お茶会で会いましょう
黒本聖南
土星
とおるさんは、とにかく土星が好きな人だ。
とおるさん宅の部屋の中は、至る所に土星が置かれている。土星の置物、土星の絵、土星の小物とかとか。とおるさん自身も、土星のイヤリングやネックレスで飾り立てられている。今日はそれらに加えて、土星柄の大きなヘアクリップで、とおるさんの白っぽい金色の長い髪をまとめているようだった。
「色違いで買ったから、めぐみちゃんの髪もまとめてあげる」
「いや、そんな」
「遠慮しないの。こっちの色なら、めぐみちゃんの黒髪にもよく似合うと思うし」
そうやって、ボクの髪にも土星が宿る。
どこもかしこも土星土星土星と、もはや見慣れたとおるさん宅の光景だけど、今日は何となくその理由が気になった。
午後三時はおやつの時間。
ダイニングテーブルにとおるさんと向かい合って座りながら、ココアやお菓子を楽しみ、話が途切れたタイミングで、何で土星なんか好きなんですかと訊ねてみたら、笑みを浮かべながらじっとりした目で睨まれてしまった。
「めぐみちゃん、土星なんか、とか言わないで。私がどれだけ土星を愛しているか、この部屋や私を見れば分かると思うの」
「ご、ごめんなさい」
「よし」
とおるさんは優しい人だ。ボクにはとっても優しい人だ。怒る時は笑顔のままだし、声も柔らかい。ボクがまだ子供だから、優しくしてくれるんだろうな。
その優しさに甘えるように、今度は言葉に気を付けながら、同じことを訊いてみた。
「とおるさんは、どうして土星が好きなんですか?」
「知らないわ」
「え?」
「何かを愛することに理由がいる? 気付いた時には土星に心惹かれていて、こうして集めるようになった。それだけよ」
「……そんなことってあるんですね」
「あるのよ」
めぐみちゃんにも土星の良さが分かるといいんだけど、と言いながら、とおるさんはココアの注がれたジョッキの取っ手を握る。とおるさんはカップではなくジョッキで、ココアや紅茶を楽しむ人なのだ。そのまま口に運んで一気に飲んでしまった。
テーブルの上にはお菓子がまだ残っている。おかわり作りますね、と空いたジョッキをとおるさんから受け取り、立ち上がる。そのタイミングで、部屋にチャイムの音が鳴り響いた。
「……あの人ですかね」
「あいつだろうね。めぐみちゃん、おかわりはいいから、迎えに行ってもらってもいい?」
「……はい」
立ち上がる時にセーラー服のスカートの裾を直すことを忘れない。つい先日、後ろの部分が捲れたままなのを気付かずにあの人を出迎えてしまい、指摘されたばかりだ。二度とあんな恥ずかしい思いはしたくない。
廊下に出て、玄関へ。またチャイムが鳴る。うるさいなと思いながら、ドアを開けた。
──真っ黒い男。
ボク自身、黒髪黒セーラーと全身真っ黒だから人のことは言えないけれど、目の前に立つ男の方がよっぽど黒い。フード付きのパーカーにサングラス、デニムに靴も全て黒。パーカーのフードを目深に被っている上に縦に大きいから、何だか不審者感が凄まじい。
「……こんにちわ」
そう口にしてから、後ろに下がっていく。ボクが下がった分、男が室内に入ってきた。
「こんにちわー。てか
馴れ馴れしいことこの上ないが、いつものことだ。
「てか、ねえさんは起きてる?」
「とおるさんならダイニングにいます」
「そっか、ありがとう。そのヘアクリップ似合ってるね、ねえさんの?」
「貸してもらいました」
「ねえさんは優しいなー!」
ほんのり低い声を弾ませて、ボクの横を通り過ぎていく男。ドアの鍵を締めてから振り返ると、もうその背中は見えなかった。
ダイニングに向かうと、ちょうど男はとおるさんにお腹をぽかぽか殴られている所だった。
「ちょっ、ねえさっ」
「おーそーいー。めぐみちゃんとのお茶会始まってんだけど。何でいつもお前は遅刻してくんの? 私のこと舐めてんの?」
「舐めていいのっ?」
「きもっ」
心なしか、ボクと話している時よりも、とおるさんの声は低くなっている気がする。
ぼんやりダイニングの入り口で二人のいちゃこらを眺めていると、ボクの存在に気付いたとおるさんが申し訳なさそうに話し掛けてくれた。
「あー、ごめんね、めぐみちゃん。座って座って。お菓子食べましょう」
「そうだよ富樫ちゃん、一緒に食べよー」
「お前は私のココア持ってこい」
「はーい!」
男はテーブルの上に置いてあった空のジョッキを手に取り、ボクの代わりにキッチンへ。ボクがおかわり作りたかったなと思いながら、自分の席に座った。
「ありがとうね、めぐみちゃん」
「いえいえ、とおるさんにはお世話になっていますから」
それに……。
とおるさんの席の傍には、室内杖が立て掛けられている。とおるさんは足が、確か左足が少し悪いらしく、歩く時には杖が必要なんだとか。土星に紛れて部屋の中には手すりが備え付けられているけれど、ボクがいるならボクが主に動くべきだ。
とおるさんはありがとうねともう一度行ってから、テーブルの上のお菓子に手を伸ばす。ボクも食べようと思い目を向けたら、お菓子が増えていた。
元々ボクらが食べていたお菓子は、個包装されたマドレーヌとマカロンで、大きなお盆の上にたくさんぶちまけて、各々手に取って食べていたんだけど、お盆の隣に箱が置かれている。
「これね、あいつが……おびとが、持ってきてくれたの」
とおるさんはそうボクに教えてくれた後で、箱から取ったお菓子を口に運ぶ。土星の形をしたクッキーだった。
「あいつ、これ買うのに時間が掛かったのかしらね」
「……
「気持ちの悪いシスコンよね。まあ、血の繋がりないんだけど」
「……」
「笑っていいのよ?」
取り敢えず、苦笑いだけしておいた。
「なになになに? 俺がかっこいいって話でもしてたの?」
「お前が気持ち悪いって話」
「そんなー。俺かっこいいと思うんだけどー? 学生の時モテてたの、ねえさん知ってるでしょ?」
「お前と暮らしてたの、たった三年ぐらいだから忘れたわ」
「三年でも俺のモテっぷりは十分伝わったはず!」
「興味ないから分かんない」
「持って! 興味!」
「……」
黒崎おびとさん。
この二人はその昔、義理の姉弟だったらしい。二人の親が再婚して、でも三年くらいで別れて。そうなっても、こうして会っているってことは、二人の仲はそんなに険悪じゃない、むしろ良い方なのかもしれない。
「あ、富樫ちゃんはおかわりいる? ねえさんと同じココアだよね? 作ってきてあげるよー」
「まだ平気です」
で、ボク、富樫めぐみ。
この元義姉弟とはつい一ヶ月前に知り合い、毎週水曜日と日曜日に、とおるさんのお宅にお邪魔させてもらい、お茶を楽しませてもらっている近所の子供だ。
前から綺麗な人だと気になっていたとおるさんとお近づきになれて嬉しいけれど、黒崎さんは……うん、変だけどいい人、だとは思う。
黒崎さんのおかげでとおるさんに近付けたから、感謝すべきなんだろうな。
「ほんとにー? 遠慮しなくていいからね?」
「はい、ありがとうございます」
この時間がいつまで続くかは分からないけれど、できるだけ長く、続くといいな……。
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