第6話

盗賊団の長がドルドであるというのは、構成員の誰もが認める事実だ。

しかし、盗賊団の全てをドルドが1人で管理しているのかと言うと、そうでは無い。

明確に2番手と呼べるような存在はいないが、3番手と呼べる存在は2人いて、更にその下に4番手と呼べる存在が十数人程いる。


アルトとレーダが洞穴に帰ってからしばらくしてドルドと数人が、レーンとロランを連れて帰ってきた。


レーンは圧倒的な個で、ロランも十分に強い個であるのに対して、盗賊団は全員でかかってもあのレーンの不思議な力には対抗出来ないだろう。

それが分かっているから団員達は、ドルドと共にいるレーンやロランを憎々しげに見ながらも、誰も手を出さなかった。

アルトと共にいるレーダもレーンとロランの存在を睨みつけている。


(たぶん、姉さんのは皆とは少し方向性が違うよな。どうせ、次に戦った時に勝つ方法を考えてる)


盗賊団は全体で敗者だが、レーダはその中でも特に敗者と言える。

他の構成員が戦うまでもなく怯んで心が折られたのに対して、レーダは挑み、その結果負けた為だ。

直接敗北したレーダの眼光は誰よりも鋭く2人を睨み付ける。


レーダが憎々しげに口を開いた。


「まったく情けない。皆、心から負けてちまってんの。この中に、せめて寝込みを襲ったら勝てるかとか考えてる奴は何人いんだろうね」

「……姉さんは、考えてるの?」

「そりゃもちろん。剣で負けても心で負けるつもりは無いよ。と言っても、寝込みを襲って勝ったんじゃそれはそれで負けた気がするからやらないけどね」


レーダは良くも悪くも馬鹿であるが、その馬鹿さが悪い方向に働いた時をアルトは知らない。

それどころか馬鹿であるが故のこの反骨心は、無法者である以上皆が大なり小なり真似るべきものだとも思っている。


(そもそも、1番の馬鹿は間違いなく、僕だ。盗賊団から逃げる勇気も無く、誰かに言われるがまま誰かを襲って。それで人は殺したくないと言って、出来るだけ殺さないようにと……。偽善じゃないか)


ドルドがレーダを初めとして、盗賊団の中でも地位が高い構成員を全員呼び出す。

当然ながら一戦闘員に過ぎないアルトは呼ばれない。

レーダはアルトを置いてドルドの元へ向かい、全員が集まった所でドルドは彼らを引き連れて洞穴の奥に進んで行った。


洞穴の奥には地図等を置いた、会議室の様なものがある。

おそらくはそこでレーンの言った交渉とやらについて話すつもりなのだろう。


レーダとも別れたアルトには、特にやるべき仕事もない。

暇を持て余したアルトは、空を見上げた。


鳥の群れが、遙か頭上を飛んでいる。

そこに突然鷲か鷹か、獰猛で巨大な鳥が襲来して、群れは散り散りになってしまった。

巨大な鳥は獲物にありつけたのか、散り散りになった鳥達を追うでもなく元いた方向に飛び去って行く。


為す術もなく巨大な鳥にいいようにされていた群れが、今の盗賊団に被る。

アルトがそんな事を考えていると突然、背後から声をかけられた。


「君は、彼らと共に行かないでいいのかい」


その声はレーンのもので、突然かけられた声に驚いたアルトは、思わず身構えて振り向きざまに剣を抜こうとする。


「ッ――」


しかし、先程の戦いでも見せた独特な動きで瞬く間に距離を詰めたレーンは、剣を抜こうとするアルトの手を上から握り、制止した。


「物騒な事は、今はやめよう」

「……どうして、あなたがここにいるんだ」

「レーンと呼んでくれ。その為に名前を教えたんだ。まあそれはいいとして、何処かで腰を下ろして話をしよう。ほら、あそこの木陰なんてちょうど良さそうじゃないか」


―◇―◇―◇―◇―◇―


アルトは強く逆らう事も出来ず、レーンに従った。

周りの視線が、明らかにこちらに向いている。

というよりも、レーンに向いている。

露骨に向いているものは少ないが皆「何故ここに」とでも言いたげな顔だ。

中には憎々しげに睨み付けるものもいる。

よく見ると女達の中には、アルトにはよく分からない表情をしている者がいる。


(そうか、顔だけはいいから)


