向井誠人は断れない

葉月猫斗

第1話

「向井さんの此処での任務は巨大化して宇宙怪獣と戦う、特撮ヒーローになりきれるかもしれないお仕事です!」

「へ?」


 ごく普通のサラリーマンだった向井誠人むかいまことは現実味の無い説明に疑問を返すも、謎の機械から放たれた謎の光線を浴び気が付いたら巨大化して街のど真ん中に立っていた。

 これに驚き叫んでいると、暴れていた宇宙怪獣が彼に気付いてロックオン。猛然と向かってくる怪獣に彼は情けない悲鳴を上げた。


 

 話は1週間前に遡る。中小企業の総務部に所属していた誠人は人並みに仕事やプライベートに励み、それなりに真面目に慎ましやかに生きてきていた。大多数居る一般人の中の1人だった。

 

 そんな彼に突如として転機が訪れる。防衛省から拒否権無しの召集の手紙が届いたのだ。


 防衛省、日本国民としては大変お世話になっているが、個人的には縁の無い組織の筈である。

 それが拒否権無しの召集だ。受け取った誠人は一気に血の気が失せて全身が震え、冷汗が噴き出た。

 一体自分は何をしでかしてしまったんだろうか。もしや旅行先の台湾で出会って意気投合した人間が実は国家スパイだったり……?違うんです自分は彼とは何の関係も無いんです。誤解です。父さん母さん先立つ不孝をお許しください。

 

 混乱の余りパニックで思考が飛躍した彼は当日まで死刑囚のような面持ちで過ごしていた。酷い顔色の悪さから同僚や上司には心配され、病院や自宅療養を勧められたがとても休めるような気分じゃない。

 結局当日まで碌に眠れず食事も喉を通らず、防衛省に赴く頃にはすっかり窶れ果てていた。


「向井誠人さんですね?お待ちしておりました」


 案内された所は予想に反して取り調べ室みたいな場所ではなく、綺麗なオフィスの一室だった。取り敢えず問答無用で拘束される雰囲気ではなさそうでホッとする。

 

 いやしかしまだ油断は出来ない。安心させておいて気が付いたら檻の中っていうケースもあり得る。出されたお茶だってもしかしたら睡眠薬が入っているのかもしれない。


 誠人は視界に入るもの全てを疑い微動だにしなかった。そして待つこと数分、自分のよりも高そうなスーツを着こなした同年代ぐらいの男性が入って来た。


「お待たせしました。谷本と申します」

(この人が取調官か……)


 受け取った名刺には仰々しい部署名がずらずらと並んでおり、いかにもな雰囲気だった。

 取調べされるとすっかり思い込んでいる誠人は何もかも事情聴取に繋げていた。目の前の彼がどちらかと言えば温和そうな人物でも、安心感と話術で自供を引き出すのが得意なタイプかもしれない。

 

「まず招集した理由を最初に述べますが……」

(来た……!)

 

 誠人に緊張が走る。目的は何だスパイ容疑か?とにかく否定だ、否定し続けろ。拘束の苦痛から逃れたいからといって肯定したら一巻の終わりだ。


「貴方は宇宙怪獣特別対策班のメンバーに選ばれました」

「違います!……え?」


 今のは聞き間違いだろうか。特撮物っぽい用語が出てきたような気がする。確かに最近世界のあちこちで巨大怪獣が出没して街中を暴れ周る様子が連日報道されているけど。


「あの、もう一度何て言いました……?」

「宇宙怪獣特別対策班のメンバーに貴方が選ばれたんです」

「……ぇえっ!?」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった。でもなんで自分が選ばれたんだろう。取り立てて突出した能力があるわけじゃないし、と誠人は首を傾げる。

 もしや自分では気づいていない、秘められた力が……?


 誠人の痩せこけた顔に赤みが差し、死んだ魚のようだった瞳に輝きが戻る。最初とは違う興奮で心臓をドキドキさせたのだが。


「因みに選ばれた理由って聞いても良いですか……?」

「えっとですねぇ、裏社会に属しておらず犯罪歴も無く、健康診断の結果は良好。中肉中背の大卒の成人男性の中からランダムで選ばれました」

 

 内容が思っていたのと違っていた。

 なんだ、別に自分に秘められた能力がある訳じゃなかったのか。正直期待していただけに少し凹んだが、谷本は気付かずにオフィス内を案内し始める。

 

 流石防衛省だけあってウォーターサーバーや無料の自販機、リフレッシュルームなど福利厚生が充実していた。筋トレジムも無料で通えると言われたが、筋トレに興味の無い誠人は「はぁ……」と曖昧に頷いておいた。


