【COMITIA150新刊サンプル】スポットライト・ロマンス【東6 る14a】
矢神うた
プロローグ
新緑が眩しい、ある五月の土曜日。
浅縹(あさはなだ)大学内は週の最後の午前講義が終わり、休日が始まろうとしていた。
普段なら、学生たちがそそくさとキャンパスを後にする時間帯の、太陽が真上に昇る午後二時ごろ。
ひっそりと閑古鳥が鳴いている小講堂になぜか珍しく、続々と学生が集まっていた。
黄色い声を隠さない女子学生たち、異様な光景に物珍し気に伺う男子学生や教職員。何かしらの催し物が始まる気配を感じる中で、共通して話題にしていたのは、ある一人の男の名前だった。
「今日いつもより人が多いのって、あの目立つ新入部員がいるからなの?」
「恵(けい)志(し)様でしょ? もうファンクラブがあるらしいよ、前方の女子の大群みんなそう」
「まだ入学して一ヵ月たってないのに?!」
どうやら、ある一人の男目当てに集まっているらしい。
ざわつく小講堂全体に、外に漏れるほどよく通るアナウンスが、マイク越しにキン、と響く。
「それではこれより、浅縹大学演劇サークルの五月公演を行います」
今日は、浅縹大学演劇サークル恒例の小講堂を借りて行う月一回の発表会の日。
開演の合図が鳴り、静まった観客の中、乙(おと)成(なり)恵(けい)志(し)は袖幕で目を開く。
端正な顔立ちに鋭い瞳、派手に染めた紫色の髪は段上にカットされており、下部分だけ長い髪を払いながらニヒルに笑う彼の姿は自信に満ちあふれている。
大学一年生の恵志にとっては初公演である今回の役柄は華麗に姫を攫う美しき怪盗であり、主役だ。
タイトルは『怪盗の恋』。
恵志が演じる主人公の怪盗は、幼い頃ヒロインである姫と結婚の約束を交わした。
しかし、主人公は王族でありながら、怪盗の血筋を持つため、穢れた血として扱われ、愛する姫との婚約が叶わない。
そんな運命に抗うべく、姫を攫う計画を立てる、という内容だった。
この作品を、恵志は何度も読んだ。
いつもなら物覚えの悪い恵志も、この台本のセリフは一言一句全て覚えている。そのくらい魅力的な物語だったからだ。
緞帳が上がると、そこには燦々と輝くスポットライトが恵志を待っていた。
この舞台で恵志は新たな魅力を客席に見せられるだろう、と自分を鼓舞し、タキシードの襟を正してから、舞台に悠々と進んでいった。
観客からは圧倒的な美しさを持った人物が現れたどよめきや、黄色い声援を送る者、恵志の百九十センチ近い身長に驚く人の声でひしめき合う。
まだ舞台に立ってすぐにも関わらず、恵志は一際人から注目を浴び、集客にも一役買っていることを物語った。
「恵志さま! かっこいいー!」
舞台上だろうがどこだろうが、恵志は耳が良い。
さらには、自分の良いところを褒める言葉に対してはかなり敏感であるため、彼女らの言葉は一文字もこぼすことなく耳に入り、舞台上で鼻が高くなる。
「恵志様~! こっちむいて~!!」
ファンクラブから一斉に聞こえてきた小鳥のようにさえずる女子達の声の元に射抜くような瞳を向けてウインクを一つ。
ほだされるような顔でこちらを見つめたのを確認して、恵志の気分は最高潮に達した。
目立つのは最高に気分がいい。恵志は自分の顔の良さもルックスの良さも知っている。
地球上のスポットライト全てがこちらに向いている気分で、記念すべきデビューの日を迎えられた、と意気込んで、舞台の中央で堂々と客席に向かってセリフを発した。
「ハハハ! オヒメサマヲ、ウバイニイクゾー!」
恵志のよく通る棒読みの声が、小講堂全体に響いた。
観客席からは、先ほどのざわめきとは打って変わって、大歓声は一つも聞こえず、突然すっと波が引いたかのように静かになった。
褒め言葉しか耳に通らない恵志には一言も聞こえないだろうが、観客の中からとある男性がぽつりとつぶやく。
「顔だけ大根役者が……」
その言葉を最後に観客の一人が勢いよく泡を吹いて倒れる。
「おい!! 学生が倒れたぞ!」
「救急車だ救急車―!!」
あわただしく観客が動いて騒ぎになったため、舞台を進めることもできず、恵志のセリフを最後に五月公演は休止せざるを得ない状況になったのだった。
倒れた彼の名前は加鳥(かとり)詩(し)苑(おん)。後に恵志と出会うことになる大学一年生だった。
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