第8話 強制参加体育

 火傷の治療薬を作らされた理由が判明したのは、翌朝のことだった。


 週に二度の体育の授業。こればかりは体調不良でもない限り強制参加らしく、昨日は神社にいた彗も、昨日一日姿を見せなかったあめも、もちろん私と未琉も、ジャージ姿でグラウンドに集まっていた。


「全員揃ったな~。偉いぞ~」


 同じくジャージ姿の栗枝先生は、全員出席したことにご満悦の様子。にかっと気持ちのいい笑顔を浮かべている。それがむしろ、私に嫌な予感を与えていた。おまけにあめが私達側ではなく、先生の隣に立っているのだ。一体何が起こるのやら。


 あめを従えた先生がにこやかに説明を始める。


「魔法を使うのも、魔法薬を調合するのも、意外と体力勝負なんだ。例え弱い魔法であろうが使い続ければ疲弊するし、魔法薬だって、ものによっては何時間もかき混ぜ続けなくちゃいけない。そんな時にものを言うのが基礎体力だ。体力の有無が、勝敗を決める。っつーわけで、お前ら三人には火野屋相手に鬼ごっこをしてもらう。お前ら……特に薬袋みないと火野屋の体力差は天と地ほどある」


「そりゃあ、あたしの名前、天上天下唯我独尊の天って書いてアメだからな!」


「お前は自分の名前を説明する時に、いちいちソレ言わないと気が済まないのか……?」


 元気よく答えるあめに、先生がすかさずツッコミを入れた。


「それはさておき、いきなり始めるよりは、まずはウォーミングアップからだな。とりあえず全員でグラウンド二周な。はい、よ~いどん」


「うおっしゃー! 行くぞー!」


「え、え⁉ もう⁉」


 突然の開始の合図に、張り切って走り出したあめ。私と未琉と彗の三人も慌てて後を追う。


 あめの走る速度はジョギングにしては少し速いが、ついていけない速さでもなかった。ゆらゆら揺れる真っ赤なポニーテールを先頭に、黙々と走る。


「ほい。お疲れ様~」


 二周走り終えた私達に、先生が労わりの言葉をかけた。久し振りに走ったからか少し息が上がっているが、これから鬼ごっこをするのに支障が出る程でもない。……のは私と彗だけで、未琉は顔を赤くして息を切らしていた。どうやらついていくのがやっとという状態だったようだ。走り始める前と様子が変わっていないあめと比べたら、確かに基礎体力はてんと地ほどの差がありそうだ。


「話に聞いてはいたが、薬袋みないの体力の無さがここまでとはな……。仕方ない。薬袋は私と一緒に簡単なトレーニングから始めよう。しばらくの間、鬼ごっこは火野屋、龍神たつかみ根音ねおとの三人だけでやるとするか。んじゃ、ルールは火野屋が説明しといてくれ。薬袋はこっちだ」


「……ぅ」


 小さくだが明らかに拒絶の意思を込めた呻き声を出す未琉を、先生がどこぞへと連れていった。体育の授業という都合上、未琉は現在タブレット端末を持っていない。あれがないと会話ができないのかは不明だが、疲れたとか喉が乾いたとか、そういった意思を伝えられるのかが気になり、少々不安に思う。無事にこの時間を終えられればいいのだが……。


 対して元気いっぱいのあめが、意気揚々と鬼ごっこの説明を始めた。


 彼女の背後で起きた爆発と共に。


「……え。何……?」


 腕組みをし、自身に満ちた顔で爆風を受けるあめ。私はそこはかとなく嫌な予感がして、思わず彗の顔を見た。すると彼女も私と同じ気持ちなのか、目が合った。しおらしい乙女の顔は今や、絶望に満ちている。


「鬼ごっこくらい知ってるだろ? 鬼から逃げる。ただそれだけだ。お前らはあたしから逃げればいい。……そう。爆発を起こしながら追いかけ回すあたしからなぁ!」


 どごおっ‼


 またしても天の背後で爆発が起きた。しかもさっきよりも大きい。


「な、何で⁉ 何で爆発⁉」


 殺す気か⁉


「だってフツーにやるだけじゃつまんねーだろ? それに昨日、あのちっちゃい先生から言われたんだよ。『お前の特性を十分に活かして他三人を鍛えてやってくれ』って。あたしの力が必要だってんなら、力を貸さなきゃ正義の名折れ!」


 ニッと笑みを浮かべるあめの背後で、またまた爆発。今度は爆炎つきで、熱風がこちらまで伝わってきた。熱い。


(これか……)


 こうなるとわかっていたから、先生は昨日火傷を治す魔法薬を調合させたのか……!


(先生が午後の授業を未琉に任せていたのは、あめさんを探して私達に地獄の鬼ごっこをさせるためだったのか……!)


「ちなみにあたし以外魔法使うの禁止な。これも先生が言ってたルールの一つ」


「あ、悪魔……」


 彗が絶望に満ちた声を出した。もしかして魔法の使用が認められていれば、私を置いて一人で逃げる気だったのだろうか。


「悪魔だぁ? ちげーよ。あたしは……正義の味方だあ!」


 どばああああああん‼


「いや絶対違うよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」


 一際大きな爆発を合図に、私と彗は走り出した。こうして、あちこち爆発させながら迫ってくるあめから逃げ回る、あめに捕まっても爆発や炎に飲み込まれても地獄行き確定な鬼ごっこが始まった。

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