第28話『リー・リンゼイとは?』
タイセイの引退は必然だった、と言えるだけの要因が揃う。
メモリはそれにもう一段、自分の推測を加えていた。
──完治したら戻ってくるつもりだったんだろう、タイセイさんは。
ここに住んでいるのは療養、治療の専念を兼ねて。
脳機能の回復には手先を使うことが良い、と何処かで見た記憶がある。
(それもこれも計算、なんだろうな……多分)
「ハーブティーを淹れよう。長くなりそうだからね」
タイセイが立ち上がる。
メモリはなんとなくそれを目で追った。
ゆったりとした挙作。獣性について考える。タイセイが亜人種だとして、それは、何の。
以前確かシビルは『キメラとなっている可能性は否定できない』というようなことも言っていた気がする。
もしかして外見だけがヒトのまま、本能や能力的なものだけが、まんべんなく上振れさせられている、とか。
(う~~~~~ん)
「メモリ」
煩悶に、ソータが横から口を挟む。
「アイツの事は深く考えるだけ無駄だ。時間の無駄だから、やめとけ」
「ソータくん流石にそれは酷いよ」
シビルが苦笑し。
「考えたら一層頭に来るんだよ、アイツは」
(だいぶ根に持ってる系だった……!)
まあしかし考えて見れば。
ソータとの約束、水流術研究の反故は「社会的に引き継ぎは完了」「現実的難易度」「ソータなら最終的に許すだろう」「致し方ない事に怒り続けても無駄だ、合理性を身につけるべき」みたいな計算が透けて見えなくも──。
「何かひどいことを言われている気がするね?」
「あああああ!! 吃驚した!! 吃驚した!!!」
笑顔で後ろの至近距離から声かけないで貰えますかね?! 気配殺して!!
声出た!! 飛びあがったって!!
「おい、揶揄うなよ」
「メモリ君はなんとなく、馴染みやすいというか。面白そうだからね、つい」
(興味持たれたくねえ~~~~~~)
可哀想に、と言いたげなシビルの目が生暖かい。
ハーブティーとやらを目の前に置かれて、最早猛獣の谷間に居るリスのような心地になって来る。
「で。スキルのことだったかな、後は」
(興味持たれたくはなくても聞かなきゃいけない事はあるんだよな~~~~~)
逃げたい気持ちを絞り上げ、メモリはタイセイに向き直る。
この名を告げるのが、吉と出るか凶と出るか。
リンゼイ自身は何も告げていない。
つまりは、知られても良い名前だということだ。
「いえ。後は──タイセイさん。リー・リンゼイって名前に聞き覚えはありますか」
ふむ、とタイセイが視線を逸らす。
記憶を辿るように、とんとんと指でテーブルを叩き。
(やっぱ、何らか、──普通には見えるけど、『思考』とか『記憶』にもたつきがあるのか、タイセイさんは)
「リンゼイ氏か」
タイセイが静かに目を閉じる。
「知っている名前だ」
「──え?!」
「わが社、コグニテックとコグニスフィアへの融資お得意様だよ」
「おい、融資ってお前それ」
ソータが唸る。
「ジョセフ君の管轄じゃないか!」とシビル。
ミスタ・オーナーの本名、ジョセフ・Ⅿ・ミツテラ、だったか。
「──そう。知らない筈は無いんだ、ジョーが。私が預けたスキルのことも。であれば、その2つは関係している筈だね」
ふう、と遠い目をする。
「どうして彼は黙っているんだ?」
「アイツ、じゃあ」
裏切者かよ、とソータが立ち上がる。
「早計だ。言えない理由がある、としたら?」
タイセイがそれを制し、続けた。
「融資を止める、あるいは直接的に脅されている……、可能性は色々あるな」
メモリにとって、ミスタ・オーナーは疑念の的だった。
けれど、タイセイも彼を信じている口ぶりで。
──もし自身を陥れた存在だとしたら、こうも穏やかには語れまい。
「ジョーは人を信じている。問題が起こってすら、相手を信じて静観しがちだ。──辛抱強く。リンゼイ氏を信じるだけの何かがあったか……」
タイセイの目が冷たく底光りした。
「コグニスフィアの資金を持ち逃げされた時もそうだった。彼は、優しすぎる。実にたぐい稀な、善良なる美点だが──」
「危機管理としちゃ最悪だろ……」
ソータが唸る。
「そういうことだね。さて……これに関しては、ジョーからまともな回答は得られそうにないな」
ゆっくりと二匹の猛獣が、爪を研ぎ始めるような気配にメモリはそっと頭を抱えた。
(これあの、スキル『共鳴』で見た夢の──後輩? が金持ち逃げしたって話……絶対ソイツ、無事で済んでない奴だ……!)
