世の中にしたいです』
四番目の人一倍自分勝手なお姉様が言います。
『私を愛してくれる人間を一人だけ創ります』
五番目の一番不器用なお姉様が言います。
『私は、私が一番美しい世界を創ります』
六番目の一番天爛漫で無垢なお姉様が言います。
『どんな世界よりも一番喜びにあふれた世界を創ります』
皆が皆当たり前の様に応えていきます。
自分の答えに間違いなど一ミリも無いという顔で、心構えで。
お父様は、そんな姉たちを、それは満足そうに頷いて頭を撫でていきました。
お父様の問いに何も答えられなかった落ち零れの私は、何もない私は、ただ茫然とそんな光景を見ているしか出来なかったのです。
お父様が留守の時、またこの話題が出ました。
もしも本当にお父様が言っていた通り、お父様が世界をくれるのならどうするか?
『私たちは何よりも強いです。自分より弱い存在に手を出してはいけません』
『人の命で遊ぶのは禁忌。人を生き返らせてはいけません』
『巻き込むのは可哀想です。
『どんなに苦しくても、自分の世界から逃げ出さない』
『口出しはご勘弁。お互いの世界に干渉はしない』
『姉妹バラバラは悲しいの。月に一回みんなで集まってお茶会をしよう』
また、お姉様たちが次々に約束を出していきます。
私は、困って困って、困って……。
結局また何も言えませんでした。
お姉様達はそんな私を、「それが貴女だから」と何も言いませんでした。
沢山の宇宙がつながる常闇の世界で私は思います。
私は、私は出来損ないなのでしょうか。
私は、自分の考えも持てないダメな子なのでしょうか。
そんな考えが何時もぐるぐる頭を駆け巡って消えていきます。
でも、どんなに考えたって私は答えに辿り着けないのです。
ある日の事です。
お父様もお出かけして、お姉様達は思い思いに過ごしていた何の変哲も無い一日。
私はちょっとした気晴らしに、ほんのちょっと散歩の気持ちで、
向かうのはお父様が遊びで作った、一つの
今にも消えそうな太陽と、小さな《地球》ぐらいの惑星だけが存在する世界でした。
きっとモデルは正しく《地球》がある世界で、《地球》よりも前に造られて、創ったのは良いモノの失敗した。たぶん、そんな出来損ないの世界の一つだったのでしょう。
私は何も考える事無く、この惑星に降り立ちました。
惑星には、辛うじてでしたが人間が住んで居ました。
ただ、みんなとても暗い顔をしています。
私はただ可哀想に思えて、一人の人間に声を掛けました。
何をそんなに苦しい想いをしているの?
人間は言います。
――暗いのが怖い。暗闇の中死んでいくのが怖い。
それぐらいなら、そんな事なら私だって何とかできそうです。
私は自分の爪の欠片で
ずっと明るいだけじゃ苦しいだろうから、
人間は喜んでくれました。
私を神様だと崇めて心から感謝してくれました。
でも暗い表情はそのままです。
私はもう一度聞きます。なにが、そんなに苦しいのか。
人が言います。
――腹が減った。このまま飢えて死ぬのは嫌だ。
なんだ。コレも簡単じゃないか。
私は髪の毛を一本だけ抜いて森を造り、血を垂らし人間以外の動物を創ります。
獣だけじゃ飽きるだろうと思い次は涙から湖を、吐息から風を、こうして海を創り、血を垂らしました。これで魚が出来る筈です。
人は私の行動に喜びました。
ありがとう、ありがとう。と何度も感謝してくれました。
それでもです。
せっかく食べ物が出来たというのに、やはり人は苦しそうです。
彼らは言います。
――孤独が寂しい。一人で死んでいくのが寂しくて堪らない。
少しだけ困りました。
周りに人が居るのに、彼らは孤独が寂しいというからです。
仕方が無いので私は人間の姿を取って人々と接することにしました。
彼らに寄り添い、本で読んだ《愛》と言うモノを必死に彼らに教えました。
時間は掛かりましたが、彼らは皆孤独から解放されました。
みんな私にありがとうと感謝してくれました。
でも、家族を作った皆はそれでも浮かない顔をします。
浮かない顔のまま言います。
――お別れが怖い。死ぬのが怖い。
これには困りました。
生きている以上。孤独に怯え、増えるという
それは私でもどうしようもありません。どうしようも出来ないのです。
せめて、です。一人で死ぬという孤独を取り払う為に私は死の直前まで彼らの側に居る事にしました。
死が訪れるその瞬間。ぬくもりを感じる様に手を取って、寂しさを感じない様にお別れ迄歌を歌います。
貴方達は私にありがとうと言ってくれました。
それからは同じことの繰り返しです。
与えて、感謝されて、与えて、感謝されて、与えて、感謝されて。
与えて、与えて、与えて、与えて、与えて、与えて。与えて……。
沢山の沢山の年月が過ぎていきます。
様々な命が星屑の様に過ぎ去っていきます。
私が仕事に漸く慣れ始めて、涙も枯れた始めた頃。
風の気持ちが良い、星が綺麗な夜の事です。
何時ものように人を看取っていた私を。
誰かが私を指さし言いました。
――あいつのせいで、僕たちは死ぬんだ。
違います。違います。違います。私は、私は……。
でも、きっと、絶対に、誰かが、否定してくれると思っていた。
貴方達は私を捕らえます。
怖い顔で、血走った目で、恐怖に引き攣った顔で。
