カオマンガイの演舞姫

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 未知なる一皿

小さなタイ料理店の扉を押し開けたとき、彼女はすでに少し興奮していた。

白い壁に木の装飾が施された店内は、異国の空気に満ちている。鼻をくすぐるスパイスの香りが、彼女の食欲をそそった。


「いらっしゃいませ。」

店主らしき男性が笑顔で迎え、彼女を窓際の席へと案内した。席に座ると、テーブルの上に置かれたメニューを手に取り、目を走らせる。タイ料理は初めてだったが、ふと目に留まった「カオマンガイ」という名前に何か特別な響きを感じた。


「これをお願いします。」

注文を済ませると、窓の外に目をやった。異国の音楽が静かに流れる店内で、彼女は少しだけ自分が旅人になったような気分を味わった。


しばらくして、運ばれてきたのはシンプルな一皿だった。蒸し鶏がジャスミンライスの上に整然と並び、付け合わせのスープとタレが脇を固める。香りがふわりと立ち上り、彼女はその瞬間、これがただの食事ではないことを直感した。


フォークを手に取り、一口。

最初の一口は、言葉にならなかった。柔らかな鶏肉と、鶏の旨味をたっぷり含んだご飯が口の中で溶け合い、タレの甘みと辛みがその味わいをさらに引き立てる。


「なに、これ……」

思わず声に出た。その味は想像を超えていた。温かさと深みが、彼女の体の奥底に広がる。心臓の鼓動が早くなり、額にじんわりと汗が滲むのを感じた。


気づけば、彼女の手はフォークを握りしめ、再びその一皿に向かっていた。二口目、三口目と食べ進めるうちに、彼女の体が少しずつ熱を帯びていく。


次第に、体が勝手に動き出す。

膝がリズムを刻み、肩が自然に揺れ始める。まるで音楽が彼女の中に生まれたかのように。


「どうして……止まらない……」

彼女の中で何かが目覚めようとしていた。


――この一皿が、彼女の人生を変える。


(第2話に続く)

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