「丁度良いところに。彼女は二宮理央にのみや りお、君のパートナーとなるオペレーターだ」

「二宮です!よろしくお願いしますね」


 谷本がパソコンで何やら作業をしていたボブカットの若い女性を呼び、紹介される。パートナーという言葉に一瞬疑問が浮かんだものの、こちらも頭を下げる。

 谷本もそうだが二宮も防衛省勤務のエリートの筈なのにエリートオーラが全然しない。一般企業で働いていそうな雰囲気だ。

 

 だが案外これが本当のエリートなのかもしれない。ほらよく言うじゃないか、本当の金持ちは金持ちである事をひけらかさないと。

 

 例えランダムだろうが特別対策班に選ばれて彼等と一緒に仕事が出来るなんて名誉な事である。

 しかし問題なのはサラリーマンとの二足の草鞋になってしまいやしないだろうかという点だった。

 経験の無い仕事を任されるかもしれないから慣れるまで時間がかかるだろうし、更には緊急出勤もあるかもしれない。

 

 宇宙怪獣はこちらの都合なんて聞きやしないから、そうしたら会社も中抜けや休みが重なって下手したらクビなんて事も……。

 

 グルグル思考を巡らせていると突然ビーッ!ビーッ!っと耳障りなアラートが響く。


『宇宙怪獣確認、宇宙怪獣確認、対策班は対応お願いします』


 けたたましいアラームと機械的な音声。緊急事態だが子どもの頃よくテレビで見たワンシーンのようだと不安よりも興奮が勝つ。


「早速お出ましのようだね。二宮さん」

「はい」


 彼等の仕事が見れるのかと思いきや、何故か傍にあった昔の映写機みたいな機械の前に立たされる。

 機械はレンズのような丸い部分から黄色い光が出ると、誠人の全身を数秒包み込んで消えた。

 

「はい!これで向井さんの生態認証がパッチリ取れましたよ!」

(いや怪獣が出て真っ先にやる事が僕の生態認証?)


 まぁ特別対策班なんて機密だらけだろうし、部外者と身内を分ける為にも早くやった方が良いのは確かだろうけど、と考えながらも不自然な優先順位に不安が募る。

 取り敢えず自分はどんな仕事をすれば良いのか、聞いてみたのだが。

 

「それで、僕の仕事は?」

「今からこの機械を使って向井さんの身体を巨大化、暴れている怪獣と戦ってもらいます」

「は?」


 ちょっと何を言っているのか分からなかった。

 

「向井さんの此処での任務は巨大化して宇宙怪獣と戦う、特撮ヒーローに成りきれるかもしれないお仕事です!」

「へ?」


 その瞬間機械のレンズ部分から今度は白い光が誠人を照らし、気が付いたらミニチュアみたいな街中のど真ん中に立っていた。


「え?……ぇえええっ!!!」


 誠人は驚いて辺りを見渡すが、目に映る景色はミニチュアではなく本物のようだった。頭上は綺麗な青空、どこまでも広がる街並み、少し遠くに見える今まさに暴れまわっている怪獣。彼等の言う通り、自分は本当に巨大化してしまったらしい。

 

「いや何でスーツなんですか!?」


 自分の身体を確認すると此処に着て来たのと違うスーツを身に纏っていた。量産品ではあり得ないフィット感は着心地が抜群で、でも何でスーツと思わず叫ぶと。

 

『スーツも立派な戦闘服ですよ?あっ、ここからは私がサポートしますね』


 いつの間に耳に付けられていたインカムから二宮の声が聞こえる。先程谷本が言っていたオペレーターとはこういう意味だったらしい。

 

 確かにスーツは働く人間にとっての戦闘服だ。それは間違いない。しかし幼き頃に特撮ヒーローに憧れていた身としては何処か納得がいかなかった。

 

「もっとこう……!プルトラマンとか仮面ライバーみたいなヒーローっぽい恰好って無いんですか!?」


 男の夢ならやはりプルトラマンや仮面ライバーである。どうせなら日常で着慣れているスーツじゃなくて、テンションの上がるコスチュームに着替えたかった。

 だが二宮は『出来ない事も無いですけど……』と前置きすると耳に痛い言葉を放つ。

 

