第10話 時の霞峰
フローリアスは光の森に書斎を構えている。
天界の辺境、人が立ち入ることのできる最果てである。
葉から光が漏れる不可解で神秘的な光景に包まれて、マリーナは目を覚ました。
「起きたかい?お寝坊さん」
「……あっ、先生………………ん、先生!?も、申し訳ありません!」
思わず飛び起きて木の陰に隠れる。
フローリアスはゆっくりと彼女の元へ行くと、マリーナの寝癖を治し始めた。
マリーナの黒髪は天使にしては珍しいため、本人は好きではない。
むしろフローリアスの金色が気に入っている。
「あの、それより預言書の事でお話があります」
「十四ヶ月後に大戦争が生じるという記述だね。私の弟子はみんな昨日天界まで足を運んできたから話は聞いているよ」
書架から一冊本を取り出し、該当の記述を開く。
マリーナが咄嗟に取り出した預言書の原典である。
その記述は日付まで記された詳細な記録があった。
「昨日……」
――ってことは、私は気がつくのが遅れたんだ。
もっとも、フローリアスは預言者であるため、誰よりも早く認知するのは他でもないフローリアス自身である。
「その予言の真偽の確認ならまだしも、改変を勝手に嘱望する弟子が多くてね、君は無駄だと断じて天界に来ようともしなかった点評価していたけれど、その様子だと君も未来を救ってほしいと言いにきたみたいだね」
「……いや、本当かどうかだけ、知りたかったです。こんな事を七神の前で言うのは気まずいんですが、私が大切にしたいのは生徒であって……国民ではないので…………」
そんなにマリーナは恵まれていない。
魔法の才能だって種族の中では最下位にもなる。
絶大な力もないのに、そんな尊大な願望は持てるはずがなかった。
「君は魔法の才能もないし努力してもあまり報われていない」
「……ごめんなさい。七神の弟子として失格なことは分かっています」
「君はフローリアスとか言う老害の弟子をしていると、ただの一度も自称せず、君自身の実力だけで教師になった。私の名前を出すと嫌な顔をされるからだろう」
「いいえ!そんなはずがありません!ただ、私のような弟子がいると――」
「私の経歴が〜とか言い出すだろう?しかしながら――」
彼女は光の森のフローリアス。
七神の魔法使いにして、魔法を開闢した偉業で神へ迎えられた存在。
真正言語の魔法、その大半を人間は解明できていない。
彼女の弟子であれば些かの差はあれど、フローリアスを受け継ぐ魔法使いは未だ現れない。
「――君が、一番魔法使いらしい」
弟子の一人が、旅をするなら誰を仲間にするかと聞いたことがある。
その時、フローリアスは微笑んで回答を濁していた。
「……な、なんで」
指を一度鳴らすと、太陽が曲線を描いて地平線に沈み、代わりに月が東から現れた。
――時間魔法「時の
転移魔法とは次元の違う原初の魔法を、こうも簡単に披露されるとマリーナも狼狽えてしまう。
「魔法によって、出来ることは広がっただろう。それでも、出来ないことはある。時を飛ばす魔法は距離が長いほど修正力を受ける、その修正力を正しく受け流さなければ、魔法使いの肉体は崩壊する。私はこの修正力を無力化できない上、そもそも他人に教えることができない。加えてせいぜい巻き込むのは三人が限界だ。魔法使いに必要なのは、その限界を識る事なのさ。謙虚で、身の丈に合うことしかしようとしない――出来ない事を知っている君は、魔法使いとして理想的だよ」
「で、でも、それって私は二度と強くなれないってこと、ですか……?」
「最近の人間にも見られる事だけど、魔法使いは強くない。魔法使いの本質とは魔法の開祖、つまりは私の足跡を追ってその偉業を再現すること。魔法の実力をつける事は本質を欠いている。広くする必要はない、深くすることだよ」
叱られることが多いマリーナにとって、ちょっとは認められていると分かった時点で、とうに救済になっていた。
「私の出来ることで、もっと深く……」
「本当の限界を知った時、君は超えるか諦めるかの岐路に立つ、その判断は君自身で決めるべきだ」
「せ、先生には限界とか……あるんですか?」
ほんの少し目が細まった気がする。
聞いてはならない、少なくとも聞きにくいことを聞いたと直感でわかる。
マリーナが謝ろうとした時、フローリアスは口を開いた。
「――それだよ」
指を向けた先、先ほどの預言の記述。
「預言には幾らか仕組みがあるが……君には難しいから説明は省かせてもらうよ。結論から言えばこの記述は覆らない。この未来はあらゆる可能性においても確定した路線だ。戦争は必定だよ」
問題はその発端が七神の一柱が死亡することであること。
フローリアスは既に七神に向けてこの預言を話しており、現状話し合いが続いている状況。
この議論が無意味だと一蹴したフローリアスだけが、その会合に参加していない。
というのも、この預言は未来を知ったところで変えられるものではないからである。
「――七神が死ぬ………………?」
その事実は、マリーナだけに知らされた。
「そ、それは先生も?」
「私が死ぬ場合もある。逆にどうやったら死ぬのか気になるけれどね」
――他の七神も同じことだ。神に登った存在はそもそも死という概念がない。因果的に不可能な現象が、これから起こるというのは、あまりにも非現実的だ。
だが、戦争も七神の死も、事実である。
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