2

千宙ちひろ、銃を下ろせ』


 飛高ひだかくんはクールな表情を浮かべたまま銃を下ろした。


『素晴らしい』

『さすがは氷雅ひょうがの妹だけのことはある』


「私が妹……?」

 地面に横たわったまま聞き返す。


『そうだ。“本物の妹”だ』


『そして、今のがお前の本音だ』


 私の両目から光が消える。


『人は窮地に陥る時、本性を表す』


氷雅ひょうが、これでありすはお前のものだ』

黒雪くろゆきがお前達を全力で守るだろう』


黒坂くろさか先輩、もしかして俺の為に…?」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは動揺しながらも尋ねる。


『お前を黒雪くろゆきに引き入れる前、俺には雪という妹がいた』


 私達3人は驚く。


『小5の時、親父が再婚して血の繋がりがない妹が出来た』

『だが、俺の親父も新しいお袋も中1の時に内輪揉めをし出て行った』


『俺達はふたりで生きて行こうと決めキスを交わしたが、現実は甘くはなかった』


氷雅ひょうが、お前は高2になる前に両親が出て行ったからバイトも出来たが俺はバイトさえ出来ない』

『そして親戚も知人もいない、他人の大人達に頼ることさえも不器用で出来なかった』


『仕送りも段々と減っていき、中1の夏、ジュースを家の近くの自動販売機で買って帰って来たら床に林檎が転がっていて、雪が倒れていた』


『そしてそのまま雪は熱中症で死んだ』


 そんな……。


『雪は大人に殺されたと言っても過言ではない』


『俺はふたりで生きられなかった』

『だが、ひとりでさえも生きられなかった』


『そんな俺が辿り着いたのは暴走族の世界だった』


『族の奴らが道端に倒れていた俺を助け、俺の世話をしてくれた』


『そして冬、俺は独り立ちし、黒雪くろゆきの初代総長になった』

孤人こびとはどんどん増え、氷雅ひょうが、お前へと行き着いた』


 氷雅ひょうがお兄ちゃんの目が揺れ動く。


『俺はひとりでもふたりでも生きられなかった』

『だがお前は違う』


氷雅ひょうが、ふたりで生きろ』


 電話が切れた。


 飛高ひだかくんは、はー、と息を吐く。


 飛高ひだかくん、表情変わらないから平気に見えたけど、そうじゃなかったんだ…。


 それに黒坂翼輝くろさかつばきの過去があんな残酷だったなんて…。


 飛高ひだかくんが銃のハンマーをデコックし、スマホと一緒に特攻服の内ポケットに入れると、


千宙ちひろ、今のモデルガンだよな?」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが呼びかけた。


 モデル…ガン?


 飛高ひだかくんの体がびくつき、氷雅ひょうがお兄ちゃんに深々と頭を下げる。


「はい、総長! ここにありすさんを運んだ時、置いてあり使いました」

黒坂くろさか先輩に頼まれて断り切れませんでした」


千宙ちひろ、頭を上げろ」


 飛高ひだかくんがその通りにすると、氷雅ひょうがお兄ちゃんは近づいて行き、右肩をぽんっと叩く。

「連絡してくれて助かった」


「総長……髪、黒…」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんの表情が冷酷に変わる。

「今日のことは誰にも言うんじゃねぇ。分かったな?」


「はい」


「もう帰れ」


 飛高ひだかくんはもう一度頭を下げるとこの場から立ち去った。


 どうしよう… 氷雅ひょうがお兄ちゃんとふたりきりに…。


 今すぐ逃げたい…だけど体がぴくりとも動かない。

 冷や汗が止まらない。


  月沢つきさわくんに軽いショック状態で保健室に運ばれた時よりひどいかも……。


「ありす!」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが地面に横たわる薄いブルーのトップスにショートパンツ姿の私の隣にしゃがみ、

 背中で縛られた両手のリボンをほどこうとする。


「触…らないで」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは両目を見開く。


「なんで…来たの?」

「偽りの氷雅ひょうがお兄ちゃんなんて大嫌い…って言ったでしょ…?」


「大嫌いでも構わねぇよ」

「ありす、帰るぞ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言って、きゅっきゅとリボンをほどく。


 拒否ったのに、

 いつもぶっきら棒なのに、

 なんで…そんな優しくほどくの?


 氷雅ひょうがお兄ちゃんが抱き起こすと私はぎゅっとグレーの長袖Tシャツを掴む。


「ありす?」


「はぁっ、はぁっ…」


 まずい、上手く息が出来ない。

 苦しい。


 大嫌いって言ったくせに氷雅ひょうがお兄ちゃんに頼るだなんてだめ。

 だめ、なのに。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私を抱き締めて頭を撫でる。


「ありす、ゆっくり息吸って吐け」

「大丈夫だ。俺がついてるからな」


 氷雅ひょうがお兄ちゃん……。


「――――よし、正常に戻ったみてぇだな」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言うと私を離し、しゃがんだまま背中を向ける。


「乗れ」


「え、でも……」


 高校生にもなっておんぶだなんて恥ずかしい……。


「ほら早くしろ」


 私は氷雅ひょうがお兄ちゃんの首に両手を回す。


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私をおんぶして立ち上がる。


「相変わらず軽ぃな」

「てかお前寝れてねぇだろ」


「なんで…」


「目の下クマ出来てる」


 え、クマ!?


「家に着くまで寝てろ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言って歩き出す。


 こんな状態で眠れる訳ないって思ってたけど、うとうとしてきた……。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんの背中、すごく安心する……。


 金髪の私と黒髪の氷雅ひょうがお兄ちゃん。


 周りから見たらきっと兄妹に見えてないよね…。

 それでもいいや。


 私、氷雅ひょうがお兄ちゃんの妹でいたい。


 私はそう思いながら眠りについた。


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