『あの恰好はスタイルが良くないと似合わないんですよ?』

「ウッ……」


 確かに特撮物の変身後の姿は役者とは別のスーツアクターが演じている。身体の線に沿ったピチピチのスーツは彼女の言う通り、スタイルが良くなければ全く似合わないだろう。


『良いんですか?自分のスタイルが周りにバレても?』

「うぅ……っ」


 誠人の体形は中肉中背、腹は出ていないが割れてもいない。のっぺりした腹や薄い胸筋、太くも細くもない脚は誇れる部分など何もない。


『夢を壊された子ども達に泣かれても良いんですか?』


 誠人の脳内に自分の筋肉の薄い身体を見た子ども達がショックを受ける光景が浮かぶ。ある少年は泣き、またある少年は「こんなのプルトラマンじゃない!」と叫ぶ。

 子どもの頃の自分だってこんなのがプルトラマンだと言われたら嘘だと叫ぶ自信がある。


 「…………このままでお願いします……」

 

 誠人は折れた。子ども達の夢を守る為にも自分の夢はしまっておくしかなかった。

 良いじゃないか別にスーツでも。ある程度体型は隠せるし、社会人の戦闘服と言ったらやっぱりスーツだ、うん。

 

「あのー、なら顔は隠せませんか?このままじゃちょっと……」


 気を取り直した誠人は恰好は良いとして、せめて顔を見られるのは何とか避けたかった。

 彼は目立つのは少し苦手なタイプである。しかも巨大化して宇宙怪獣と戦うなんてSNSで肖像権などお構いなしにアップされる事間違いなし。

 このままバンバン顔がネットに広まったらプライベートで絶対街を歩けなくなる。

 

『あ、そこは安心してください。変身すると自動的に顔の部分にモザイクがかかるんで』

「何一つ安心出来ません!これじゃあ僕が卑猥物みたいじゃないですか!?戦隊物みたいなマスクくださいよ!」

 

 顔バレは避けられたが別の意味で滅茶苦茶恥ずかしい事になっていた。

 それじゃあ今の自分は周りの人間から見みたら「顔が卑猥」みたいな状態になっているのか。何それめっちゃヤダ!肖像権の侵害も嫌だけどSNSで「モザイクかかってるワロスwww」みたいに弄られるのも嫌だ!

 

『マスクだと視界が狭まっちゃいますよ?』

「そうじゃなくて……!ああもう!」


 どう説明すれば自分の気持ちを分かってくれるのか、もどかしさで叫んでいると知らないうちに近くへと来ていた宇宙怪獣が誠人に気付き、猛然と走り出した。


「うわわわ!こっち来たぁ!二宮さんどうすれば良いんですか!?」

『落ち着いてください住民の避難は完了してます。

 今向井さんが立っている場所が1番広い道なんで、そのまま真後ろの広場まで誘導してください!そこでなら思いっきり戦えるんで!』


 本当に戦うのか!と思いながらとりあえず言われた通りにだだっ広い場所まで全力で走る。

 

 ちなみに必死な誠人は気付いていないが、目的地である広場は元はオフィスが集まっていた。

 以前別の怪獣に破壊されて以来、新たな建築はせずにこうして広場として残している。怪獣が襲撃しに来てから街にはそういった広場が複数誕生していた。


 マスコミは復興が進まないだの何だのと騒ぎ立てているが、全ては怪獣との戦いによる被害の拡大を防ぐ為の布石であった。

 

 ただしちゃんと対策は考えているが、人の感情に対してはドライなのが宇宙怪獣特別対策班が所属する組織の性質だった。現に誠人が二宮の無茶振りに応えざるを得ない状況になっている。


『因みに戦闘の時は建物や公共物をなるべく破壊しないようにしてくださいね。個人への賠償請求とかはありませんが、代わりにいろんな所からネチネチ言われますので』

「そんな無茶な!」

 

 叫びつつも建物を巻き込まないよう目的地まで走る。小市民な誠人にとっては、いくら請求されなかろうが建物が1棟壊れただけでも被害総額が脳裏を過ぎるのだ。

 

『ついでにあそこのボロボロな空き家は潰して下さい。所有者が居ない所為で解体工事も出来ないので、怪獣との戦闘で壊れました~って事にすれば言い訳が立つんで』

「いや無理ですよ!追いつかれますもん!」


 それでも誠人は頑張って空き家を踏み潰した。口では拒否しているのに、身体は指示された通りに動いてしまう自分の社畜精神が憎かった。


 直ぐそこまで迫り来る怪獣の足音に泣きそうになりながらもどうにか広場まで辿り着く。相手は今の自分と同じ体長だが、肉食恐竜みたいなフォルムで爪や牙は鋭いし、全身の筋肉はモリモリだしで正直怖いし逃げ出したい。

 でも逃げられない。だって社畜だもの。

 

