27CLUB
橘暮四
第1話
ハッピー・バースデイ。二十七のそれに灯った燈は煙草の火だった。蝋燭の火を吹き消すように、ふうっと息を吐く。上っていった煙が月に掛かって、その光を朧に見せた。喫煙所に影ができた。
「いい夜だね」
横を向くと藤本がいた。ベースを前に抱えながら、片手で煙草の箱を弄んでいる。
「今日の箱は音響も良かったし、ライブは大いに盛り上がった。新曲は好評。おまけに月までも隈なきときた」
お前にはそう見えてるのか。そんな癪なことは、口に出さなかった。その言葉を吐き出す代わりに煙を吸って、吐く。
「打ち上げ行ったんじゃなかったのかよ」
「行くさ。他のメンバーにはタクシーで待ってもらってる。ただ、行く前にちょっと入れたくて」
タクシー。俺は口先で繰り返す。
「随分豪勢だな」
「まあね。ウチのバンドはチケットを余らせない」
藤本はそう言って俺のギターを流し見る。冷めた目つきだ。火の点かない煙草を手持ち無沙汰に揺らす仕草に、思わず舌打ちが漏れた。
「わざわざ、それを言いに来たのかよ」
「別に。でも、だからどうしたっていうんだろう? 君のバンドはウチの前座で、大して盛り上がりもしなかった。新曲のひとつも演らない。チケットも真面に捌けない。それが全部でしょ」
「黙れよ」
灰皿に煙草を押しつけた。じうと小さな悲鳴を漏らして、火は消える。汚い灰皿が、またひとつ汚れていく。
藤本はその潰れた煙草をぼんやり眺めていた。もう無くなってしまった光をそこに見いだすように。そしてゆっくりと、俺の顔へと視線を向ける。そのまなざしのままで。
「殴らないのか?」
「は?」
「君は僕を殴らないのか、って訊いてる」
酒が入ってたら殴ったよ、と返して、俺は視線を逸らした。こいつと張り合っていたってどうしようもない。
「きっと、それなんだろうな」
独り言のような声音だった。藤本もまた、視線を外して空を見上げていた。
「昔の君はそうじゃなかった。高校生のときは、酒がなくても僕を殴っていた。殴ることができていた。僕が一緒にバンドをやりたいと思えたのは、そんな君だったからこそだった。なのにどうして、君はこうなっちゃったんだろうね。死にかけの
本当に、殴ってやろうかと思った。拳が固くなるのを感じた。でも、結局は何もしなかった。何をしても間違っているような気がしたから。そして、そんなことを考えられるくらいには、俺の脳は冷め切っていることに気がついたから。藤本は呆れたように鼻を鳴らした。
「もう何を言っても、君には響かないんだろうね。もう二十六歳の『大人』にはさ」
「二十七」
「うん?」
「二十七になったんだよ、今日」
俺がそう言うと、藤本は少し笑った、ような気がした。そんなのをわざわざ確かめようとは思わない。
「いいじゃないか、
そう言って、藤本はベースを担いだ。結局一本も吸わないまま、喫煙所から出て行こうとする。そして出入り口で、ふいに立ち止まった。
「まあ、今の君には関係ないだろうけどね」
足音が遠ざかるにつれて、静寂が大きくなった。その空白に、藤本の言葉が染みを作っていた。
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