陽気な魔族のブランくん。

@rinoku

陽気な魔族のブランくん。

高2の春、4月半ばの晴れた朝。


今日は始業前から、佳織たちのクラスがワイワイと浮き立っていた。


何しろ、魔界での超難易度な編入試験をクリアした一人、

若き魔族男子がこのクラスにやって来るとのことなので、

それも仕方のないことである。


……でも、佳織は自分が目立たない二軍三軍女子、

スクールカースト下位層との自覚があったので、

皆の喧騒に巻き込まれないように大人しく、ちっちゃくなるように、

ブックカバー付きの文庫本を読んでいた。


文庫本の内容は小説、題名は「痴人の愛」。

文豪・谷崎潤一郎が執筆した、男女関係があけすけに絡み合い、やがて〝上下の切り替わる〟物語である。


佳織がひっそり黙々と、もう幾度目かの通読を進めている内に、

幸いかな、喧騒に巻き込まれず時間は過ぎていき、

無事に担任の男性教師、木村先生がやってきて、朝のホームルームが開始した。


木村先生はいつもの挨拶に加え、魔族男子の編入生がクラスに加わることを改めて説明すると、

廊下への閉じた扉に向かって、入ってきてくれるように声をかけた。


――ここで佳織は疑問に思う、

なぜ編入生をわざわざ外で待たせっぱなしにして、木村先生だけ先に入室したのか、

魔界と地球とはかなりデリケートな関係なのに、編入生に失礼ではないのか、と――


だが、その疑問はすぐに解消された。


スライド扉を横に開け、広い歩幅もなめらかに入ってきた編入生が、

どこまでもハンサム過ぎたから。




彼の体、年頃はハイティーン男子ながら余さず美、正しく、傾城傾国の蒼い太陽みたいに思えた……キリリと明るくカッコよく、皆を憧れに焼き焦がして滅ぼす、太陽。


ヘアスタイルは少し無造作なミディアムツーブロック、襟足の長さは首半ば。

髪色はライトブルーがかった銀髪へ、さらに流麗な青メッシュが差している……今彼の隣で話している先生によると、

どこの髪のブルーもシルバーも、校則オッケーの地毛というから、やっぱり魔族のひとなんだ、って思う。


肌色、顔立ちは透明感のある白人さん風で、輪郭はなめらかな卵型、

シャープな眉は緩く上がったかたちの、マスカラ入った濃いブルー。

短い寄りな睫毛はスイスイ多めの水色とろけたシルバーで、まぶたはクッキリ平行二重、目の形は少しツって鋭いアーモンドアイ。

瞳は大きめアイシーに透き通った碧眼、パッチリ涼しくて格好良い。


鼻梁は高めでシャープにカッチリ、唇は薄くて若干小さめ。つけてるリップはシアーに儚いプラムピンク、柔らか薄手の血色感。


形良い両耳にはピアスがたくさん、シルバー基調の色んなかたちのがバチバチバチッと決まってる。


そして身長は高くて脚もすごい長くッて、すらっと腰高っ、活発感あるのにスタイル抜群、

どう見ても180センチを軽く越えてるし、体重も筋肉カッシリ多めできっと70キロ以上。

強そうで、頼れそうで格好良いひと、もう必ずクラスの中心になるひと。


制服もちょっと肌広め、ユルめに着崩していて、見えてる首元にはここもシルバーチェーンの、シャープで短めなペンダント。

白いお肌のすべらかな左手首には、総ステンレスっぽいホワイトメタル基調のウォッチ、文字盤は丸くて装飾少なめ、上品でほんのりマニッシュ感。


ついでに用意されてる空席も、先生方に気を使われたのだろうか、遠く窓際の一番うしろ、というある種の特等席だった。




彼は笑顔明るく、青の目元とプラムな唇へ、ニコ!と軽やかな弧を咲かせて、

声も快活に自己紹介してくれた――クリアに高めの陽気な美声、日の差す透明温泉で、しゃぱしゃぱはしゃぐような声だった。


「はじめまして、ブランドン・ウェルシュって言います。

 種族は淫魔だけど、もちユーワクとかはナシね。これマジで豆なー。

 人間のみんなと気楽に真面目に、

 これからの学園生活を、どうもよろしくっ♪」


女子生徒たちから、即座に黄色い歓声が上がる。当たり前のことだな、と佳織はぼんやり、ちょっと疲れ気味に思った。


彼は綺麗で、遠い世界のことだから、まかり間違っても関わりたくなかった。

……自分という異物で、変なことを起こしたくなかったし……何よりも、佳織自身が〝なんで居るの〟とか、〝足りてない〟とか言われて、傷つくのが、絶対に嫌だったから。


でも、立場がデリケートな魔族の編入生ということもあってか、

先生は一限目を〝自己紹介と、交流を兼ねた自由時間にする〟みたいなことを教卓で話して、

これにまた女子たちの喜びが、高く大きな声に重なった。


佳織は少し憂鬱な思いを、


(もう自己紹介は最低限にして、あとはいつも通り本だけじっと読んでよう。

 そう、いつも通り、彼とかはずっと遠いから、

 別に変わらないし、変わってほしくないし、トラブルとか絶対、ゴメンだし。)


そうもにょもにょ、浮かべたり消したりさせながら、視線を読んでいた文庫本へ戻した。


……目を落としたまま、自己紹介以外で上げるつもりはなかった。




自己紹介が始まって、佳織も自分の順で手短に、本名と所属の委員会――この学校では部活か委員会、どちらか一方への参加が義務である――、あとは〝趣味は読書です〟、的なことを話すと、すぐに姿勢を下、また椅子へ、カタリと座り直して通読を再開した。


