数珠
山鷲霊衣
プロローグ
4年ほど前、この国では"国民健康生活保障制度"が施行された。
この制度は、政府から国民全員に一律の額を毎月支給するというものだ。
なんでもその財源は、AIによる労働から生み出される収益に課される特別な税金で賄われているという。
つまりこの法律は、いわゆるベーシックインカムを現実のものとした施策だ。
政府は、AIによる仕事の効率化と自動化を推進すべく、各企業に対して巨額の助成金を注ぎ込んだ。その結果、社会は急速に変化し、国民の半数近くの雇用を奪った。もちろん政府はこれも予測の範囲内だ。
実はこの"国民健康生活保障制度"の法案は、数年前から水面下で密かに計画されていた。当初、政府は国民の雇用を守るために、政策の公布に踏み切ることをためらっていたが、技術の進歩と財源の確保が現実のものとなったことで、ようやくこの制度を施行するに至った。
これが、急激に変化した社会の中で、職を失い、行き場を失った人々への政府の回答だった。
この制度によって受けられる援助では、裕福で優雅な生活にはとおく及ばない。
けれど、乾いた土にわずかに降る雨のように、最低限の生活を支えるだけの金額が毎月規則正しく振り込まれる。その額は、新たな芽を出し、希望や野心を育むには不十分だったが、根が枯れずに生き続けるには十分だった。
そのため、この制度を頼りに自由を求めて自ら退職し、労働という束縛から解放される道を選ぶ人々も少なくなかったのだ。
―― しかしそれは結果として、人々から生きる意味を奪うことになった。
人々は、生きる意義を見出そうと必死に躍起になっていく。
これから語られるのは、"国民健康生活保障制度"(以下、"国保制")によって翻弄された無数の人生の中から拾い上げられた、ほんの一握りの物語。
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