靴の裏
黒猫の旅人
短編
ぼくは歩くのが苦手なんだと思う。
ずっと、下を向いていた。
ぼくの前を歩く人たちの靴の裏を見つめていた。
そこには嫌味が書いてあった。
その文字を見つめていた。
歩く人たちの靴の裏に、ぼくの嫌味が書かれている。
ただ、そんなことを言ったら、ぼくは頭がおかしいと言われるに違いない。だから、何も言わないで、ぼくは駅前の雑踏の中を歩いていくことにした。駅の歩道のデジタルサイネージが放映されていた。それなのに、ぼくはずっと下を向いていた。歩いている人のズボンと靴の裏を見つめていた。ズボンのすそが上がると、靴の裏が見える。そこに、ぼくの嫌味が書いてあった。
嫌味は、両親や友達の言葉のようだった。
≪どうしてさ、やめちゃったの? やめなかったよかったのに…≫
ああ、不快でしかない…。
そんなことを言われる必要なんてどこにあるんだろうか…。そんなことを思う。誰にだってさ。自由に生きる意味はあるんだと思うのにさ。そう思うと、ぼくは下を向いていた。
ただ、ぼくは前には進んでいるのだろうか。同じ道を歩いているだけ。何処に向かっているのか。ああ、何もかも面倒になってきているような気がした。だから、ぼくは前を見る必要などない気もする。いや、すべてが面倒になっていたというべきだ。
≪私たちはね、あなたの行動を評価していますからね≫
うるさい、うるさいよ…。
じゃあさ、ご希望に添うように進めさせていただきますよ、とボソッと声を出してみた。もちろん、誰にも聞こえやしなかった。街はたくさんの音で満ちていたからさ。ぼくの声なんて聞こえてはいなかった。近くで、男子高校の集団の大きな声が聞こえてくる。
≪あなたはおかしいのよ…。妥協をしなくちゃ…≫
その時、ぼくは苛立を感じしていた。それはどこがですか? そう思っても、ぼくはそれを伝えることはできない。
いったい、何をしたらいいかがわからないせいだろう。
≪いつも、不満があるみたいね…≫
でもさ、あなたも、ぼくの考え方を受け入れていないじゃないか、何処にだって似たようなことはずだ…。まして、みんな、誰だって不満ぐらいあるでしょ…。ああ、もういいよ、わかりましたよ。では、ご理解いただけるように努力させていただきますよ。
≪期待をしてもいいってことよね?…≫
それを見ると、ぼくは立ち止まりたくなっていた。
ただ、ぼくは止まることもできなかった。
ずっと、嫌味が書かれている。ぼくは靴の裏を見つめていた。ああ、下を向かないで、前を向けばいいんだよ。ぼくは自分に問いかけてみる。それなのに、前を歩く人の靴の裏ばかり見つめていた。きっと、前を向くことができなくなっているんだ、と自覚をしなくちゃいけなかった。心は壊れてしまいそうだ。前なんて向けるはずがないんだ。いろんなことで傷だらけになっている。それなのに、立ち止まることはできなくなっていた。誰かの声が聞こえても、それが救いなのか、さらにぼくを傷つけるのか、それすらもわからなくなっていた。ただ、歩く人の靴の裏を見つめていた。ぼくは自分らしく下を向いてもいいのだろうか、それはぼくの問いである。笑え、笑うんだと思う。きっと、その言葉を思いながら、ぼくは下を向いて歩いていく。ずっと、前に進んでいこうと決めたんだから…。
靴の裏 黒猫の旅人 @kaku_maki
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