数分後、クラス一同の自己紹介はつつがなく完了した、けどそこからがまぁかしましいこと祭りの如し、

クラス女子の殆どに男子も大勢、ブランドン・ウェルシュの一等席へと群がり質問、お喋りの嵐に洪水、

これにはさしもの魔族男子も困ってしまうかと思われたけど、

佳織の耳に入った限りではなんと、ブランドン・ウェルシュは明瞭快活そのままに、

お相手一人ずつへと軽く的確な返事を送り続けて、

さらに音の盛り上がりが加速した……佳織にはほんとうるさいだけだし、どうしても聞こえてくるのが嫌だった。


……しかも今、佳織には最悪なことに、彼と彼女らの会話の流れが、

〝本とかのこと〟に発展している。


きっかけは〝聞いてる音楽〟の話題から、

ブランドン・ウェルシュがやっぱり軽やか明るく、


「いや地球って、マジ楽しいの多いよねー。

 歌も音楽もだけど、俺、本とかも好きでさ。

 だからさ、ナンかおすすめとかある?めっちゃ聞きたいわ」


とニコニコ発言したことで、

そこから女子の一人が流行りの悲恋小説を持ち出し、

ブランドン・ウェルシュはよりテンション高めに応じる流れとなったのだ。




「あソレ読んだ!いいよねーあのカップル、

 どうしようもないほど懸命に駆け抜けて、でも限界の、命の壁が高くて、厚くて、

 ほんと言った通りに、どうしようもなくなっちゃって……。


 それで八つ当たりも喧嘩もするけどお互い全部受け入れて、

 どんなに悲しくてもつらくても、好きな気持ちだけは絶対忘れなくってさァ、

 もうねッ、愛が純粋に強くて消えないところが、泣けた。

 マジメに良かったわー、うん!」



……あとはもう、〝読んだ本紹介合戦〟みたいな雰囲気が出来てしまって、

男女問わずにブランドン・ウェルシュと、読書感想会ぽいことが始まったのだ。


そしてその中で、〝本の好み〟を問われた時に、彼はこんなことを言った。


「色々読んでんだよねー、小説とかエッセイとか。

 エッセイは旅行系が好きで、小説は何でもいっちゃうカンジ?

 もう泣ける系も考える系もコミで、面白けりゃ満足できちゃう、みたいな。


 でチョットごめんなんだけど、ずっと本読んでるコが気になってて、話しかけ行ってきてもいい?

 さっき読書好きって言ってたし、専門家ぽくてすごい意見とか聞きたい。

 てかやっぱ話してみるわ、ゴメンちょい立つねー」



――それを聞いた佳織は文を追う視線も手も止めて、混乱と恐怖、絶望に囚われた。


(えっ待って、ウソ、嘘、うそっ!? なんでこっち来るのよ、こないで!?

 だって違うでしょ、空気とか流行りとか、本の好みとかも全部別で、居ないとこにかけ離れてるのにっ!!

 私が居なくていいでしょ、こないでよ、谷崎潤一郎とか絶対知らないでしょあなたッ!?)


と、微妙に失礼な思いを巡らせる佳織をよそに、椅子を引く小さな音と、

さらにはいやに確かな足音がサズ、サズ、と、だんだん大きく近づいてきて、

固まる佳織の固まる時間、でも実時間では短い秒数の後、

もう左肩すぐ、斜め後ろから、陽気な声がニコパ、と掛けられた。


「こんちわー。クラス見て気になったンだけどさ、さっきからなに読んでんの?

 めっちゃ集中してたのにジャマして申し訳ないけど、

 でも面白いんでしょ? 気になるー。

 本好き同士のよしみで、ちょっと話せないかな」


『……っ、』




佳織は言葉に詰まりながら僅かに肩をビク、と跳ねさせ、息を細く冷たく吸ってから、

意を決して左後ろを振り向く、と、声の通りな明るいハンサム・スマイルの、

近くだとなお凄まじい美貌が佳織の視界にシュパ、と飛び込んだ――香水なのか何なのか、近くの彼からは淡く甘酸っぱいプラムを涼感ミントグリーンがフワと追いかける、爽やかで優しい香りが良く、感じられた。


そんな過度の綺麗さカッコよさがゆえに、佳織はまたもカチカチに固まりながら、でももし嫌われたりヘマしたら絶対終わりで、つまり学校生活が終わるって分かってたから、いま真顔だけど頑張って、彼に答えた。


『たにっ、ちが題名っ、痴人の愛。

 痴人の愛、です。谷崎潤一郎、先生、の……古い小説だけど、好きだから、読んでます』


するとイケメン魔族の彼、ブランドン・ウェルシュは、にわかに双眸のクリアブルーを輝かせ、

湧く嬉しさで興奮したように、光量大きめの声で応じた。


「マジ!? それメッチャ好き! 作品も、作家の先生も、マジ好きっ!

 ナオミちゃん、すっごい肉食系ですっごいカワイイよね、あと超キレイ!

 もうね、行けるならミシュランのステーキハウス行きたいわ、一緒に。

 ア俺ばっか話してゴメンね、そっちはどんなとこ好きとかある?

 ちな俺はナオミちゃんと、あと主導権の握り合いみたいなとこかな。

 スイスイ読めるのにジワ熱がヤバいっていうか、攻守交代がもう白熱だよねアレ」


それを聞いた佳織は、意外さとびっくりと嬉しさで、心の中がパンクして弾けた。

口をポカンと、胸はドッキリと、暖かくフリーズして固まった。

現実が佳織に分からないことになってて、でも、

好きなことが一緒で彼が分かってくれたと、それはハッキリと理解できていた。


……だから、まず口元に力を入れて、キュッと引き締めて喋れるように戻して、

表情は作れそうにないけれど、高く溢れる心のまま正直に、答えた。


『はいッ、そうなの、そうですっ。

 私もナオミさんに憧れて、強くて綺麗で、格好良いのが、大好きで……好きなんです、凄くっ。

 ナオミさんが美しさの力尽くで、何もかも好き放題にしていくのが、

 ドキドキするけど痛快で気持ちよくって、そこも好きです、大好きですっ。

 最初は相手の好きに育てられてたけど、でもそれだって全部利用して、ナオミさん自身の美しさと力に変えて、

 立場を逆転させて上になるのが、もう、もうっ、カッコよくて大好きです!

