第11話 長期投資で儲けよう

 幾星霜の年月を重ね、人々は進化し発展した。それがアルバートの思いもよらない方向だったにせよ、それは驚きと感心をもたらした。


 「建材は同じだが建物が高い。魔力は……なんだこれ、薄いし不味いな。だがどこか懐かしい…………」


 「そんなにこの景色が面白い?」

 

 冷静になって正気を取り戻した天使を横目に、アルバートは色々と思考を巡らせる。


 「そう言えば、名前は思い出せるか?」


 「多分、エル」


 「――は。エルが付く天使は多いが、単体は聞いたことがない。〇〇エルかも知れないが、心当たりは?」


 「ううん、エル。二文字」

 

 ――しかしエルだけでは……

 

 伊達に長生きしていないため、アルバートはその語源を知っている。

 それが堕天しているということからして異常である。

 名前までおかしいと予想以上にこの「エル」は恐ろしい存在かもしれない。


 「……深いことは考えないでおこう。では以後エルと呼ぶ。私はアルバート」

 

 色々と思考して、そして諦めた。

 そしてアルバートという名前を聞いてもおそらくピンと来ないに違いない。

 大衆に広まっているのはレーヴリスタという下の名前の方で、エルフの頃につけられた名前はあまり名乗らなかったことが功を奏した。


 「ねぇアルバート、お腹すいた」


 「天使なら空腹など存在しない。淫魔の名残であろう、じきに慣れる」


 「でも、何か食べたい」


 「む……しかし肝心の金がない」

 

 ――不本意な召喚ゆえか装備品の全てを失っている。売れるものもないな。

 

 エルはとても不機嫌な様子で、アルバートと目を合わせなくなった。


 「じゃあ私とアルバートでお金稼がないとね」


 「戯け。路銀の調達にこの私を遣うか。エルが必要と宣ったことだ、貴様だけで稼いでみよ」


 「…………でも私、子供だから男の人に満足してもらえないかも」


 「クソ戯け。多少、手を汚すことも耐えるしかないらしいが、私が稼いでくる」

 

 色欲の罪を犯せば再びエルは堕ちる。

 相当な期間の堕落で――特に性格の面で――後遺症が残っている。


 「じゃあ私も付いてくる」


 「当然だ。出歩かれて困るのは私の方だ」


 「でも、アルバート男の人だよ?大丈夫?」


 「健全な稼ぎ方というものを教えてやろう。身を売るよりも、効率がいいやり方を」


 「そんなのあるの?」

 

 無理矢理、アルバートは笑って見せた。

 

 *   *   *   *


 「では、二人を5等級冒険者として登録しますね。こちらが証明になります。越境の際使用しますので、無くさないようにしてくださいね」


 「協力感謝する。それと、今日の食費を稼ぎたいので、適当な依頼を承りたい」

 

 朝の冒険者協会はパーティーメンバーの補填や作戦会議などで慌ただしい。

 勧誘をしているパーティーは多いが、5等級の二人には声はかからない。

 受付は少し迷った後で、三枚の依頼書を机に置いた。


 「戦闘に自信があれば討伐になりますが、二人を見るに薬草の――」


 「三枚とも引き受ける。で、どれくらい稼げる?」


 「そうですね、三日くらいは持つと思います」

 

 ――十分だ。むしろよくやった。

 

 受付で盛り上がっている二人を見て、周囲の冒険者は奇怪な視線を向けた。

 しかしながら二人とも若く見え、ましてエルは少女であったため、生活に相当苦労していると勘違いされ文句を言うものは誰も現れなかった。

 アルバート本人にとっては到底受け入れがたい事実だが、二人は子供に見えてしまう。


 「あとは魔法薬の情報を仕入れることだが……明日以降で構わないだろう。依頼を片付ける」

 

 5等級は最低ランクなので受けられる依頼も非常に簡単である。

 大半の力が戻っていないアルバートでも、半日で事足りる内容である。

 