『長期戦は不利です。短期決戦でいきましょう』

「もしかして巨大化出来るのは3分間までとかですか……?」


 そうだった時間制限があるのはプルトラマンではセオリーだ。巨大化に吃驚してあーだこーだ叫んでしまったし、広場への誘導で大分時間を使ってしまっている。

 いかに早く弱点を見抜けるかが勝負のカギになるかもしれないと、精一杯の近寄るなオーラで敵を寄せ付けないようにしながら様子を窺う。

 

『時間制限は特に無いですが、向井さんの今のスタミナだと3分持つかどうか……』

 

 至極現実的な問題だった。しかもストレスで碌に食事出来ていなかったからきっと体力も落ちている。実際ここまでで既に彼の息は結構上がっていた。


『でも向井さんにも光線は出せますよ』

「マジですか!?やり方教えてください!」


 少しだけ彼等を見直した。科学の力って凄い。これまで無茶振りが凄かったけど何やかんやでちゃんと格闘経験の無い人でも倒せるようにしていたんだ。

 

 サクッと光線を出して早く戦いを終わらせようそうしよう。しかしそうは簡単に問屋が卸さなかった。


『分からないんですよ』

「分からない?」

「特定のポーズを出せば光線が出るんですけど、そのポーズが分からないんですよ」

「ええっ!?」


 思わず叫んでしまって、近寄るなオーラがうっかり霧散する。隙が出来た事により怪獣が好機とばかりに突っ込んで来た。


「うおおおおおおおっっ!!」


 反射的に相撲やレスリングの要領で組み付いて突進を止める。咄嗟に出来たけど今のはまぐれだ。

 これからどうすれば良いんだろうっていうか「分からない」ってどういう事。


 なんとか踏ん張り一旦押し出して離れる。今ので滅茶苦茶疲れてしまった。早く光線を出さないと!


「っていうか『分からない』ってどういう事ですか!?」


 怪獣から視線を外さないようにしながら叫ぶ。こっちはこんなに息切れしてるのに相手の方は余裕そうで腹が立つ。僕にも必殺技を!早く必殺技を!


『光線が出るポーズは巨大化した時に決定するんですね。だから戦いながら正解のポーズを推測してください。近いポーズをするとちょっとビームが出るんで』

「何ですかそのクソ仕様!?」


 何故あの十字のポーズで出る仕様にしてくれなかったのか。あれか?著作権の関係でツムラヤプロに抗議されるからか。

 でもそれにしたって事前に決めておいてくれれば良いのに、何でわざわざ戦いながら正解のポーズを推測しなきゃならんのだ。


(クソッ!こうか?こうか!?あ、ちょっと出た!)


 誠人は思いついたポーズを片っ端から試してみる。氷鬼のバリアのポーズをしたら1メートルくらいの長さのビームの赤ちゃんみたいな弱々しい光が出た。

 こっちは至って大真面目なのに傍から見たら変な踊りを踊っているだけにしか見えないのが悲しい。


「グギャアアアアッ!!」


 怪獣は誠人の変な踊りに煽られていると思ったのだろうか、明らかに怒ってそうな雄叫びを上げて再び向かって来た。違うと言いたいのに多分怪獣に日本語は通じない。

 今度は鋭い鉤爪がある右腕を振り上げて叩こうとしてくる。あんな筋肉モリモリの腕で叩かれたら放送事故な光景が広がってしまう。そんなの絶対痛いじゃ済まない。


 逃げるか迎え撃つか、一瞬迷っている間に怪獣の腕はすぐそこまで来ていた。


「うぉおおおおおおおおっっ!」


 ええい!ままよ!と振り下ろされる怪獣の腕を、罰点の要領でクロスさせた腕で止める。殴られるよりマシだが普通に痛い。じぃんと当たった所が少し痺れた。

 

 その瞬間、誠人の全身から青いエネルギーが迸り怪獣を襲う。ゼロ距離で光を浴びた怪獣は苦しそうに絶叫すた。偶然にもこれが光線が出るポーズだったのだ。

 

 やった、もうこれで死にそうな思いをしなくて済む。だが安堵したのもつかの間、光線が止んでも怪獣はそこに立っていた。

 

(あれ……?)