 それに今言えるのが嬉しくて、あっ、』


そこまで早く強く言葉にしてから、佳織は目前の彼――楽しそうにニコニコと、佳織のまとまらない声を静聴してくれている――にまだお礼を伝えてないことに気付き、慌てて言うべき感謝を紡いだ。


『だからあの、ウェルシュくん、ありがとうございます、本当に話せて嬉しいです。

 ずっと聞いてくれて、それもえっと、お疲れ様でしたっ!』


そうしたら銀とブルーとプラムの彼はまるで宝探しを満喫するように、

面白がりの笑顔をニッカリ広げて、

快活で優しいはしゃぎ、を返してくれた。


「いや全然いいよ、俺今すごい楽しいし。

 こんな話合うと思わんかったし、嬉しいビックリだわマジで。

 だからほんと、こっちこそありがとね」


佳織はコクコク頷きながら、未だ高鳴るドキドキ、驚きに振り回されて、


『うん、はいっ、どうも、私もっ、私こそ!』


と少々妙な返しをするが、ブランドン・ウェルシュはまるで気にしない風な柔いスマイルで、

佳織にちょっとした提案を放った。


「あと俺さ、名前だとファーストネームの、特に愛称のが好きで、

 向こうのみんなもそう呼んでくれてンだけどさ、

 それでこれからは俺のこと、ブランくんって呼んでもらってもいいかな。

 もち断ってくれてもいいから、ほら近すぎるとか呼びにくいとかあるかもだし、

 でもま、チョットだけ考えてもらえない?

 本の趣味がめちゃ合ったし、あとそう、敬語ナシのタメでワチャワチャしたいし。どう?」




佳織は緊張して硬化した頭で、それでも必死にことばを判断し、直線的にカクカクと思う。


(え、じゃあ次あるってことだし、彼と仲良くなって、もっと本の話ができるかも。

 彼から言ってくれたから、私の出しゃばりとかじゃないし、いじめなんかもきっと無い気がするっ。

 答えなきゃ、それでいいって、ブランくん、名前、じゃあそう、私も一緒の、名前呼びでいいよ、って言わなきゃ!)


何とか決断、口を開いて、小さい声でも出来るだけハッキリ、話し出す。


『分かった、いいよ、ブランくんね、よろしくねブランくん』


……ちょっと早口になったから恥ずかしくて、頬が赤くなるのが分かってくるけど、

でも続きはもっと頑張って、ゆっくりめに、聞こえるように言う。


『あの、私のことも、もし嫌とかじゃなかったら、佳織って言ってくれて大丈夫だから。

 ブランくんと一緒なら嬉しいし、一緒に本を話せる感じが、沢山するから。

 だからどっちでも、あっ、つまり名前呼びね、どっちに決めてくれても、これからも出来たら、よろしくね』


すると彼、ブランくんは優しい笑顔をパッと輝かせ、声も朗らかに返してくれた。


「ほんと?うれしー。じゃみんな待ってるし、またね、佳織ちゃん。

 あとごめんね、ずっと後ろ向かせたままで。次からは前来るから、お喋りとかよろしくねー」


そこまで言うと、ブランくんは明瞭スマイルをにわかにふんわり、軽くも甘ぁく蕩めかせ、


「楽しみ♪」


と、はちみつと金平糖みたいにキラキラ言い終えた。


綺麗で優しくて、佳織はもっとほっぺたが赤くなり、

視線を彼の碧眼へ、すいにこ、とクリアなアーモンドアイへかっちりトロリ固定させられながらも、

お別れを心熱くぼんやり、途切れがちのスローさで口にした。




「うん、また、だよね。ブランくん。また、ね」


ブランくんは別れの合図か、笑みをちょっとだけクールに緩めつつ、ひょいと右手の平を上げて、

そして体をくるっと自分の席側に向かせて――制服越しでも大きくてすらりやかな、美しい背中を見せてくれて――、

右手をまた下ろすと、大勢なクラスメートのところへ戻って行った。


彼の足上げ低め、サズ、サズ、となめらかな歩みから、佳織はずっと目が離せなかった……けど彼が〝沢山の友達〟と、話をおっきく賑やかに再開した時、ハッと気付いて注目されたくなくて、慌てて首を、体を元通りの正面向きへ直した。


本の内を見る、また読むと、今までよりもずっと感情が色鮮やかに、ドキドキ高鳴りながら物語を追えた。


……ブランくんは、〝ナオミちゃんと一緒にステーキ〟、みたいなこと言ってたし、私よりずっとナオミちゃんが似合うって思った、綺麗だから、二人とも格好良いから。


つまりは、私だけの勘違いとかは絶対っ、絶対にダメで、本の話を純粋に楽しもうって、決めた。



******



そして、ブランドン・ウェルシュが編入から数日後。


佳織と彼、ブランくんはお昼休みのかなり大部分を、

にこにこ一緒に過ごす間柄となっていた。


この現状について佳織は思う、


(だって仕方ないじゃない、ブランくん本に詳しすぎて、ちゃんと読んでてっ……どんな時も、笑顔で、明るくて。

 話すのが、ぜんぶ楽しすぎるんだもの)


……と。


初日の決意はどこへやら、ブランくんが入った陸上部――魔族の彼は身体能力が高すぎるから、特に自分自身との戦いみが強い、個人種目な部活を選んだらしい――のお話を聞かせてもらったり、

