第49話 復讐と愛、共に揺るがぬ

夕闇に包まれた静かな小道。

街灯の薄明かりが石畳を淡く照らし、凛音は足早に朝花亭を後にした。寒さが肌を刺す中、吐息が白く浮かぶ。


衛公子……どうして私の正体を知っているの?

私の正体を知る人間が増えているのは、私の不注意のせい?

最悪の場合……皇帝も気づき始めているとしたら?

――焦らないで。まずは情報を整理し、次の一手を考えること。


穆尚書……いや、慕侯爵。この帳簿の中身を確認して真相を掴む。

衛氏の狙いが何であれ、私の進む道は変わらない。

家族の仇を討つ。それが私の使命。


あの地下通路で見つけた文書……そうだ、お兄様が持っているはず。

帳簿と照らし合わせれば、もっと確かな情報が得られるかもしれない。


冷たい風が頬を撫でる中、凛音は進む方向を変えた。

目指すは凛律のいる軍営――彼女の瞳には、鋭い光を帯びていた。


揺れる蝋燭の灯りが、机の上に山積みされた文書を照らし出している。

凛律は筆を走らせながら、山積みの業務に没頭していた。そんな中、控えめなノックの音が響く。


「音ちゃん?」

顔を上げた凛律の目に、夜闇の中に立つ凛音の姿が映る。訪問の時間に眉を寄せつつも、彼は優しく声をかけた。

「お兄様、確認したいことがあります。」

「こんな遅い時間にか?」

凛律は筆を置き、軽く肩を伸ばしながら問いかけた。


「地下通路で見つけた文書を見せてください。」

「それはもうお父様に報告済みだ。今さら何のために?」

凛律はわずかに首を傾げながらも、机の奥から厳重に保管されていた書類を取り出した。その動きに迷いはない。


「帳簿の中に穆尚書の名前が出てきました。この文書を確認すれば、彼の行動がもっとはっきりするはずです。」

凛音の声は冷静だが、その瞳には微かに揺れる光が宿っていた。

「慕侯爵……奴のことか。」

凛律の口調がわずかに低くなる。明らかに彼もすでに彼の身分を知っている様子だった。

「穆尚書、今の慕侯爵は、かつて雪華国に仕えていた高官だった。だが、白瀾国に寝返り、軍機密や兵糧を敵に漏らして雪華国を滅亡に追い込んだ。そして今、白瀾国の要職に就き、辺境を支配している。」


「……父上が敗れたのは、彼の裏切りによるものだったんですね。」

凛音の声は低く、冷たい。


「音ちゃん、君は一体何をするつもりだ?」

「償わせます。」

凛律の眉間に深い皺が刻まれる。

「相手は今や白瀾国の重臣だ。それだけでなく、朝廷との繋がりも深い。この戦いに踏み込めば、お父様にも影響が及ぶかもしれない。」

「林家を巻き込むつもりはありません。全て私一人で行います。」


その冷徹な言葉に、凛律は目を細め、手を伸ばして彼女の頭を軽く撫でた。その仕草には明らかな優しさと、それを抑えきれない不安が滲んでいた。

「音ちゃん……お前のやり方がどれほど危険なのか、分かっているのか?」

「分かっています。でも、もう止められないわ。」


凛律は肩を落とし、短く息を吐いた。蝋燭の揺れる光が、彼の目元にかすかな影を落とす。凛音はその視線を受け止めることなく、踵を返して部屋を後にした。

「……せめて無事でいてくれ、音ちゃん。」


軍営を後にした凛音の脳裏に浮かぶのは、翡翠簪で慕正義の命を奪ったあの日の記憶。あれは、彼女が初めて人を殺めた瞬間であり、殺し屋としての道を歩み始めた起点でもあった。そして、復讐の道を選ぶ決意を固めた一歩でもあった。たとえ私怨がなかったとしても、慕家は賄賂を貪り、悪事を尽くした存在に他ならなかった。


翌日、授業の後。明徳堂の裏庭。

「蓮、話があります。」

凛音が真剣な声で呼びかけると、蓮は振り返り、いつもの軽い笑みを浮かべながら答えた。

「どうしたの、凛凛。」


凛音は一瞬息を整え、冷静な瞳で蓮を見つめる。

「蓮は私がどんな決断をしても、そばにいてくれると言った。それなら、直接伝えておきます。」

「私は復讐のため、背後の裏切り者や貪官をみんな、全て殺します。」

「もし、蓮の家族も関わっているなら——そのときも私は止まりません。例外はありません。」


蓮の表情から笑みが消え、深い沈黙が流れた。風が静かに木々を揺らし、裏庭の空気は一層重くなる。

「凛凛は本気なんだね。」


凛音は黙ってうなずく。


「それなら、凛凛がどれだけ血に染まっても、私は凛凛を愛している。それだけは変わらないと約束する。」

「どうしてそこまで。」

「本当に愛しているから。」


「蓮、次に私が殺すべき相手は慕侯爵だ。」

凛音ははっきりと言い切った。

「彼は元々、雪華国で尚書の地位にあった人物。軍の機密や兵糧を敵国に漏らし、雪華国の滅亡を招いた。その後、白瀾国に渡り、賄賂を受け取りながら私腹を肥やし、辺境では密貿易や不正を繰り返している。」

「彼のせいで、これ以上どれだけの人が苦しむことになるのか分からない。正義が訪れるのを待つ余裕なんてない。それに……正義がどこまで届くかなんて、信用できない。」

凛音の声は冷静だったが、そこには揺るぎない決意が込められていた。


「凛凛、父上にに直接このことを話すべきかな?」蓮は小さく息をつき、肩をすくめた。

「父上に? 蓮、本気でそう考えてるの?」凛音は視線を鋭くし、蓮を見据えた。 「朝廷の腐敗は深い。誰が正しいかなんて分からない。どんな話を信じるか、それもその場の都合次第かもしれない。」


蓮は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに口元に薄い笑みを浮かべた。 「凛凛がそこまで考えているなら、僕が何か言うのは野暮だね。分かったよ。ただ、私が凛凛のやり方を全て受け入れられるわけではない。それでも、凛凛が進む道を止める気もない。気をつけてください。」



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作者コメント:

こうして、蓮がついに告白しちゃいました~!正直、自分でもここまで書くとは思ってなかったです(笑)。それで、ちょっと考えたんですが、この作品に「純愛」タグを追加しようと思います。やっぱり、私の男女主人公はお互いを大切に思い合う、そんな純粋な愛で結ばれてほしいからです!

それにしても、凛音はまだ少し鈍いみたいですね。彼女が洛白が蓮だと気づくのは、いつになるのでしょうか?よろしければ、これからも一緒に二人の愛を見守っていただけたら嬉しいです!

皆さん、良い週末をお過ごしくださいね!

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