 

 光線が直撃したのに怪獣は爆発粉砕するどころかピンピンしている。

 まさか光線が効かないのかと嫌な予感がしたが、それも杞憂に終わった。

 怪獣は先程までの暴れっぷりが何処へやら。すぐ目の前に居る誠人を攻撃するような素振りも無く、嘘のように大人しくなり光の玉となって空へと飛んで行った。


「消えた……?」

『ビームは怪獣を倒すものではなく戦意を喪失させる効果があります』

「……優しいんですね」


 何だか優しい世界だった。きっとあれだろうか、現実で怪獣を倒してしまうと子どもの心にショックを与えてしまうとか、宇宙全体の生態系を壊さないようにとか、さぞや高尚な理由があるんだろうなと考えていたのだが。


『いえ、そうではなくて。最近は何かと煩い人が居るでしょう?』

「はい?」

『実際に怪獣の対応をする訳でもないのに怪獣が可哀想だの、命を何だと思っているんだだの、偉そうに動物愛護の高説を垂れる人ほど声が大きいですからね。その対策ですよ』

 

 思っていたよりもずっと世知辛い理由だった。二宮の声に苛立ちが含まれている辺り多分これまでにも何かあったんだろう。自分も外野からそう言われるのは確かに嫌だ。だったらお前がやってみろよと言いたくなる。

 

 まぁでもきっと本当に倒しちゃったらちょっと気持ちが沈むかもしれなかったし、このビームの効果はこれで良かったんだ。また怪獣に対峙したとしても心置きなく使えるし。


「……ところで普通の大きさに戻りたいんですが」

『あ、「解除」と言えば戻れますよ』



 現場へ行くときはワープだったのに帰りは徒歩だった。憧れだったヒーローの現実を見たような気がした。


 疲れた身体に鞭打って戻って来た特別対策班にて、再び仕事についての詳細な説明を受け、重い身体を引きずりながら帰路につく。

 今日は酷く疲れたしさっきから腹の虫が1週間ぶりにグウグウ鳴っている。美味い大盛りラーメンを食べたい気分だった。


 因みに会社は政府からのスカウトとして円満退社扱いになっていた。給料上がるから別に良いけれど、自分の知らないところで勝手に決めないでほしい。せめて事前通達くらいはしてほしかった。


 ラーメンが来るまでの間にSNSを立ち上げ、検索欄でどう入力したものか指が迷う。巨大化した自分に対する正式な呼称は無いので、とりあえず「怪獣」「巨大化」で検索してみた。


『ねぇww巨大化して怪獣と戦ってる人モザイクかかってるんだけどwww必死なのは分かるんだけどモザイクのせいで笑っちゃうwwww』


 やっぱり思ってた通りの書き込みがヒットした。しかもバズってる。

 

 誠人には総務の仕事の他にも、SNSの特別対策班のアカウントの中の人としてエゴサする仕事が追加される事になった。

 笑われると分かっているのに何が悲しくて仕事でエゴサしなくてはならないのか。しかし谷本さんに「反応が気になるでしょ?だったら仕事にしちゃった方がお給料も出るし精神的に楽ですよ?」と言われてしまえばぐうの音も出なかった。


 きっと今の時代、プルトラマンも仮面ライバーも裏ではSNSでエゴサしてるんだろうな。ヒーローは夢とドラマだけで出来ている訳ではないと身をもって理解した1日だった。

 

「取り敢えず……筋トレとジョギング始めよ……」


 せめて3分はスタミナが保つように、あともう少しカッコ良く戦えるようにしよう。新しい目標を決めた誠人はラーメンを啜る。疲れた身体に濃厚なスープが染み入った。

 翌日、誠人は激しい筋肉痛で動けなくなった。出動が無かったのが救いだった。

 



 全身の筋肉痛が取れて来た頃、2回目のアラームが鳴り早速現場へと送り出される。今回の怪獣はカエルのような頭とフワフワな毛に覆われた身体を持つキメラみたいな姿をしていた。

 

 しかし誠人には余裕があった。なんせ今回の自分は2回目、ビームを出すポーズはもう分かっている。

 

 誠人は自宅で練習してきた美しいフォームでビームのポーズをキメた。顔にモザイクがかかってる分フォームでヒーローらしさを出していこうとしたのだ。

 

 しかしビームは出ない。気を取り直してもう一度試してみたが、うんともすんとも言わなかった。風が虚しく誠人と怪獣の間を吹き抜ける。


「なんでっ!?」


 予想外の事態に焦る誠人の耳に二宮のあっけらかんとした声が流れ込んで来た。

 

『あ、言い忘れてました。ポーズは巨人化を解除するとリセットされて、巨人化するたびに予め設定されたポーズの中からランダムで抽選されるんです』

「何ですかそのクソ仕様!?」

『一応怪獣側の対策防止と、巨大化の仕様上ポーズも解除しないと、元の大きさに戻れないんですよねぇ』


 誠人はまた変な踊りをする羽目になった。頑張れ誠人!負けるな誠人!カッコ良いヒーローの道はまだまだ遠いぞ!

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向井誠人は断れない 葉月猫斗 @kinako_mochimochi

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