逆に佳織から、所属する委員会のちょっとした話をしたり、


あとはブランくんからファッションの楽しみを語ってもらって――服もアクセも、メイクも香水も、彼はとびきり詳しくて、コーデを組み合わせるのも、口で説明するのも上手かった――、

佳織が穏やかな真剣味で相槌し、ジッと聞き入る時間もすごく勉強になったし、それゆえに面白く、楽しかった。


でも何より佳織が嬉しかったのは、ブランくんが本当に快活な読書家で、

佳織に色んな本の、色んな見方や考え方、楽しみ方をプレゼントしてくれたことだった。


だって今日も、ブランくんは佳織の本に関する質問、


『ちょっと最近、過激な作品が多いらしい作家さんが気になるんだけど、

 ブランくん、あの、筒井康隆先生の読みやすい本って、何か知ってる?』


という言葉に直ぐ笑顔をカチと生真面目に寄らせ、

考えるそぶりを見せつつもほぼ即答してくれたのだ……それもすっごく、分かりやすくて詳しく!





「そだね、長編なら〝旅のラゴス〟が良いと思う。

 ゆったりした短編連作の旅情SFで、落ち着くのに気分が上がって引き込まれるし、

 感動とか切なさまでメッチャ来てくれるから。


 あと短編集なら、〝ヨッパ谷への降下〟ってファンタジー傑作集がオススメ。

 これちょっと過激っぽい話もあるけどさ、でも筒井さんにしては大分控えめだし、

 なんか不思議に面白すぎるから。全部。

 フワフワした柔らかい歯車が、パチパチッと心にハマってってくれる感じでさ、

 ほんと全部傑作なの、マジで。


 それとまぁ俺の趣味ひとつ行くけど、〝脱走と追跡のサンバ〟も、めちゃ好き。

 気分がヘンになめらかに急上昇していく、怪物の怪作、ってムードの本でさ、

 ザックザク流れてくあらゆる言葉遣いね、文章がもう、凄いのよ。

 考えさせてくれる系の作品だけど、考えずにも熱さスピード全開でジャンジャン読めるし、

 色々考えたらまた別の面白みが出てくるし、なンで、もし余裕とかあったらこれも薦めたいワケ。

 いやほんとムリとかは全然ナシでいいけど、気が向いたら読んでみて。話したいからさ」



だからもう、佳織は今日も心から感動し、読める楽しみと興奮、ドキドキに輝く笑顔でお礼を言って……さらに、ちょっと伝えたかったこと、彼と共有したかったことをゆっくり、シズシズと続けた。


『うん、ありがとうブランくん。

 全部面白そうだから、ゆっくりかもだけど全部読むね、私っ。


 それであとね、話が変わるんだけど、昨日話してた谷崎先生の〝魔術師〟のことで、

 ちょっと私、二律背反と同居の同時進行、みたいなテーマが、

 ブランくんのおかげでもっと気になったから、

 ちょっとあの……レポート、みたいなのを今、スマホで書いてて。


 短めな中編だし、作中のふたつ一対みたいな言葉を抜き出して行って、

 それで陰陽の光っぽい片方と、闇っぽい片方で二項対立させながら、

 でもそこからの一部同居もあるかも、みたいなレポートにしてるの。

 あの、だから、なんだけどっ、もし書き終われたら、ブランくん、読んでくれる?

 もし面倒とか時間とかがあれだったら、全然断ってくれて大丈夫だから、えっと、返事だけ、聞いてもいいかな』




するとブランくんは、目に見えて――クリアな碧眼を、もっともっと明るく!――嬉しさを満面スマイルへあらわにしてくれて、

声も煌めき、ツヤさぱさぱと、溌剌にはしゃいで肯定してくれた。


「えまじ読みたい、それぜッたい読みたい!

 てか佳織ちゃんレポートって凄いね、俺とちょい話したことをそこまで突き詰めてくれて、

 なんかめっちゃうれしーわ今、テンション上がるーっ♪

 もう是非さ、最初俺に読ませてよ。感想とか言いたいし、佳織ちゃんの意見とか声、俺もっと聞きたい。

 コレ約束ね、あっでも書くのマイペースでいいからね?

 佳織ちゃんの私生活なんだし、落ち着く感じでやりたいことやってね。

 俺に合わすとか、マジぜんっぜん無くていいからさ。

 だって俺自己中だし、アこれ前も言ったっけ?でもとにかく、佳織ちゃんスゲーし、素敵だわ。ほんとよ?」


彼のわちゃわちゃ楽しそうな褒め言葉に、佳織は思わず胸熱く、顔も熱く、どきっと高まってしまう。

……嬉しくて、素敵って言ってもらえて、頑張る気持ちもぐんぐん高まりもう、何だって出来そうに思える、ブランくんを信じたいと思う……それと、佳織自身のちからも!


『うん、本当って分かる。嬉しいから、もっと頑張るね、私っ!』


「おー、頑張れー!楽しくね♪」


お互いちょっと声が大きくなって、佳織は結構恥ずかしい思いをしたけれど、でもブランくんが笑ってくれるから、それで良かったんだと思えた。


――だからずっと考えてた計画、引っ込み思案がちの矯正に、バイトへ応募して働いてみることも、きっと上手くやれそうって……いやもう、必ずやるんだってそう決めた!



