第51話 咲き誇り、記憶を呼ぶ花
「蓮、陶太傅についてどう思いますか。」
凛音は昨夜慕侯爵の書斎で見つけた燃え尽きた手紙の断片を蓮に差し出した。
「陶太傅が雪華国の滅亡に関与しているとは到底思えません。」
蓮は一瞥するだけでそう断言した。その口調は穏やかだが、どこか確信を帯びている。
「それなら、なぜ彼の名前が慕侯爵のところに現れるのですか。」
凛音の声は冷静だったが、その瞳には疑念の色が濃く宿っていた。
「それは……分かりません。ただ一つ言えるのは、陶太傅が雪華国に危害を加えるような人物ではない、ということです。」
「なぜそこまで断言できるのですか。」 凛音は一歩踏み込み、真剣な目で蓮を見据えた。「蓮らしくないね。」
蓮は短く息をつき、目をそらすことなく答えた。
「その理由は、僕の口から話すべきではないものだ。」
いつもの軽い口調ではなく、どこか躊躇いと重みを感じさせるその言葉に、凛音はしばらく黙り込んだ。
蓮の言葉、やはり気になっていた。 どうして彼がそこまで陶太傅のことを信じるのか。 なぜ陶太傅が突然朝廷に戻るのか。
なんとなく、全部、私が関わっている気がする。 私が原因で、何かが動いている。 でも、それが何なのかは分からない。
涼しい夜風が頬を撫でる中、凛音は窓辺で月を見上げた。
「浮遊、いるんでしょう?」
短い沈黙の後、闇の中から低く抑えた笑い声が響いた。
「まったく、お前の呼び方はいつも直接的だな。」
月明かりの中に青白く光る龍の姿が現れた。
「どうした?また難しい顔をしているな。まさか、王子様との恋愛で悩んでいるのか?」
「違うよ。」凛音は眉をわずかに寄せながらも、すぐに反論する。「浮遊、私の母上について教えてください。どんな人だったのか、名前を知っていますか。」
「ほう、いきなりだな。なぜ今さらそんなことを聞く?……まあ、名前は知らん。あの頃、わしはまだ完全に目覚めていなかったからな。」
「では、どんな人だったのですか?」
「そうだな……断片的な記憶だが、初めて見たときの姿はよく覚えている。長い黒髪が腰まで流れ、白瀾国の薄紅の服を纏っていた。まるで絵巻物から抜け出したかのような、美しい貴族の娘だったよ。」
「浮遊、私が塾にいる時、見ていたでしょう。陶太傅のことをどう思いますか。」
「人間のことか、分かりづらいが……その男の血には、お前と似た匂いがする。」
「やっぱり……浮遊、正直に答えてください。彼は敵ですか?」
「敵かどうか、それはお前自身が見極めることだ。だが、覚えておけ――血という絆ほど曖昧で、そして厄介なものはない。」
そう言い残すと、龍は再び夜の闇へと消え去った。
秋の澄んだ空気の中、陶府は竹林にひっそりと佇んでいる。門前では青々とした竹が風にそよぎ、淡い香りが静かに辺りに広がっていた。散り始めた黄色い葉が竹林の中を舞い、戯れる蝶のように優雅な光景を描き出している。深緑と金色が織りなす彩りが、秋の深まりを静かに告げている。
陶府を囲む高い塀は、慕府のような威圧感を放つものではない。繊細な彫刻が施された塀は、文人らしい気品と余裕を感じさせる。全体の色調は柔らかな青と灰色を基調としており、華美を避けつつも格調高い雰囲気を醸し出している。
その佇まいはどこか清冷で、静けさの奥に深遠な趣があった。見た者に直接的な威圧を与えるのではなく、むしろその奥に広がる無限の深みを思わせるような存在感が漂っている。
凛音は今日は特に長い髪を下ろし、翡翠の簪を挿して、薄紅色の長い衣を纏いながら、まるで風に舞う花のように軽やかな足取りで陶府を訪れた。
「ごめんください。」
彼女は陶府の門前に立ち、穏やかで落ち着いた声で呼びかけた。
返事がないことを確認すると、凛音は悠々と中へ足を進めた。
庭に一歩入った瞬間、青灰色の落ち着いた風景の中に、まるで絵巻に燃え上がる炎が描かれたかのような光景が目の前に広がった。
真紅の
凛音はその鮮やかな景色に思わず足を止め、しばし見惚れるように眺めていた。
「綺麗でしょうね。彼女はこの花が本当に好きでした。」 凛音の背後から、陶太傅の声が静かに響いた。その声には、どこか柔らかさとともに、かすかな哀愁が漂っている。
「ええ、綺麗です。」 凛音は振り返らずに答える。その瞳はまだ鮮やかな三角梅に向けられていた。 「彼女は太傅の娘さんですか。」
陶太傅は一瞬言葉を飲み込むようにしてから、ゆっくりとした口調で答えた。
「そうですね。そして、あなたの母親でもある。」
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三角梅が咲き誇る時、本当に本当に美しいですよね。カクヨムのノートには架空の第51話に登場する庭院のデザインを載せていました。興味があれば、ぜひご覧ください!
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