-第14話- 新種のスプライト
「それで『スプライトの存在を確定させる』っていう『何かの媒介物』ってやつを見つけたのかよ?」
「ああそうだ、これを見てくれ」
シリルが指し示した記事の記録によると、ツングースカ大爆発を起こした後にその爆発で気化したり塵となった物質が大量に大気圏内を漂い、巨大な夜光雲を形成したという。
それは遠く離れた欧州各地でも観測され、それどころかロンドンでは真夜中に灯りなしで新聞が読めるほどだったとも言われる。
「その夜光雲がなんだって……あっもしかして、そういう事か!」
「お前にも分かったみたいだな、つまり夜光雲は一種の畏怖を醸し出す存在として欧州中や全世界へも広がったわけだ。そして、それに乗ったツングースカ隕石のスプライトが人々の群意識場へと作用すれば……」
「なるほどな。もしそれが可能だったならば、依代が無くったってスプライトとして存続出来るケースなんか多いわけだし、ウィルのお仲間もそうやって生き残れたかも知れないってわけか」
「問題は、そこでどんなスプライトに変化したかって事なんだよな。当時に何か新種のスプライトが世間を騒がせたとか、そういう事例ってないんだろうか」
「うーん、そんな奴なんか当時居たかなぁー」
アンソニーが首を思い切り横に倒しながら自身の記憶を手繰らせようとした。
「んんー、むむむ……二〇世紀初頭あたりで出てきた奴で……ウィルみたいに遠隔から機械を自在に操ったり壊したり出来る能力を持ってて……」
そこでシリルが、氷底洞でウィルと出会ったばかりの時にアンソニーが言っていた事を思い出した。
「そう言えばアンソニー、何か似たような能力を持ってたスプライトに会った事があるって言ってなかったっけ」
「あっ!」
アンソニーが首をピョコンと縦に勢いよく戻した。
「思い出した、アイツだアイツ! 名前は何だっけ……えーと、えーと……あっ、そうだ。
アイツの名は……『グレムリン』だ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「グレムリン? 聞いた事が無いな」
「えっ、マジかよ。何で知らねえんだ、二〇世紀当時は割と有名なスプライトだったと思うんだけど」
「いや、全然知らないよ。だいたいアンソニーだって、今の今まで忘れてたじゃないか」
「それはそうなんだけどさ……うーん、でも確かにいつの間にかあの連中は居なくなってたんだよなぁ。どうしてなんだろう?」
「ウィルはグレムリンというスプライトに聞き覚えは……」
「ゴメンナサイ、マッタクシラナイ」
「だよな」
「ともかくもし、そのグレムリンというのがツングースカ隕石由来だとしたら、ウィルもまたそのグレムリンに近しいスプライトって事になるのかも知れないのかな」
「どうだろうな、まあそうかも知れねえけど、姿形はアイツらと全然違うぜ」
「一体どんな姿をしてたんだい」
「えーとだな、まず大きさはだいたい六インチから一フィート位で肌は緑灰色をしててさ、オイラ達みたいなズボンとジャケットを着て時々帽子を被った小人の姿をしてたな」
アンソニーが自身のジャケットをピラっとひらめかせた。
「小人って事は、やっぱり妖精の類って事なのか」
「いやそれが、オイラ達の前に現れた時はまだ姿が妙に定まってなかったんだよな。だけど段々とまるでオイラ達の姿を真似たような姿形になっていって、数年後くらいにはもうお決まりの姿になってたってわけさ」
「姿が定まってなかったというのも不思議な話だな。多くのスプライトは昔からの神話や伝説だとかから生まれ出てくるもので、姿形はだいたいそこで決まってくるものだし、そう考えるとそのスプライト……グレムリンは二〇世紀初頭に生まれたばかりの新種って事になるよな。となるとやっぱりツングースカと何か関係がありそうだ」
「確かに思い出してみれば、アイツらはよく飛行機とかに乗って人間や機械にいたずらをしまくってたんだよ。一度どうしてそんな事をやってるのか訊いた事があるんだけどさ、何でも「人間と話をする為だ」って言ってたっけ」
「人間と話をする? どういう事なんだろう。人に対して何か特別な感情でもあったんだろうか。機械に執着するのも不思議だし、単に悪戯好きってわけでも無さそうだしな」
「そう言えばようやくあの頃の記憶が色々蘇ってきたけど……アイツらはどういうわけか人間の作り出す機械だとか道具の扱い方をよく知っててさ、それでオイラ達みたいな普通のノッカーだとかフェアリー達に、その事を教えてくれてたんだよ」
アンソニーは空中でキーボードを叩く真似をしながら呟いた。
「そのお陰でオイラ達は、急激に発展する人間の文明と何とか折り合いを付けてやって来れたんだよな……そういう意味じゃさ、アイツらに感謝してもしきれねーんだ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二〇世紀から二十一世紀にかけてはスプライト……古来より妖怪や精霊や妖精などと呼ばれてきた存在達が、急速にその棲息域を狭めていき絶滅寸前にまで追い込まれていった時期だった。
その状況が一挙に覆ったのが、あのAIに取り憑いたファントムによるカミングアウト事件だったわけだが、その頃まで彼らがどうにか生き長らえていたのはグレムリンの手助けによるところが大きかったという事なのだろう。
例えば幾つかの地域での伝承によれば、妖精や精霊の一部は人間の作った工業製品を嫌ったり、古くからの伝統的な道具を使い続けていたりするものだった。
しかし近年……特に宇宙時代に入ってからのスプライト達は、驚くほどに人間社会への順応性が高くなっている。
そのきっかけが、グレムリンというスプライトにあるのかも知れない。
「聞けば聞くほど不思議なスプライトだな。でも、今は全く忘れられてる所からすると、今はもうどこにも居ないって事になるのだろうか?」
「モウドコニモイナイ……ソウダトシタラ、サミシイ」
「ああごめん、今の話はまだ単なる仮説に過ぎないし、探してみたらまだどこかに隠れて棲んでいるのかも知れないと思うよ」
「ソウダトシタラ、サガシテミタイ」
「よし、そうしよう」
シリルは手をポンと叩いた。
「とりあえず手がかりとしては、いつ頃にグレムリンは居なくなっていったか、そして最後に目撃されたのはどこだったのか、ってとこかな」
「うーん、オイラが覚えている限りだと……だいたい第二次世界大戦の辺りまでなんだ。その頃は確かオイラ達の仲間よりも遥かに多くのグレムリンが居て、しかも連中は当時に使われてた飛行機にスゲー夢中になってたみたいでさ、それこそ世界中の戦場で目撃されてたって話だった。でも戦争が終わるとすぐにいなくなっちまったんだよ」
アンソニーはそう呟きながら、天井付近をグルグルと回った。
「一体、アイツらはどこに消えちまったんだろうな……」
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