******



3日後、佳織は無事バイトの応募から面接まで合格し、さらに夜にはレポートもスマホで書き終わり、

仕上がりのハイテンションで意気揚々と、ブランくんのメアドにこんばんはの挨拶とレポート完成の旨、そして添付送信をおこなった。


なお、ブランくんと知り合って二日目には、彼がラインとか連絡先の交換を申し出てくれて、当時の佳織も少し緊張しつつも、クラスメートだしありがたく受け入れた、という経緯があり、また、同日夜にはブランくんへクラスのラインに誘われて、佳織も少しずつそこへの参加を始め、クラスメートたちやブランくんの優しさやコミュ力に助けられながら、自分なりに心暖かく続けていた。


そしてそんな交流の繰り返しのおかげか、佳織は人気者でハンサムなブランくんと、

文量はまだ少ないながらも、個人ラインやメールを送り合えるまでに成長していたのだ。


……で今、返信がいつも通りな秒で返ってきて、佳織はブランくんのタップスワイプの速さに幾度目かの感心を抱いた。


当の文面だって彼らしい陽気と優しさに満ちたもので、


「完成おめっとー、んでめっちゃありがとー!♪

 じゃ早速読むねー、感想は明日まで待ってて。

 俺読むの早いし、徹夜とかは心配いらないからさ。

 あでも、丁寧にも読むからね! 超、マジで!

 じゃまたねー、佳織ちゃん!」


という風なお祝い、感謝と気遣いとの全部に、佳織の心はあったかく心地よく、とくり・とくりと高鳴った。


ただ明日は初バイトの日曜だし、嬉しいけど、早く落ち着きながら歯磨きとかして、

もうベッドに行かなきゃいけないとも分かってたから、

佳織はスマホを置き、座ってた椅子から立ち上がり、

洗面所の方にぱたぱた向かう……と、その途中、ブランくんからのメールにちょっとした違和感を覚えた。


(あれ? 明日は日曜日で学校休みなのに、ブランくん、〝感想は明日〟って……あ、スマホで送ってくれるのかな?

 それはそれで見るのが楽しみ、だけど……いつもは会ってお話できたから、ちょっと残念、かも、

 あっ、ううん、ワガママは良くないよね、ブランくんの優しさを無下にしないように、ちゃんと反省しなきゃっ!)


でもまあ、そんな違和感はすぐに解消し、

佳織はキュッと自省に気を取り直して、半ば無意識に着いていた洗面所で、

きちんと歯磨きを始めるのだった。



******



そして日曜日、佳織は朝からバイト先のカフェ―50代半ばくらいの、上品なご夫妻が経営している小さなコーヒーハウス―に自転車で出発し、車輪を回して程なく到着、

しかし入口の、ドアを開けたところで声なく、アッと驚いた。


経営者のご夫妻に向かい合って、今日はスマカジコーデなブランくん―ピアスはほぼ外して両耳たぶの小さめサイズなシルバーだけと、あといつもの腕時計オンで、ネックレスは無し、服はトップスが黒の丸首シャツに、ブルーの薄手シャツジャケットを前開きでオン、ボトムスはスリムな白のチノパンツで更にすっきり、しなやかなブランくんの脚が綺麗、あと革靴はスリッポンタイプでダークなネイビー、涼しめ静かな色味もかたちも、素敵―が、やんわりにこやかー、に談笑していたからだ。


佳織は思わずドアを後ろ手に締めてしまい、直後に無作法を(あ、しまった!)と気付いて反省しつつも、

でも疑問が先立ってブランくんに駆け寄り、まとまらないまま挨拶、急いで声掛ける。


『ブランくん、おはよう、なんでバイトに居るの、じゃなくて知り合いかもなの?あのどうして、このお店に居るの?』


そんな佳織の早口をブランくんは、ほんわり優しい微苦笑で見詰めつつ、

佳織が言い終わったタイミングでサラリと答えてくれる。


「おはよ、佳織ちゃん。質問だけど、バイトで正解ね。

 実は俺もチョットびっくりしててさ、たぶん面接の日がずれてて、それで気付けなかったっぽい感じ?

 でも意外な嬉しさっていうか、佳織ちゃんが居てくれて気分浮くわマジ。

 いつも話とか合うし聞いてもらえるし、ココの休憩時間でもまったり楽しめそー。

 あモチ仕事はマジメにやるけどさ、それ当然だし?だからマ、一緒に頑張ろ。ね♪」


聞いた佳織も、優しい声色と明瞭な説明のおかげでだんだん落ち着くことができて、

最後ブランくんがカッコ可愛くニッコリ、〝ね♪〟と笑みを照らしてくれた時には、

ちょっとほっぺたが赤くなったりはしたものの、どきどき意外は割に静かめの心で、


『あっ、うん、頑張る。バイトが一緒なのって、私もすごく嬉しいし、もっと頑張れるって気がする、から。』


そんな言葉をゆっくり返せたのだった。


対するブランくんは笑みを柔く緩めて、


「そっか、じゃ佳織ちゃんも、店長さんたちにご挨拶しなきゃだね。

 開店前まで仕事内容の確認とかあるだろーし、

 一つ一つキッチリやってこ?」


と正論のアドバイスをくれたから、佳織はちょっと慌てつつも、まずブランくんにお礼を短く述べた。


『あそうだね、ほんとありがとう!』


ブランくんは右手の平をスと軽くあげ、また可愛くひらひら振ってくれたから、

佳織は内心キュンと高鳴りつつも、表情を精一杯、生真面目ぽく整えて、

店長さんご夫妻に丁寧な挨拶を、〝よろしくお願いします〟、も含めて伝える。


そして幸い、ご夫妻はとても優しくにこにこと、〝知り合い同士なら業務も円滑に進むだろうし、仲良くお喋りもできるだろうし良かった〟、的なことを仰ってくれたから、佳織はホッと安堵を得たのだった――緊張っぽい肩の重みが、心地よく下に抜けてくようだった。