地面に叩きつけて、拳で、棒で、農具で、私を叩きます。
泣き叫び、血が噴き出し、手足が折れても止めてくれません。
死なない私が死ぬまで、決して止めてくれません。
たった一夜で、私は《悪》になりました。
それからの毎日は地獄でした。
朝は頭を叩きつけられて目を覚まします。
夜まで殴り続けられました。
首を落とされました
馬に括りつけられ皮膚が無くなるまで引きずられました。
溺れ死ぬまで水桶に押し付けられました。
ナイフをお腹に突き立てられたこともあります。そのまま内臓を引き出すのです。
ブクブクと煮えたぎる熱湯の釜に頭から入れられました。
肉切り包丁で足から頭まで順番に切り落とされました。
首に縄を駆けられ一晩中外に吊るされました。
どれだけ止めてと叫んでも、泣いても誰も止めてくれません。
私を殺したって《死》は無くなりません。でも人が死ぬと彼らは更に酷く私に当たります。
怒りながら、泣きながら、叫びながら。……笑いながら――。
私は殺されて殺されて、殺され続けるのです。
我慢も限界です。私は逃げ出そうとしました。お父様に、お姉様に、「助けて」と叫びました。
声がかすれて、喉から血が出る程に、叫んで、叫んで、叫んで。
けれど私の叫びに応えてくれる
最後の日。
いくらやっても死なない私に痺れを期した人間は、私を木に括りつけます。
油臭くて嫌でも目を覚ました時、数人の人間が松明を手に私を囲んで居ました。
その光景から嫌でもその後の自身が分かりました。
やめてなんて、言う暇もありません。
投げ込まれた松明はあっと言う間に燃え広がり、私の体までたどり着きます。
全身に言い表せない激痛が走りました。
皮膚が、目玉が、溶けていきます。
肉が焼ける匂いと、感覚が私を襲います。
黒い煙が私の喉を、肺を焼いて行きます。
声が出なくなって、人の形が無くなって。
それでも私は死にません。神様だから、死ねないのです。
もう限界でした。
逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
ただ自分の中でどす黒い何かが渦巻いて、溢れていくような感覚があったのはこの時。
私に詰まっていた、膨大な力の一つを吐き出したのもこの時。
気が付くと、私は村の外れでのろのろ蠢いていました。
人間の姿はありません。逃げ出したのは確かです。
遠く後ろで人間が歓喜の声を上げているのが聞こえます。
でも私にはそんなことどうだって良いのです。
速く。早くこの場から離れたくて、私は蛞蝓の様に這い逃げます。
どれだけ逃げたでしょう。
林の中で、小さく蹲りながら私は父と姉たちに助けを求めます。
帰りたい一心で心から叫びます。
けれども、やはりお父様もお姉様も私を助けてくれることはありませんでした。
私は一人になって漸くそれが何故かと考えられるようになりました。
冷静になった頭は残酷です。直ぐにその答えが返ってきます。
何てことありません。些細な問題なのです。
嗚呼、
私は捨てられたのだ、と。
勝手にお散歩に出てしまった私です。
元から壊れかけていた世界を何となくで手を貸した私です。
そんな私を父は飽きてしまったのでしょう。言う事を聞く事だけが取り柄の私でしたから。
姉達だって私にうんざりしたに決まっています。約束、破っちゃったから。
私は、悪い子だから。
いくつも約束を破ってしまったから。
私は一人ぼっちになりました。
後ろから叫び声が聞こえます。
何事かと思えば、森の向こう。私が逃げて来た方角が赤く染まっていました。
何が起こったのだろうと重たい身体を起こして、きた道を引き返します。
また、捕まるかも知れない。そんな恐怖がありましたが、どうしてもその恐怖の声を放って置けなくて。
身体を引きずりながら元の村に辿り着きます。
目に入ったのは燃え盛る村々。
踊り狂う紅い人々。
私の炎が引火したのでしょう。
紅い貴方達は次々に黒いドロドロに変化していきます。
泣き叫ぶ彼らの声が木霊します。
「ふふ……。あは、あはははははははは!」
誰かの笑い声が聞こえました。
頬が熱く感じました。目元から何かが垂れてくる感覚があります。
それが自分の声で、涙だと言う事は、あたりが黒いどろどろだらけになった時に気が付きました。
―― ざまぁ、みろ。
違和感に気が付いたのは、それからすぐの事でした。
真っ黒になった心が歓喜し、その場から逃げながら泣き出したい心が理解します。
彼らの死を喜び、挙句の果て「ざまぁ、みろ」なんて。
でもヒトなんてもう愛せそうにありません。ヒトなんて大嫌いです。
だから……これは、きっと《罰》なんだ……。
――。ああ、そう。
私はどうしようもなく《悪》になっていたのか。
悲しくても辛くても、私はもう逃げられません。
どこに逃げればよいか、もう分からないのです。
捨てられた私ですから。
だれからも恨まれる私ですから。
見捨てた私ですから。
みんなから嫌われる私ですから。
こんにちは。皆様。こんにちは。
私は《悪》です。
こんにちは。皆様。こんにちは。
私は――。《死》です。
Hallelujah 海鳴ねこ @uminari22
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