 ――まさかこの私が草いじりをすることになるとは。

 

 偶然転んで背中を地面につけた時なんて臣下が取り乱して大変だったのだが、今はそんなこともなく、伸び伸びと草をむしって薬草を探している。


 「アルバート、見つけたよ」

 

 問題の薬草は依頼書にも絵で描かれている。

 が、思いのほか見つからない。

 アルバートには薬草の見分けがつかないせいかまだ一つも見つかっていなかった。


 「どれも同じに見える。そもそもこの薬草に特徴が無いではないか」


 「ほら、そこにもある」

 

 指差した草をとってみれば、確かに薬草かも知れない。

 しかしアルバートには他の雑草と変わらないようにしか見えなかった。

 

 「……本当か?」


 「匂いが違うよ」

 

 そう言われて香りを確かめると、なるほどほんの少し甘い。

 見分け方について納得が行ったアルバートは、ほんの少し心が穏やかになった。


 「よし、私は魔獣を狩る。薬草は任せるぞ」

 

 薬草の採取は、どうやらアルバートには向いていないようだ。

 草原で昼寝でもした方が余程楽しいだろう。


 「私を一人にしてお仕事ズル休みするってこと?」


 「戯け。たかが小鬼ごときにこの私が何故足を運ばねばならん。時が来るまで、暫し瞑想に興じるとしよう」

 

 そう言って、アルバートは草原に寝転んだ。

 エルは納得のいかない様子で、雑草を千切って投げつける。

 しかしいくら頭に当たっても、アルバートは何の反応もしなかった。

 

 ――変な人。

 

 勝手に連れ出した割に面倒見が悪い。

 アルバートが一体どのような存在なのかも知らないけれど、何故かそばにいるだけでとんでもなく安堵する。

 アルバートを理解することは無理だと、エルは思い続けている。


 「ほう。この地脈、中々馴染みが良い。これでは狩猟も容易だな」

 

 アルバートは寝転んだままに、指をひょいと振り上げる仕草をした。


 「クックッ。隣を歩く奴が突然死んだとすれば、さぞおぞましいことだろう」

 

 再び指で空をなぞる。

 連続で四度、思うままに手で線を描いていく。

 突然独り言を呟くアルバートを、エルはやはり奇妙に思った。


 「薬草の量はまだ足りていないだろう。早くしなければ私が先に狩り終わるぞ」

 

 その視線にすら気がついて、アルバートは軽口を叩いてみせた。

 

 ――しかし、この地脈やはり見覚えがある。


 *   *   *   *

 

 草原の端、森を踏み込んだその先に、ゴブリンの群れが潜んでいた。

 陽光が苦手で、彼らは闇夜を好む。

 必然的に、彼らは広大な洞窟の中に棲家を置いている。

 地下都市と呼ぶには粗末なものだが、それでも規模だけは人族の都市にも匹敵する。

 洞窟の入り口より、息を切らしながら都市の中を走っていく陰が一つ。


 「お前!勝手に立ち入るな!」


 「ごめんなさい!」

 

 巨大な宮殿にある扉を開いた先、所謂作戦司令の部屋である。

 立ち入る身分はないにせよ、急を要する情報であった。


 「失礼いたします。伝令をお送りします――斥候部隊が何者かによって全滅した、と……」


 「何、全滅だと?」


 「馬鹿な。斥候は広範囲かつ通信も容易な構造に配置している。だというのにここに伝令が来るのが全滅した後だと?」


 「あり得ない。三国に跨ぐように送り込んでいた斥候だぞ」


 「数だって100は超えてる。音もなく死んだというのか?」


 「おい伝令兵。貴様本当の事実だろうな?」


 「は、はい。実際、私は部隊から逃げるように――」

 

 ――グシャッ。

 

 その伝令兵が、たった今まさに起こったことを正確に再現した。

 不可視の圧力に押し潰され、その肉や骨が砕かれ原型すら残っていない。

 青ざめる士官たちの中には、思わずその場で嘔吐する者もいた。

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