それからはブランくんと一緒に仕事の内容確認や、軽い掃除を済ませて行き……やがて開業時間がやってきて、佳織とブランくんのバイトライフが幕を開けたのだった。



******



……佳織にとって、学校とバイトの両立は大変なことも多かったし、

ゴールデンウイークにはお客さんも多くなって対応にてんてこ舞いしたりもしたけれど、

それでもなんとか体調も成績も無事に、4月、5月を(中間テストなど含めて)送っていけて――ブランくんがバイトの帰り道を送ってくれるのは、いつもすごく頼もしかったし、話しながら一緒に歩く時も変わらず優しい、格好良い彼の涼やかさに、佳織の心はゆったり熱く、ほっとした――、

いよいよ5月25日な今日が給与日、通帳にお金が振り込まれる日がやって来た。


そんなワクワクの日の学校、バイトも、ブランくんとたまにお話ししながら忙しくもやり甲斐たっぷりに完了できて、

佳織はブランくんと共に店長ご夫妻に帰りの挨拶をした後、

帰り道を青にプラムの彼と、また心地良くそよそよ、すいすい、お喋り歩きを楽しんでいた。


……と、佳織がバイトのお給料を話題に挙げて、

〝買う物が決まった時が、今からすごい楽しみ〟、みたいなことを言った時、

ブランくんが返しの言葉に、ちょっと意外で、すごく驚くこと……でもドキリと嬉しいことを、口にした。


「それなんだけどさ、一緒にお祝い兼ねて街遊びとかしない?

 色んな店も回って、欲しいもの探したり即買ったりもしてさ、

 バイトひと月達成!を、佳織ちゃんと俺とで目一杯遊んで盛り上げたいのよ。

 次の土曜日はバイト休みの日だし、遊び行けたら嬉しいなァ、って」


聞いた佳織が様々な感情、ぐるぐるの柔い熱さで戸惑う前で、

ブランくんはにわかに表情、なだらかなアーモンドアイをキリ、と真剣な真っ直ぐラインへ変えて、

ブルーの瞳も同じくストレートな視線で、強く佳織を見詰めて、カッチリ優しく続けてくれた――硬くて鋭い真面目さなのに、奥の優しさがはっきり伝わった。


「もし予定とか無ければだけど……それか別の日でも、佳織ちゃんと一緒に居て、遊びたい。

 どうかな、佳織ちゃん」


佳織はブランくんのひんやりした格好良さと、でも確かな暖かみ、願いと気遣いとにすっかり圧倒されたけど、

いま心で一番本当なのは絶対、〝嬉しいの〟だったから、

自分も迷わず正直に、ブランくんへと気持ちを返した。


『うん、誘ってくれて嬉しい。いいよ。私も嬉しいし、遊べるの、楽しみ。

 予定とか全然大丈夫だから、ブランくん、土曜日に遊びに行こ、私も行きたいよ』


そこまで言った時、佳織は自分の言葉がまとまってない上、お礼さえ伝えてないことに気付いたので、

もう熱かった頬をさらに赤く染め上げて……それこそおでこまで真っ赤にしながら、も、

ブランくんにきちんと、ありがとう、を続けた。


『ブランくん、ありがとう。遊びと買い物に誘ってくれて、私、本当に嬉しかった』


すると、ブランくんはいつもの明るさでニコッと笑って、

澄んだ川辺の風のように、気持ち良く軽やかに応じてくれた。


「そっか。俺も嬉しー、めっちゃね。

 じゃあ土曜日は佳織ちゃんも俺も、もっと楽しくて嬉しくするね。

 期待しててー?♪」


そんな彼がやっぱり素敵だから、佳織は胸も心もドキドキ熱く打たせて浮かせて、

もうちっちゃな声ですなおに返事した。


『……うん。すごい、楽しみになってる……してる、ね』


そろそろ佳織の家、帰りも近いとこまで来てるから、

顔の赤みとか熱さとか、ちゃんと引くのかが心配だった。


でも。けっして、心のあったかさだけは引かない引かせたくないし、

ずっと胸熱いままだって、分かった。



******



そして街遊びの当日……佳織の勘違いじゃなかったら、たぶんデート、って思いたい朝の、晴れた空が来た。


遊ぶコースはブランくんが考えてくれるとのことで、

家で精一杯おめかししてきた佳織が、15分前行動で待ち合わせ場所に着くと、

そこには既にブランくんが、夏色コーデで待ってくれていた。


今日のアクセはマットな/つや控えめなゆんわりイエローゴールド中心、ピアスから落ち着くその色がかたちもったり、すんむり丸まり空いた三日月の大きめで、イエローゴールドでも光薄めに落ち着いてるからブランくんの髪色、シルバーとブルーにも合っている。


首元には同じくマットゴールドの真円サッパリなトルクネックレス、かどなくてもカチッと硬そうに丸くてかたち爽やか、色味はやっぱり穏やか。


トップスは深いめグリーンの丸首Tシャツ、胸元には英語の短文ステッチが、さーっと自然に横切ってカッコいい、ちょっとモードなシンプル感。


ボトムスはより影のある風な、静寂ダークグリーンのスラックス、彼の美脚に沿って合うかたちの、スリムシルエットでやっぱり格好良い。


靴はオールブラックのローカットスニーカーで、少しだけ見えてるソックスは濃藍カラー、周りと重なりながら主張する、ナチュラルディープブルーの差し色、素敵。


右手人差し指にもマットゴールド台座のなめらか丸リング、上には楕円のムーンストーン、色彩はほんわりな白に虹がかった幻想チックの綺麗、それに左手中指にもマットゴールドとジュエルのリング、こっちの煌めき楕円はブルー・サファイア、あまり見せない左手が時にパッチリ、ブランくん色を主張してくれそうで楽しみ。


あと左手首には今日、金と黒のウォッチ、レザーベルトも、丸み四角形な文字盤もブラックで、時刻含めた針と文字盤周り、ケースはツヤ有りゴールド、でもどこのゴールドもシャープなシルエットと厚みだから、アクセントすっきりになってくれてる感じ、今日のブランくんにピタパチッ、としてる。


バッグはブラックの大きめショルダートート、やわみがあってちょっと三日月状、たくさん買い物しても大丈夫そうな雰囲気。



つまり今日もブランくんは美貌抜群で……というか、さらになお一層、普段つけないゴールドでもオシャレしてくれててカッコ良し!だったから、佳織は早くも頬をホンワリ赤らめつつ、ブランくんに挨拶を送った。





『ブランくん、お待たせ。

 先に待ってくれててありがとう、今日はこれから、よろしくね』


ブランくんは軽く優しく微笑んで、答える。


「ハイ、よろしく。俺も楽しみだし、もう行きたいけど佳織ちゃん、歩きとかだいじょぶそ?