こうして近くで見るとレーンの顔の造形は、まるで物語の中から飛び出して来たのではと言いたくなるほどに整っている。

アルトに見られてる事を気付いたレーンは聞いた。


「顔になにかついてるかな?」

「いえ。顔が綺麗だな、と」

「……もしかして君、そういう趣味が?」


レーンの顔が引き攣り青くなる。


「そういう趣味?」

「いや、分からないならそれでいいんだ。分からないままでいてくれ」


レーンは何となく安心したような表情を見せた後に、わざとらしく咳払いをした。

つい先程まで敵対していたはずなのに今2人は、平然とした様子で話が出来ている。

命を狙いあった相手とこうやって話をするなんてとは初めての経験で、アルトは表情には出さない程度にだが驚いていた。

盗賊団、それも馬賊と呼ばれる類である以上、アルトと戦った相手は基本的に一期一会。

相手を殺さず生かしても関係なく、それが今生の別れとなる。

そして、戦いの結果アルトが命を見逃したとしても、相手はアルトを恨むだろう。

それだけの事をしている自覚はアルトにあったし、それどころか恨まれてしかるべきとすら考えている。


「……あなたは、レーン……さんは」

「なんだい」

「僕を憎んだりしていないんですか。たしかに負けたのは僕達ですけど、僕達はあなた達を襲った側のはずです」


途中参戦の為推測が混じるが、おそらくはその通りだろうとアルトは考える。

ほぼ確実に、攻撃を仕掛けたのは盗賊団の側だ。


「憎む、ねえ。憎むまでもないね。まあ力の差ってものがあるからね。子供のイタズラを怒る大人はいても、憎む大人はそういないだろう」

「大人と子供……」


言われてみれば確かに盗賊団と、レーンとロランの間には大人と子供か、それ以上の力の差があったように思える。


「むしろその質問はこちらが聞きたいね」

「え?」

「君も見ただろう?私は君の姉に剣を突き立てたんだ。それに怒りは感じないのかい」


レーンの疑問はもっともだった。

レーンの心の余裕は、盗賊団とレーンの間にある大きな力の差から来ている。

ならば、その力関係においての弱者の側はどう感じるのか。

アルトは知っている。

レーダを初めとして、盗賊団の多くがレーンを憎々しげに見ていた事を。

ではアルト自身はどうだったのか。

アルトは自分を考え直す。


「……よく、分からないんです」

「分からない?」

「憎しみとか、恨みとか、怒りとか。僕はたぶん、いつもそういうのを向けられる側で」

「そうは言うが、盗賊団というのも1つの大きな共同体だ。その中でもそういった感情のやり取りはあるはずだ」


レーンの言葉踏まえて、アルトはもう一度考え直す。

その上で、1つの答えに辿り着いたがアルトはそれを隠した。


「……すいません。やっぱり、よく分かりません」

「ふーん」


レーンから真っ直ぐと見つめられる。

まるで心の奥まで覗かれている様な、嫌な気分になって、アルトは急いで話を逸らす為の話題を考える。


「そういえばどうしてレーン……さんはここに。団長達と交渉をしたいと言ってたはずじゃ」

「ああ、そんな事かい。それについては大丈夫。もう要求は伝えてあるから。それにめんどくさい事はロラン――私の従者に任せてあるからね。それに私は少し、君と話してみたかった」

「僕と?」


何かレーンの興味を強く惹くような事をしたかと考えるが、心当たりは何も無い。

すると、レーンがをアルトに見えやすいように見せてくる。


「君も分かってはいると思うが、あの時地面を抉った突風はこの指輪の力だ」


何となくそうだとは分かっていたが、こうして本人の口から明言されると、尚更指輪が謎の存在に見えてくる。


(――そう、あの時僕は)


妖しく光る指輪に身構えていると突然、アルトの視界が何かに遮られた。

少し遅れてそれが砂埃だとか、色んなものが混じった煙だと気付くと同時に、盗賊団の仲間達の呻き声が、アルトの耳に届いた。

突然の変化に何をしていいのか分からないでいると、レーダが危険な状況に陥った事が、また耳に届いた。


(そして僕は、意を決して姉さんの声がした方向に走ったんだ)


「さて、聞きたいんだが、どうして君はあの攻撃を食らって無事だったのかな。目立った外傷はおろか、服にすら傷がついていたように見えなかったが」


それはアルト自身でも疑問に思っていた。

そして、風が理外の力なのだから、そういうものなのだろうとアルトは結論付けで、思考を放棄していた。

しかしレーンの様子を見るに、どうにもそういうものでは無かったらしいと分かった。


「……どうしてなんでしょう」

「君自身にも分からないんだね」


アルトの答えにもなっていない答えを聞いたレーンは、それを不満に思うどころか、何か面白い玩具を見つけた子供の様な笑みを見せた。


「まあ分からないなら分からないでいいさ。ロランに任せた交渉もまだしばらくは終わらないだろうし、もうしばらくここで話していてもいいかな」

「ええ。僕でよければ」


アルトはこの時、レーンに対して盗賊団の仲間に向けるのと似た好印象を抱きつつあった。

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