──けど。それなら、心強い。
「リンゼイさんが融資を続けていたとして。それは、何故です?」
「そこは分からないね。『強制執行』という名のスキルに変えて、危険な技術を持ち込んだ理由も」
明確な、越権行為だろう、とも。
「あの──それは、やっぱり、大きな問題ですよね」
ふむ、とタイセイが頷く。
「それが『公的』に出来るのは──この場合、中央公安か……いや、惑星文明監視局──」
でかい規模の話が出て来た。
「中央公安?」
ソータが訝しむ。
「星や文明同士での重大犯罪を調べる機関だね。まあ、だとすれば……」
ふむ、とタイセイが口を噤み、少し笑う。
「……公認会計士というのは嘘だな」
(あの人が会計士!? 働いてる方が違和感があるだろ、見るからに節約ザルな赤字製造機では?!)
冗談はさておき、とタイセイが続けた。
タイセイさん、その冗談通じにくいですよ……。
「スキルの監視であれば、惑星文明監視局の方が……シビルの懸念とも合致する……」
机を静かに叩き続けていた指を止め、目を閉じ、タイセイがゆっくりと額を押さえた。
「狙われたのは、コグニスフィアか……しかし、それは……おかしい」
タイセイの言葉が次第に、呟くようなものへと変わる。
「リンゼイ氏は『改造された』スキルを持ち込んだ。私が作ったものではなく。彼は何を……?」
それだけを言葉にして、タイセイの動きが止まった。
「え……?」
すう、と息を止めたように。おい、とソータが肩を揺らし、息を確かめる。
生きては居るが、突然仮死状態にでもなったかという状態。
「これか、オーバーフローって。シビル、これ……」
「どうもこうも今日はここまでだね。澄まないが、寝かせてやってくれないかい、ソータ君」
ジョセフ君を追求するのは後日にするよ、とシビルがため息交じりに言う。
「メモリ、運ぶの手伝え」
「先にベッドと寝室探しましょう」
「……お、おぉ……、そうだな」
ソータも何気に混乱しているのか、メモリの提案に従う。
部屋の配置を確認しながらも、メモリが頭を悩ませる。
(言われて見ればそうだ。リンゼイが持ち込んだスキルは明らかに『不正』なのに──それが原因になるようじゃ、不正調査自体が『八百長』になる。……でっち上げの冤罪だ。何かが間違ってる)
──なら。リー・リンゼイには別な、或いは裏の『目的』がある……?
冷え冷えとした気持ちで、メモリはソータに頼み込んだ。
「そりゃ俺は構わないが、お前……。結構、クソ度胸あるんだな……」
呆れたように送り出され、メモリは客室でなくタイセイの寝室に向かう。床に客用布団を敷いて。
注意兼、見守りという建前で、静かに休息を取り続けるタイセイの部屋で一晩を過ごす。
メモリは横になり、『共鳴』スキルを稼働させた。
(──何見ることになるんだろうな……)
不安が無い訳ではないどころか、不安で吐きそうですらある。青い子どもがまた視界に入ってきたら、という恐れもあった。使いすぎ、オーバーフローの果ての実例が正に居る、目の前で。
眠れないかとも思ったが。
疲れて居たのだろう、静かに、自然に闇の中に抱き止められていった。
*
目を覚ますと、既に朝日が差し込んでいる。
(あれ?)
確かに『共鳴』を使ったはずなのに、何も見ていない。
がばりと身を起こすと、タイセイは既に居なかった。
どころか。
(タイセイさんのベッドに寝かされている──?!)
メモリが就寝前に持ち込んだ筈の寝具も片されている。完璧か。
慌てて身を起こすも、外に出れば階下から香ばしい香り。
一階から、タイセイがメモリを見上げた。
「やあ、おはよう。昨日はすまなかったね。朝食のポタージュと、タルトを用意しているんだが」
「あ、ども……っす……??」
(我が家かな???)
夢は見なかった。
タイセイ自身がオーバーフロー状態で、共鳴が引き出せなかったのか。それとも、別の理由があるのか……。
今のメモリには、判別はつかなかった。
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