 ひょっとしてだけど、ここまで急いだりしてない?」


『ううん、ゆっくりめに歩いたから全然。

 いつでも行けるし、どこそこの時間もブランくんにお任せするね』


「そっか、じゃ一緒に行こ。

 お店巡り中心だから、目とか休めたい時も言ってね」


『分かった、ほんといつもありがとう。

 じゃ、うん、隣で付いてくから』


「おっけー、俺もゆっくり行くなー」


その言葉通りに、ブランくんは穏やかペースで歩き出し、隣立つ佳織もほくほくの上機嫌で、彼と一緒に進んでいった。



******



ブランくんとの街歩きにショッピングはお値段控えめ、ほんのり高見え風味に心浮き浮き過ぎていき、

ブランくんは相当に沢山の服にアクセに小物にコスメを次々購入、整理しつつバッグへ入れまくり、

佳織は時間を貰ってじっくり選び、少しずつな買い物を楽しんだ。


昼食ではしっとり落ち着く雰囲気のブックカフェで、

佳織はクリームと蜂蜜のパンケーキ、ブランくんはちょっと豪華めのサンドイッチを食べたり、

二人で気になった本を試し読みして、面白かったからそれぞれ読み中の本を買ったりもした。





午後からもショッピング中心、たまにゲームセンターや本屋さんでの時間――ダンスゲームのブランくんの足さばき、身体の躍動にリズム取りは、目を見張るほどに爽やかで活発、太陽に照るみたいに美しかった――を送ると、

少し日が傾いてきたところで、ブランくんは、〝最後にココね〟と称して、

ユニセックス製品が多めに見える、きれいめカジュアル・少しモード感、なブティックに連れてきてくれた。


……そして、そこでもブランくんとお喋りを楽しみながら、二人で色々見ていると、

ブランくんは一対の黒塗りステンレスピアス、幅も直径も大きめなフープにカクカクっとカッティングを重ねたブラックメタルがキレイなのを買っていて……店内で静かに嬉しそうな彼とピアス、の情景を見た佳織、ピアス穴が空いてないからイヤーカフや、クリップオンイヤリングの経験しかない佳織に、ふとささやかで確かな欲求が生まれた。


(あ、私もピアス付けたい)


思ってトクン、と胸があったかくなって、考える前にぽろ、と言っていた。


『ブランくん、私のピアス選んで。付けたい』


ブランくんが選ぶのを、今からどうしても付けたかった、と、でもそこで佳織の意識が平常近くに戻って、過激なこと言った恥ずかしさと驚きと混乱とで心が熱々クルクル回転し、胸もどきどき、ほっぺたも真っ赤になってしまった。


当のブランくんもちょっとびっくりしたような顔してたから佳織はもう消えてしまいたくなったけど、でも、ブランくんはスグに柔らかくにっこり、佳織の安心できる笑み、〝大丈夫でおかしくない〟、っていう感じにすーっと落ち着ける微笑みをくれたから実際、佳織の熱さや高回転のハートもゆったり収まって来てくれた――ブランくんは本当に優しいな、って、水平な暖かさで思いが浮かんだ。


ブランくんは、佳織のほっとする緩やかな笑顔のまま、肯定の返事を聞かせてくれる。


「いいよ。佳織ちゃんに似合うの、選ぶね」


そしてちょっとだけ真剣そうにスマイルを静めると、さらなる提案、気遣いを送ってくれた。


「あとさ、ピアスって穴空けるのが要るんだけど、それね、俺の魔法でやってもいいかな。

 魔法だから痛みとか無いし、消毒とか血止めとかも全部いっぺんにやれるから。

 もし佳織ちゃんが受け入れてくれるなら、店員さんに許可とかもらうけど、だいじょぶ?

 ただ魔法が不安とかだったら、ノーとかでも全然いいからね」





聞いた佳織は、提案自体がすごく魅力的なのと――特に、痛みがないっていうところ!――、もし受けたらブランくんの魔法が見られる、感じられることに怖いよりもわくわくしてきて、ほぼ即座に、自然な了承で応じた。


『うん、お願い。ブランくんの魔法、私すごい楽しみっ』


ブランくんは、微かに安堵したようにまたホッコリ笑って、


「りょーかい。じゃ先ず、店員さんと話してくるねー。ちょい待ってて」


そう声も穏やか、軽やかに言ってくれると、店員さんの方へ歩いていって言葉使いも淀み無く、てきぱきと会話を交わし始めて……本当に少しの間だけ、2分足らずでオッケーを貰うと、佳織のところへ戻ってきてくれた。


