第16話『雷に紛れるのは』


 校舎に戻った俺たちは、着替えを済ませて部室に集合。雨が止むのを待つ。


 日曜日なので学園は休みだが、事情を知る守衛さんが生徒玄関を開けてくれた。


「うひー、すげー雨だぜ」


 まことが窓の外を見ながら呟く。薄いガラス一枚隔てた向こう側は、まさにバケツを引っくり返したような雨が降り注いでいた。


 もう少し作業が長引いていたら、俺たちもあの中にいたわけだ。危なかった。


「どうしよー。あたしと慎、自転車なんだけど……って、ひゃあーーっ!」


 慎の隣に立った瑞帆みずほが外を見た時、轟音とともに閃光が走った。


「うー、雷まで鳴ってるし……こんなに天気が荒れるなんて聞いてないわよ」


「……俺もお前が抱きついてくるなんて聞いてないんだが」


 そんな声がするほうを見ると、瑞帆が慎に抱きついていた。


「は、反射的に抱きついちゃっただけよ。あたしが雷苦手なの、知ってるでしょ」


 がたがたと震えながら瑞帆は言う。一方の慎は平然としていた。


 彼の右腕に瑞帆の胸が思いっきり当たっている気がするけど、さすが幼馴染。動じないようだ。


「雷が鳴ると梅雨明けが近いって言うけど、本当かなぁ」


 そんな中、俺の幼馴染である玲奈れいなは雷を全く気にする様子もなく。困り顔で空を見上げていた。


「せっかくだし、雨が止むまで皆でこのボードゲームでもやらない?」


 その時、瑞帆が部室の棚から箱を引っ張り出す。


「ああっ、直見なおみ君、気をつけてくれたまえ。それはボードゲームではなく、十万陣という呪いの道具で……!」


 それを見た湯平ゆのひら部長が慌てふためく。


 なんか昔、そんなタイトルの映画があったような気がするな。


「呪いの道具!? こわっ……じゃあ、こっちの文字盤は?」


「それはウィジャボードだよ。こっくりさんのようなものさ」


「ひぇっ」


 続いて瑞帆は別の道具を手にするが、湯平部長の説明を聞いて元の位置に戻す。


 オカルト系に疎い瑞帆でも、こっくりさんは知っているようだった。


 ……そうこうしているうちに雨が上がり、雲の切れ間から日光が差し込んできた。


「まだ雷が鳴ってるけど、今がチャンス! 慎、帰るわよっ」


 言うが早いか、瑞帆は慎の手を掴んで部室を飛び出していく。


 その二人を追うように、湯平部長も帰り支度を始めていた。


「部長も帰るんですか?」


「ああ、僕も自転車通学だからね。部室の戸締まり、任せていいかい?」


「はい。学園長から鍵は預かっていますから」


 俺は制服のポケットから部室の鍵を取り出して見せる。それを見た湯平部長は頷いたあと、部室から去っていった。あれだけ騒がしかった部室が、一気に静かになる。


「……わたしたちも帰る? 今なら雨降ってないし、バス停まで行けると思うよ?」


「今からバス停で待つのもなぁ」


 日曜日はバスの本数が少ないし、次の便まで30分近くある。早く行ったところで待ちぼうけを食らうだけだ。


「でも、また雨降り出しちゃうかも。わたし、折りたたみしか持ってないよ」


「俺は傘すら持ってないぞ」


「じゃあ、相合い傘する? あ、弱い雨なら『水』のカードで避けられるかも」


 玲奈は名案とばかりに言って、胸の前で手を合わせる。どうやって『水』のカードで雨を避けるのか、俺には見当もつかなかった。


 ……その時、強烈な光と爆音が響き渡る。雷が校舎の近くに落ちたのだろう。


「わわわっ!?」


 その直後、玲奈が飛びついてきた。その拍子に、腕に柔らかいものが触れる。


 ……もしかして玲奈さん、他の皆がいる間は遠慮していたとかそんなオチですか。


 驚きのあまり、そんなことを考えてしまう。落ち着け、俺。


 一度かぶりを振って、窓の外を見る。眼下に広がる中庭の一角から、煙が上がっていた。


「雷、あそこに落ちたのか……ん?」


 落雷の痕跡を見ようと、さらに目を凝らす。そこに、雷を纏ったシカがいた。


「……玲奈、あれってまさか」


「え?」


 右腕に抱きついたまま、玲奈が俺の視線を追う。そして息を呑んだ。


「あのシカ、普通じゃないよね」


「ああ、たぶんマグナカードだ」


「ど、どうするの? 学園長先生、いないんだよね?」


「そうだけど、放っておくわけにもいかないだろ。俺たちだけて捕まえるんだ」


「えぇっ……本気なの?」


「ああ、アルスマグナ、出動だ」


 ◇


 不安顔の玲奈を引き連れて、俺は中庭へとやってきた。


 この中庭はたくさんの木々が植えられていて、花壇やベンチもある。普段は生徒たちの憩いの場になっている場所だ。


 そんな場所も、今は異質な空間と化していた。


 時折バチバチと何かが弾けるような音がし、草木は逆立っている。


じゅんくん、本当に大丈夫なの?」


 そんな中、俺たちはベンチの陰に隠れながら、少し離れた場所に佇む巨大なシカを覗き見ていた。


 どうやらオスのようで、その頭には立派な角が生えていた。


 その角は見てわかるほどの強い電気をまとっていた。明らかにマグナカードに操られている。


「この距離なら、炎の槍で仕留められるはずだ。不意をつけば、いけるさ」


 玲奈に向けてそう言って、俺は静かに『炎』のカードを発動させる。


 訓練の成果が出ているのか、手の中に出現した炎の槍は以前より大きく、鋭くなっている気がした。


 そのままベンチの上に跳び上がると、シカに向けて狙いすました一撃を放つ。


 ところが、俺の攻撃は角から放たれた雷によって迎撃され、奴に届く前に消滅してしまった。


 その直後、生気のない目が俺に向けられた。やべ、見つかった。


 次の瞬間、奴は後ろ足を軸に立ち上がる。周囲に静電気が発生し、自分の髪の毛が逆立つのがわかった。


「准くん、危ない!」


 その時、玲奈が俺の隣に立ち、水の盾を展開した。


 それを見て、俺はハッとする。


「玲奈、水はダメだ!」


 俺は叫び、ベンチから飛び降りる。そのまま玲奈を押し倒しながら、地面に突っ伏した。


 ……一瞬の間をおいて、ベンチに雷が落ちる。爆音とともに、視界が白く染まる。


 視線を上げると、俺たちが先程まで乗っていたベンチは真っ二つになり、煙を上げていた。


 なんとか起き上がった時、シカが再び前足を上げるのが見えた。


 ……やばい。またあの攻撃が来る。


 俺はとっさに、一枚のマグナカードを手に取った。

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