第4話なんで?

「うーん違うなぁ」

 目の前の水球は、上下にぷるんぷるんしていた。

「広さじゃないみたい」

「むしろ揺れ大きくなってるなぁ。逆に狭くしてみる?一応」

「うん」

 水球をぽいっと地面に捨てると、ヘルは左手からまた水魔力を出し始める。すると今度は手の平の真ん中から1cmほどの小さな水球が次々と生まれ、列をなしてぽこぽこと浮かびあがり水球を形作っていく。これはこれで綺麗な現象だ。全ての水球がぷるぷると揺れ、日光がきらきらと不規則に反射される。二人してまた、おーと目を見開く。

 好奇心に駆られ、僕も右手を出すと緩める範囲を狭くしてみる。

 水魔力を流すと、思ったのと違う現象が起きた。僕の水魔力は手の平から細く伸びて、まるで注ぐように球を大きくしていく。それを食い入るように見ていたヘルが、口を開く。

「そもそも、魔力の性質が違うみたい」

「ね。僕の方がさらさらしてるって感じ」

 そして、思い出す。小さい頃、僕が水魔法を教えてもらったときのことを。

 最初に言われたのは、体の中に水を流すのをイメージするということだ。僕は言われたとおりにイメージした。・・・何も起きなかった。当たり前だ。本当にイメージしただけだったから。魔法は人間に備わる機能だ。イメージで使えるものではない。朝無理やり起きようとしている時、起きるイメージはするけど体はぴくりとも動かないことあるだろう?そういうことだ。

 次に言われたのは、体を冷たくしようとしてみて、だった。どういうことだろうと思いながらも、僕は体に意識を向けた。

 その瞬間に理解した。頭の中の何かを動かすような感覚を掴んだ。今まで無意識にやっていたものが、意識のなかに形を持って現れた。

 僕はその日、初めて水魔力というものに触れた。

 このときの感覚が僕にとっての水魔法だけど、これは絶対的なものなのだろうか。魔力の感じをちょっと変えることは、できる気がする。ずっとこの感覚でやってきたから変えるのは違和感があるけど。ゆっくり流す感じにするとか、逆にとんでもない勢いを込めるとか。あとは、うねる感じとか

「タクマ」

 右頬が引っ張られた。痛くはないがはっきりとした触覚に、僕は自分の体の存在を思い出した。

「戻ってきて」

「きました」

「何考えてたの」

 あれ、なんだっけ。

 僕は、体に戻ってきた衝撃で遠くに吹っ飛んでいた考えをずるずると引っ張ってくる。そうだ、気になることあるな。

「あのさぁ、ヘルってコレどうやって教えてもらった?」

 水球を持ち上げながら聞くと、ヘルが答える。

「お風呂で遊んでたらできてた」

「お風呂で遊んでたらできてた!?」

 そんなことできるの!?と仰天する僕を見て、ヘルは嬉しそうに笑う。

「すごいでしょ。パパとママにもびっくりされた」

 普通にすごい。すごいけど。

 ふふんと自慢げなヘルにちょっと対抗心が湧いてくるが、「出来はあれだけど」なんて言った暁にはそこらの壁に埋まる羽目になるので、どうにか抑える。

・・・待てよ。お風呂で遊んでたら?


 僕は、自分に降ってきた一つの解答に震えながら水球を捨てた。ずっと、冷たいものだと思っていた。だって、『水』魔法なのだから。

 でも、お湯だって水は水だ。まあ水っていう言葉の範囲なんて関係ないけど、つまり僕は完全に固定観念に縛られていた。体を温かくする感覚でも、水魔法はできるっていうのか。こんなの、ヘルが天才じゃ無かったら絶対に思いつかないことだろ。

 僕は、体に感覚を移す。水魔法を使う感じを、温かい感じで。魔力が巡ると、僕は手の平を緩めた。

 出た。水魔力が。手の平の上に、透明な液体が湧いてくる。そしてそれは、手の平にくっついたままぷくっと膨らんでいった。液体は少し大きくなるとぷつんと切れて浮かび上がった。水球はくわんくわんと揺れている。

 僕は横を振り向いた。

 ヘルは、眉をハの字にして驚愕の表情を浮かべていた。

「それ、私の魔力・・・」

 僕は不思議そうなヘルの目をしっかりと見つめ、真剣な顔をして言った。

「ヘル、冷たくしてみて」


 ヘルは僕から少し離れると、心底嫌そうな顔をして言った。

「近寄らないで」

「うんうん、この冷ややかな視線と冷たい態度はやはり心を抉りつつも胸の奥をキュッと締め付け微かな快感を・・・ってちがぁぁぁーーーう!!!!」

 なにかよくない扉を開かれそうになった。扉を無理やり押さえつけて肩で息をする僕をヘルが不思議そうに見る。

 なんか無駄にリアルだったな今の。

「僕が言ったのは、体を冷たくする意識で水球を作ってみてってことだ」

「そういうこと」

 いやわかってただろ。

 ヘルが左手を出す。

 自分はやっといてあれだがそんな簡単にできるんだろうかと見ていたら、ヘルの左手に液体が湧き出す。それは、するすると尾を引きながら浮かんでいくと空中で止まり球を生成し始めた。

 僕らはおぉ・・・!と身を乗り出しながらその様子を観察した。明らかに粘度が減っている。これが揺れの原因だったのかと今まさに腑が落ちようとしていた。

「・・・あれ?」

 僕らは眉をひそめた。

 水球と手の平をつなぐ透明な柱が・・・揺れていた。ゆらりゆらりと、水球に揺れを伝えている。

・・・・・・。

「「・・・・・・なんで?」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る