そんなブランくんが、淡いにこやかさで質問してくれる。


「いけたいけた、全然イイってさ。

 でどうする?先に空けとくか、選んでから空けるかだけど。

 ちな俺のオススメは、いっそ思い切って先に空けとく方ね。

 でもま、佳織ちゃんはどんな感じ?聞かせてくれたら、そっちにするから」


そう言われても、佳織の答えはもう決まってる。ブランくんの魔法が、すごく見たいので。


『大丈夫、先に空けて。ブランくんの魔法って、私絶対、それでしてもらいたいから。

 お願い、ブランくん』


するとブランくんはなんだか嬉しそうにむずむずするような、ちょっとくすぐったさそうな笑顔をぱぁと広げて、

微かに蕩けた熱色の声を、優しさ変わらずぽわぽわ放った。


「わ……うん、佳織ちゃん、かわいー。お願いされちゃったし、俺がんばるね。

 ちょっと人差し指で左耳から、佳織ちゃんの耳たぶ触るけど、マジ直ぐで終わるから安心してね。

 ほんと、痛いとかないからさ」


佳織も少し笑って、さらっと応じる。


『分かった。信じてるから、大丈夫』


ブランくんは笑みをも一度ゆるく、穏やかな色味にすると、声もそんな柔さで合図してくれた。


「ありがと。じゃ、行くね」





ブランくんが右手をすぃと上げて、握り拳から人差し指、ムーンストーンとマットゴールドのリングがすんわり、じんわり輝く指だけ伸ばして、私の左耳に近づけてきてくれる、グリーンシャツの半袖からブランくんの綺麗な右腕、すべらかでサァッと逞しい筋肉、素肌が見えてどきどきする、格好良くってすごい嬉しい、ブランくんの指先が、私の顔の左、耳たぶにちょつ、と触れてくれて、そこにひんやり細いのが通った感じする、たぶんブランくんの魔法で、穴を空けてくれたって感じする、だって実際ブランくんはもう指先を離して私の顔の前横切って、右耳の方に向けてくれてる、そっちの耳たぶ、にも、触れてくれてひんやり、細いのが通り抜けてく感覚、今どっちの耳たぶもほっそりひやひやしたのが気持ち良い、ブランくんが右手を下ろして楽な手の平開き、五本指伸ばしにしてる、じゃあ終わったってことだけどほんとに全然痛くなかったしひんやりが気持ちいいし、ブランくん凄い、ブランくんの魔法って、ほんと凄いっ!


『凄い。ひんやりして気持ち良いし、好き』


思わずそう言った私は好きって気付いて、そうブランくんのことどうしても好きって気付いたから向かいのブランくんが、


「そっか、良かった」


って返してくれて嬉しいけどちょっとそれどころじゃなく胸が熱くて柔らかくって、締まったり開いたりトキュ、トキュ、してる、熱の動きで恥ずかしさも言い訳も全部溶ける感じする、好きって言いたい、もっと好きって伝えたい!


『ブランくん、好き。大好き。

 魔法も好きで、ブランくんのこと全部好きでっ、だからずっと、お願い、一緒に居たい』


ブランくんがびっくり顔になって、心なしか嬉しそう?な感じもするけど私は気付いて、冷静さが来て怖くなる、氷が背中から入ってくる感じする、怖い、でも、最後まで、断る自由とかも、言わなきゃって思うから、怖いし、好きでも、好きだけど、言った。


『ブランくんのお返事、どうか断るのでも、優しめにお願い、します』


そしたら、ブランくんはなんだかすごい焦ったような感じで、勢い込んだ真面目顔で答えてくれた。


「いやダイジョブ。俺、佳織ちゃんのことすっごい好きだから。

 ほんと、そういう意味で、好きだから。

 言ってくれてありがとうね、怖かったよね、ごめん、でも嬉しい。ありがとう、佳織ちゃん」


ブランくんの言葉に、嘘のない声に、佳織はあったかい嬉しい気持ちが間欠泉より激しく沸き上がり、目にも熱いのが、水が来て、潤んで涙がほろほろ零れる、嬉しいのがもう止まらなくなってしまう、ナチュラルな心のまま声が、気持ちが紡ぎ上がっていく。


『ありがとう、ブランくん。嬉しい。一緒の好きで、私っ、すごく嬉しい』


ブランくんは柔らかい日差しみたいに、優しく、明るく微笑みながら、


「うん、俺も好き。佳織ちゃんと、ずっと一緒だね。今だって、これからも、ずっと好きだから、さ」


まるで綿細工の声で、するりするりとそう言って、ハンカチをポケットから差し出してくれた。


佳織はちょっと笑って、ありがたくハンカチをお借りした。




……こうして、和やかな好き同士に結ばれた二人。


ところでブランくんの選んだピアスは、ちょっと大きめなホワイトパールのピアス、ぽわぴか目立ちな直径7.5ミリの逸品で、しかも本物のパールだから相応にいい値段がしたけれど、なんとブランくんが全部支払ってプレゼントしてくれた。


佳織は当然遠慮したけれど、でもブランくんは魔界で土地の管理みたいなお仕事に務めてるらしくって、そっちのお給料とかもあるから経済的には全然問題ないらしいし、〝それに何よりさ、お付き合いのお祝いに、好きな佳織ちゃんにプレゼントしたいから〟とか、〝俺が嬉しくって、したいことだから、お願い?〟みたいに、真摯に格好良く、かつ可愛くおねだりされては佳織にはもうなすすべもなく、頬を嬉しさと照れに薄く赤らめて、〝じゃあ、はい、お願いします〟と答えるほかなくなってしまったのだ。


でも、まあ、実際佳織はプレゼントされて心があったかくどきどき弾んだし、パールピアスをすぐ付けてみた時には内なるテンションがもっと、空より高く浮き上がったりしたので、ブランくんにはお礼をきちんと、おっきく伝えた。


すると大好きな恋人、ブランくんは、


『ありがと。似合ってて綺麗で、俺佳織ちゃんのこと、やっぱ好き。

 これからもさ、一緒に楽しくいこーね』


日に透かしたべっこう飴みたいにカラッと甘く、そして明るく伝えてくれたから、

(ああ、やっぱり好きだなあ)、そう佳織はにこにこと思ったのだった。


これからも一緒に居れるのが、佳織だってブランくんだって、きっとお互い最高に嬉しかった。



<END>

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