第4話 魔皇アルバート・レーヴリスタ
改めて、揺籃は外殻を破り、中の生命を歓迎した。
能力差で有象無象を鏖殺することは叶わなかったため、固有スキル「耐性」を簒奪し、代償に使用機会のないスキルを数個譲渡した。
わざわざ塵に使わないとえ捨て難いスキルを分け与える真似をしたのは、安全に産まれたかったためにすぎない。
こうして、レーヴリスタ改め魔皇アルバートは復活を遂げた。
金色の髪の毛は生前の輝きを取り戻し、瞳に滾々と赤をため込んでいる。
その吐息すら死の息吹。全身を覆う魔力は蒼白く精緻で、美しいあまりに恐ろしい。
塵が後先考えず生命力を削って行使した第十三階梯冥域魔法の残滓は、アルバートの魔力量を回復させるのに十分であった。
加えて有象無象とて数100年惨めに穴熊を決め込んだ種族、これらを業腹ながら糧にすれば、少しは力を取り戻せる。
「私を冥府より呼び戻す大罪、刎頸どころでは済まさぬが、その死骸の奉納を以て極刑まで酌量する」
――スキル「吸血鬼の悲鳴」
地面に撒き散る血潮。
その一滴一滴が、ある方向へ向かって流れ出した。
骨肉を溶かし、魔力を湛え、呪詛の沈澱するその血統を、アルバートは全て吸収していく。
肺胞に満ちる死の香り。
懐かしの現世は、やはり醜悪である。
――ふむ、全盛期とは程遠い。二割にも及ばぬか。
アルバートの種を使って種族を強めようとする、その考え自体は嫌いではない。
だが思考そのものが愚かで仕方がない上に大変不敬である。
しかし、そんな不満が霞んでしまうほどに――
「私の名前をパクるのはいかんだろう。知恵も誠意もない馬鹿が勝手に魔皇を僭称するのは流石に不愉快だ。スキルを下賜するに値せぬ雑種ではないか」
弱者ならば弱者なりの縋りつきようがある。しかし、この転生者には力を得てもろくな使い方をしない馬鹿でしかなかった。
「けほっ……ゲホッゲホッ」
「ほう、あの小僧は後始末すら怠ったのか。道化にしては、まぁそれなりに愉しめた。なるほどこれはその返礼か」
サキュバスの首魁は、少しだけ能力が高くダークサキュバスである。
特殊スキルは「万世魅了」という精神作用系で、目を合わせると魅了され支配される。
そして上位種で年月が経つと、稀に一度だけ蘇生するスキルを持つ。
「死にきれないというものは、存外に堪える。さて、一度経験した感想はあるか?」
――魔力を練って殺すか、スキルで殺すか、迷いどころだが……
アルバートは少し返答を待った。
抵抗しようと無抵抗を貫こうと結果は変わらないが、反応を愉しむ分には何の問題もない。
「私、私は……一体何が」
「ふむ、記憶が錯綜しているらしい。これも一興だが取るに足らん」
――おおかた首の痣でタネがわかる。
酸素欠乏の記憶障害だ。
魔族たるモノ、まだ呼吸をしているとは嘆かわしい、などと思いつつ記憶を呼び起こそうとして額に触れる。
「む……」
その額に、黒く濁った十字の傷が付いていた。
アルバートの眼球を入れ替え、魔眼を通して観測する。
「なるほど、聖痕か」
――見かけによらずとは正しくこの事だな。
即ちこの淫魔に限っては汚染されて淫魔に堕落した経緯があるということ。
定期的に天界へ戻り魂を浄化しなければ、微細な呪いを集めていって悪魔へ堕落する。
この天使はそれ怠り、今や堕落して地上にて繁栄を成した。
「人の呪いとは恐ろしいものよ。この私を利用しようなどという思考に至る時点で欠陥している」
通常、スキルは一人につき一つ。与えられるだけでも幸運で、それらは固有スキルと呼ばれる。
対して魔獣や魔族は種族ごとに与えられるスキルが異なり、特殊スキルとして魔法とは別個に存在する。
いずれにせよ、スキルは一個体につき一つまで。これは常識である。
ところが魔皇はおぞましいスキルを多数所持している超常の修羅である。
さらに人族には扱えない死霊系の高位魔法を習得しているとされている。
――侮るな。魔皇などという名でも神聖系の魔法だって使えるわ。
――「第八階梯神聖祈祷――権天使の祈り」
汚染は浄化され、サキュバスの黒い翼今や色が抜け落ちる。
「てっきり同胞だと思っていたが、落とし子の方だったようだ」
自ら絶滅させたエルフではなく、その上位存在の天使であった。黒翼は純白の翼となって畳んである。
「………………ここは、どこですか?」
「解らん。記憶は戻らぬか」
「はい。貴方は、誰ですか?」
「私はただの死に損ないだ。故に立ち去れ。生還を許す」
――出口は見つけなくては。魔力を無駄にしたくないゆえ、転移も使いたくない。
しかし殺風景な洞窟である。
相当奥まった場所に違いないため、出口までは遠そうだ。
「行くのですか?」
「私はもう暫くは居残ることにする。貴様は呪われる前に天界へ戻っておけ。数百年の悪夢から、ようやく解放されたのだからな」
「……天界って何処ですか?」
「私に聞くな。闇のエルフには伝えられておらぬ」
――それに天界など私は行きたくない……いや、まぁ行ってもいいか。
端的に言えばアルバートにはやる事がない。
後悔なく死んだせいでまた生き返っても目的が無かった。
当時世界を取って支配したのは事実で、魔皇継承権を巡って内戦が起きた挙句に殺されたとしても、後悔はない。
どうせ復活しても世界を放浪するだけ。
今の世界を見ることだって、わざわざ自分から赴かなくても使い魔を使えば観測それ自体はできる。
さらにいえば観測だって何の意味もない暇つぶし。
「私もエルフだし、立ち入りもできる。行った事ないし、この機会に行ってみるのも吝かではないかも」
「私って誰ですか?」
「知らぬ。興味もない。だが喜べ、この私が天界へ導いてやる」
「天界……そんなよくわからない場所に行きたくないです」
「私の決定だ。貴様の是非などどうでもいい。ついて来い」
「でも、知らない人にはついて行くなってお母さんが」
「別に取って食ったりしない。それに貴様は今の状態では道行半ばで朽ち果てる未来が見える。素直に幸運を噛み締めろ」
「でも――」
――駄目だこれは。
アルバートはひょいと天使を担ぎ上げて、洞窟を出ることにした。
「ちょっと……?私は天界に行きたくないし、知らない人と一緒にいたくない!」
「そんなこと言われても一人旅はめっちゃ虚しいぞ。私も貴様も孤独は辛かろう。ならば手を取り合うのがあるべき社会である」
そのように国を作ったかと聞かれると言い淀んでしまいそうなものだが、それでもアルバートは歩き出した。
大暦1256年
多数の魔法国家が興っては、消えていった。動乱の最中であっても、その七名は羨望され崇拝された。
神へ上り詰めた七の英雄を。
即ち――七神。
千里卿ハインカストル
精霊剣聖バーテミウス
魔皇ゲーテ
光の森のフローリアス
無尽の円環――正体不明――
星の聖女 フォルトゥナ
黒霧の龍神 パウリナ
ある国はその力を求め、ある国はその肉体を求め、ある者はその愛を欲した。そして幾多の屍の上に、神は座している。
世界の均衡がそれらによって保たれ、世界の安寧はそれらによって守られる。
翌年、その一角が――落ちる。
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